経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

「顧客ニーズに応える製品開発」はNG?

2008-11-28 | 新聞・雑誌記事を読む
 今週の日経ヴェリタスに掲載されている「新興トップ企業・強さの秘密~縁の下の力持ち、逆風でも高い利益率」、技術系ベンチャーの戦略を考える上で参考になる記事です。
 前提として、「シェア高ければ利益率も高く」という見出しで、新興市場上場企業で売上高営業利益率の高い企業には、ニッチ市場でシェアの高いハイテク企業が多いことが紹介されています。その中で大きく取り上げられているのが超硬工具の日進工具です。同社は微細加工用の極細エンドミルに特化、大手を抑えて国内市場シェアはトップで売上高営業利益率も20%超の高い水準で成長を続けています。
 その日進工具の後藤社長のインタビューで興味深いのが、「極細エンドミルへの特化を宣言したときには技術を開発していたわけでも勝算があったわけでもなかった」、すなわち、「発明」ありきではなく最初にあったのは「決意」であったということです。もう一点は、「顧客、需要があって、インフラが整っている時点で製品を作り出しても遅い。・・・設備投資も同じ。・・・忙しくなってから設備を増強しても間に合わない。・・・」、すなわち、(よく「顧客ニーズに応える製品開発が大切だ」とか言われることがありますが)製品開発も設備投資も顧客ニーズに応えるのではなく、顧客ニーズに先んじなければならない、と語られているところです。「・・・特化するだけでは利益を伸ばすことはできず、量産効果を出せるかどうかが重要だ」、すなわち、こうした戦略が高シェア⇒量産とならないと高利益率には結び付かない、「特化」するのが顧客ニーズが顕在化してからでは、いくら製品開発や設備投資に資金をつぎ込んでもシェアを高めて量産効果を出すのは難しい、ということでしょう。
 この話は、昨日のエントリに書いた4社のヒアリングでも共通点が多かったことにちょっと驚かされます。シェアの高い製品を持つ各社では、いずれも「発明」が生まれて新商品を開発したというより、経営者が「こういった製品を作る」という決意をして、そのために必要ないくつかの「発明」が生まれてきた(もちろんいずれも基盤となる技術力が蓄積された会社だからできることではありますが)。その決意に沿って、顧客ニーズに先行して開発投資・設備投資というリスクを負い、そのリスクを少しでも低減する策の一つとして知財活動(特許権の取得etc.)に取り組んできた。その果実が高シェア⇒高利益率に結び付いている、という大きな流れです。
 昨日書いた「流れ」というのは、おそらくこんな感じなのではないかと思います。

キーワードは「投資」、か?

2008-11-27 | 企業経営と知的財産
 先日のエントリに書いたヒアリングの一環で、一昨日も2社の社長様を訪問してきました。今回もいろいろ示唆に富んだお話を伺えたので、その余韻でまだちょっと頭が興奮モードです。
 これまでに訪問した4社は技術指向型の中小企業で、いずれも特定の製品で高い市場シェアを実現しており、特許を中心とした知財業務にも力を入れている企業です。総じていえそうなことは、どの企業も決して「知財戦略」を殊更に意識しているわけではなく、経営者が考える様々な要素の一つとして知財にも気を配っているという感じで、インタビューの中でキーワードとしてよく登場したのが「投資」でした。
 「投資」といっても、研究開発投資、設備投資、人への投資など、その内容は様々です。社長様に経営者としてどのような課題を意識して取り組んでいるかを伺うと、当然ながらこれらの投資に関する話が中心であり、その投資の一つとして、必要な場面で特許出願など知財活動への投資が登場してくる、といった感じです。
 これは車の運転に喩えるとわかり易いと思うのですが、会社を車と考えてみると、経営者は車を運転するドライバーです。車を運転するためには、アクセルを踏む、ブレーキを引く、ハンドルを切る、ギアチェンジをする、ライトを点ける、ワイパーを動かすなど様々な操作が必要になりますが、この「操作」が言ってみれば「投資」に当たるものです。操作のタイミングやアクセルやブレーキの程度が適切でないと、車の運転はうまくいかない。つまり、どのタイミングでどのような投資をどの程度行うか、というのがドライバーである経営者に求められる役割であり、そこがおそらく運転=経営の真髄なのだと思います。経営者はその部分をいつも必死で考えておられるのであり、「経営」を支援するのであればその意識をしっかりともっておくことは必須になってくるわけです。その中で知財活動というものは、例えばブレーキを引くみたいな操作の一つであって、優良ドライバーはそれを流れの中で適切に操作しているから、車はしっかりと走行することができる。そうしたドライバーにとって、ブレーキは使い方と効き方がわかっているならば、あとは自然に運転の流れの中で出てくるものであり、殊更に「ブレーキの引き方戦略」だけを云々しようとしても違和感を感じられたりすることもあるということなのだと思います。
 だとすると、ドライバー=経営者の知財戦略を支援するためには、「ブレーキの引き方戦略」からアプローチしてもスムーズな運転にはなかなか繋がらないわけであって、ブレーキをもっとうまく使って運転したいというニーズに対応するためには、自動車教習所の教員のように、そのドライバーの運転する車の流れに乗ってみた中で「引く」タイミングを考えていかないと、運転全体としてはしっくりしたものになってこない、っていう感じです。
 わかり易いとかいいながら、なんだか抽象的でよくわからない話になってきてしまいましたが、知財活動も「投資」の一部という視点で捉え、他の要素も含めた流れの一環で考える、ということが大切であるということを今回のヒアリングシリーズで感じています。

