経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

知財と融資の相性

2015-06-02 | 知的財産と金融
 特許庁が進めている知財金融促進事業について、次のような記事が掲載されていました。
 【生かせ!知財ビジネス】特許庁・知財金融促進事業(下) 迫られる業務・システムの転換
 この事業は調査会社が作成した中小企業への融資審査等に活用する「知財ビジネス評価書」を金融機関に提供するというものですが、記事ではその課題について次のように述べられています。
「課題になるのは評価書の作成コスト。事業関係者の話では1件20万~30万円前後。調査機関関係者からは『手間がかかる割に安い』との声も出ているが、1,000万円の融資なら金利2、3%にも相当する。」
 知財と融資の相性を考えた場合、一番の問題はこのコストではないかと考えています。

 何度か話題になっては消えということを繰り返してきた知財担保融資について、その課題を「価値評価が難しい」だけで片付けられてしまうことが多いですが、特に中小企業向けの融資に知財担保融資を活用することを考えた場合、より本質的な問題は評価コストにあります。仮に精度の高い価値評価手法が確立されたとしても、その評価コストが融資の利鞘に収まるものでなければ、経済合理性から考えてその活用が進むはずがありません。「知財ビジネス評価書」についても本質は同じで、記事にも述べられているように、現在は公的事業なので無料ですが、民間ベースで自立的に取組むことを想定した場合には、評価書の作成コストが大きな問題になるはずです。
 銀行等の融資業務は、貸出金利と調達金利の差である預貸金利鞘によって成り立っています。この利鞘がどれくらいかというと、全銀協の昨年度中間決算の統計では0.33%となっています。この数字には利鞘をとりにくい大企業向けの融資も含まれているので、中小企業向けに限ればもう少し高くなるとは思いますが、先の記事の「1,000万円の融資なら金利2、3%にも相当」というのは、1,000万円の融資によって銀行が1年間に得られる利益の10倍近くに相当する、という計算になるのです。
 金利2、3%という計算は年利で換算しているので、1件の評価書で2年間融資を継続すれば半分に低下することになりますが、それでもこういった評価書を外部に依頼すれば銀行の利益が全て吹っ飛んでしまうことになるのは明らかです。
 記事にはフォーマットの共有等によってコストを下げる方向性が示されていますが、知財の分析・評価は個別性の高いものであり、その低減効果には限界があるでしょう。しかも、これで融資審査の全てが完結するわけではなく、提供される情報はあくまで融資判断に用いる情報の一部です。

 これはなにも今回の「知財ビジネス評価書」に限ったことではありません。前述のとおり知財担保融資にも共通する課題です。知的資産経営報告書についても、あまり普及が進まないのは同様の理由が大きいのではないでしょうか。
 さらに、中小企業向けの新たな融資手法として知財担保等以上に期待されてきたABLですら、特に在庫担保融資はほとんど広がりを見せていない状況にありますが、これも在庫の把握や評価にかかるコストが融資の利鞘ではとてもカバーできないことが、普及の大きな障害になっているそうです。
 こうした構造的な課題になんらかの道筋をつけておかないと、評価書の質の向上やその意義を解くことに努めるだけでは、技術に走って顧客ニーズと乖離...というどこかで聞いたことがあるような話になってしまいかねません。

 こうした課題をクリアする方向性として考えられるのは、
(1) 融