※ 尚、このプロジェクトは技術指向型の中小・ベンチャー企業を対象にしているので、操作をとても一人のドライバーではコントロールできず、それぞれの操作を統合して全体を運転しなければならない大企業だと話は違ってくると思います。

お知らせ

2008-11-26 | お知らせ
 お知らせ2件です。

<その1>
 「知財管理」誌の最新号に、「知的財産による資金調達」の論説を寄稿させていただきました。原稿を書いたのは8月で、その後に金融業界の状況が激変して何ともタイミングが悪くなってしまいましたが・・・
 この論説では、証券化などの資金調達スキームについて詳述するのではなく、資金を調達する側の立場から、エクイティ、デッド、アセットファイナンスのそれぞれの位置付けと知的財産の関わり合いについて、全体像を把握しやすいように整理してみました。そういう意味では、あまり金融情勢に関わりなく普遍的な内容をまとめたつもりですので、機会がありましたらご一読をいただけると幸いです。

<その2>
 拙著「合格へのバイブル 知的財産管理技能検定3級 完全対策講座」が間もなく発売になります。試験対策本ということで、検定3級を受検される方(このブログをお読みいただいている方には少なそうですが・・・)以外には関係のない本になりますが、本書を使ったちょっと新しい仕掛けを準備していますので、検定3級受験生の皆様はお楽しみに、ということで。

合格へのバイブル 知的財産管理技能検定3級 完全対策講座
土生 哲也
日経BP社

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「見える化」よりも「食える化」

2008-11-19 | 新聞・雑誌記事を読む
 今日の日経ビジネスオンラインのメールのタイトル、
経営で大事なのは「見える化」よりも「食える化」
可視化・見える化流行の知財業界(知的資産業界?)人はちょっとドキッとさせられたりします。記事自体はそんなに驚くような内容ではなかったですが(結局ビジョンそのものは大切という話)、最近思うのは、ビジョンを持つ・ビジョンを示すこと以上に、今の自分のいる位置・自分のやっていることの意味を明確にすることが大切なのではないかということです。
 それを痛感したのがオバマ次期大統領の勝利演説ですが、感動的というか、何か聞く者に安心感を与えるような演説でした。それは恐らく、近現代史における自由主義や民主主義の中で今自分達がいる場所を明確にしていること、聞く者に今自分達がどこにいるのかをしっかりと意識させることができていることが大きいのではないかと思います。
 企業の知財活動についても、現状認識をしっかりやること、知財活動の位置付けや意味を明確にする部分については、手を抜かずに考えることが大切ではないかと思います。これは、一知財人としての個人レベルでも同じことがいえるのでしょう。

「否定の否定」による発展の法則、「螺旋プロセス」による発展の法則

2008-11-18 | 企業経営と知的財産
 先日のエントリに書いた中小企業の特許戦略に関する先進的な2社へのヒアリングでは、結局のところたどりついたのは「重要な技術をしっかり見定めて特許出願する」「模倣されにくいように特許の取り方を工夫する」という、ごくあたり前の結論となりました。

 田坂広志氏の最新作(未来を予見する「5つの法則」)によると、「否定の否定」による発展の法則というのがあるそうで、発展しようと前に進んでいたつもりが、気付くと元の場所に戻っていたりする。ただし、戻ってきたのは元の場所そのままではなくて、「螺旋プロセス」による発展の法則、すなわち同じ場所のようでありながら、前より高い位置にいたりするものである。

 では本件の場合、元の位置に戻ったようでありながら、どの部分が「発展」しているのでしょうか。
 1点目の「重要な技術をしっかり見定めて特許出願する」については、「発明」そのものに着目するだけでなく、「投資」「リスクテイク」という観点から出願対象を特定する、というところが新しい視点なのではないかと思います。その企業にとって必要な特許というのは、その企業が最もリスクをとっている部分(投資をしている部分)にあるはずである。これも当然といえば当然ではあるのですが、技術的な価値の高い発明=重要、というのは陥ってしまいやすい罠であると思います。
 2点目の「模倣されにくいように特許の取り方を工夫する」は、効果的な特許の取り方という意味ではよく言われるポイントです。しかしながら、ここで一味違うのは、特許の対象製品そのものだけでなく、その製品を使ったビジネスモデル全体を見ながら、ビジネスモデルの肝になる部分を中心に特許の使い方を考える、ということです(具体的なところまではまだ書けませんが・・・)。
 「否定の否定」による発展の法則、「螺旋プロセス」による発展の法則を、ちょっと実感しちゃったりします。

未来を予見する「5つの法則」
田坂 広志
光文社

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資格は成り金か?

2008-11-16 | 知財業界
 先般、諸事情により流れてしまった講演用に準備していたレジュメ(抜粋)をアップします(→レジュメはこちらをクリック)。テーマはビジネスキャリアと弁理士資格について。このブログにも何度か書きましたが(その1その2)、弁理士資格とはその人の属性の1つであって、主体になる性質のものではないのではないか、というのが主題です。

<P.1> 弁理士資格の取得を目指している人は「弁理士になりたい」のか、それとも「弁理士の資格をとりたい」と考えているのか。既に資格を得ている人は、「弁理士になりたい」と思っていたか、それとも「弁理士の資格をとりたい」と思っていたか。この意識の違いには、実は大きな意味があるのではないか。
<P.2> つまり、自分が将棋の成り金のように弁理士に化けるのか。それとも、自分はそのままで弁理士資格という1つの道具を手に入れるのか。
<P.3> 言い換えれば、あたかも会社に就職するように弁理士というグループに仲間入りするのか、それとも弁理士資格という同じ道具を持っていてもそれぞれは全く別個の主体なのか。
<P.4> で、巷で弁理士についてあれこれ言われるときには、前者のように弁理士が主体として語られていることが少なくない。でも、これってなんか変な議論ではないか、と違和感がある。弁理士って、そもそも主体ではなく、属性なのではないか。
<P.5> 主体になるのは「弁理士」ではなく、「~さん」「~事務所」「~社」であるはず。
<P.6> ところで、自らが提供する商品やサービスについて、「相対思考」と「絶対思考」の2つの見方がある。「相対思考」は同じ枠内で括った商品やサービスの中で他との違いや優位性を考えるが、「絶対思考」は常識に囚われずそもそもどういう商品やサービスを提供すべきから考える。
<P.7> 弁理士を主体と考えれば、弁理士という常識で括った枠内で仕事のあり方を考えるので、必然的に同質化し、思考は相対化する。一方、弁理士を属性の1つと捉えれば、弁理士とはこういうものという固定観念に囚われることなく、弁理士という道具やそれによって得た知識やスキルを活かしながら何ができるのか、思考は絶対化して選択肢も多様化する。
<P.8> すなわち、弁理士資格を属性の1つと捉えることによって、各々のバックグランドを活かした多様なビジネスパーソンが生まれるのではないか。相対思考に陥っていてはコップの中の争いが激しくなるだけで、サービスの質が劇的に変化することはない。
<P.9> 見方を変えると、ビジネスパーソンとしてのアイデンティティがないままに資格に拘ると、弁理士が主体化し、同質化が進んで相対思考に陥りやすくなる。自らのアイデンティティが確立されていれば、資格の活かし方も多様になり、絶対思考によって新しい良質なサービスが生まれる可能性が高まるはず。
<P.10> たとえば、専門分野の深堀り、専門分野の拡大といった二次元の枠内の進化だけでなく、これらの業務を事業活動と融合させるという三次元的な進化のためには、各々のアイデンティティに基づく絶対思考が必要になってくる。この領域は、相対思考の延長線上で進化していく性質のものではない。たぶん。

とレジュメに沿って説明してみたものの、これではなんだか抽象的でよくわからないですかね。

特許の居場所

2008-11-14 | 企業経営と知的財産
 昨日、一昨日と、地方にあるユニークな技術系企業2社へのヒアリングに行ってきました。先般少し触れた公的プロジェクトの一環なので詳細はそちらでの報告として、これも同じエントリで書いた「経営課題と知財活動がどうして効果的に紐付けられているのか」というところを探るのが目的です。
 今回両社の社長様のお話を伺って思ったことは、「知財戦略」とか「三位一体(事業戦略・研究開発戦略・知財戦略)」とかいった切り口だけで考えていては、全体が見えずなかなか本質に辿りつけない、ということです。特に中小企業の場合は、知財(主として特許)は事業戦略のシナリオの一部として居場所があるものであり、知財戦略を考えて、事業戦略や研究開発戦略にドッキングさせるものではない。それは観念的にはわかっていたつもりなのですが、こうやって書くと何か薄っぺらに見えてしまい、切れる社長の思考を目の当たりにしてみると、まだまだ理解できていない部分があると改めて考えさせられた次第です。
 最初に訪問した会社では、「リスクを背負って投資をしたのだから、それを守る手段として特許に力を入れるのは必然である。」といったお話をいただきました。以下は私の解釈ですが、裏を返せば、事業や研究開発で経営者が大きなリスクをとるジャッジをすることなく、「特許をとればなんかいいことあるかな?」なんて発想から始めたところで、知財がパワーを発揮するはずがありません(そういう意味では「知財で会社を活性化」とかいうのは順番が逆ということです)。前提として、研究開発や事業化へのリスクを背負った投資があるから、そこに本当の意味で知的財産権の力が必要になってくる、そこにこそ知的財産権の本来の居場所がある、という大原則に改めて気付かされた次第です。
 次に訪問した会社では、何より大切なのは事業として成功するビジネスモデルを組み立てることであり、その中で効果を発揮し得る部分に知的財産権(特許)を配置するのだ、というお話を伺いました。こちらも以下は私が解釈したまとめですが、事業は、優れた商品を作れば売れるという単純なものではないから、特許だって単に開発成果をそのまま出願すれば効果があるというものでもない。ユーザのニーズを少しでも川上で検知することから、川下では売れる必然性・売るための仕組みまでビジネスモデルを組み立てて、その全体像の中で一番効きそうな部分に特許を配置する。特に予算やマンパワーに制約のある中小企業では、このビジネスモデルの全体像が見えているか、その中で特許のことを考えているかどうかが重要になってくるのだと思います。

※ お知らせ
12/5(金) 京都にて、京滋知的財産権協議会様・京都発明協会様主催の京滋合同特別セミナーにて、(知財戦略の切り口では・・・なんて書いておきながら何ですが)「企業に活力を与えるための知財戦略」についてお話をさせていただきます。

少々古いネタですが

2008-11-10 | 新聞・雑誌記事を読む
 ちょっと古い記事になってしまいますが、業界で話題のIVに関する東洋経済の特集です。いろいろな見方があると思いますし、何よりまだ実体が良く見えてこないというのもありますが、ちょっと気になる部分があります。この記事にもありますが、IVをベンチャー企業に投資するベンチャーキャピタルになぞらえて、「インベンションキャピタル」と位置付けている点です。
 ベンチャーキャピタルはベンチャー企業の株式、IVは特許がそれぞれ投資対象ですが、ベンチャービジネス→先端技術→特許、という連想からか、ベンチャー投資と特許が何か似たもの・関係の深いもののように論じられることがあります。ところが投資対象としてみると、(ベンチャー企業の)株式と特許は、‘存続期間’という点において大きく性質を異にするものです。
 成長企業の株式は、企業の将来性=未来を買うものなので、企業の将来の成長がそのまま価値に反映されるため、株式に投資するとその企業がどのように発展するかという未来に目が行くものです。すなわち、投資対象である株式からの直接得られる利益(インカムゲイン=配当)よりも、投資対象である株式の価値の上昇(キャピタルゲイン=株価の値上がり)への期待が大きくなります。
 一方、特許には存続期間(法律上の存続期間だけでなく特許技術の実質的な有効期間も含めて)があるので、もちろん急速に特許技術が普及する局面では特許そのものの価値も増加しますが、よほどの成長力がないと基本的には存続期間が近づくに従って残存価値は減価していくものです。そのため、将来性が高まることによる特許の価値の上昇(キャピタルゲイン)を期待するのは株式よりも相当ハードルが高いため、存続期間が到来するまでにできるだけ早く投資対象である特許から直接の利益(インカムゲイン=ライセンス料等)を得ておくことが必要になり、必然的に「他者からライセンス料をかき集める」ことが必要になると思います。よって、投資効率を高めようとすれば、事業を成長させるというベンチャーキャピタルのような方向には構造的にいきにくいのではないかと。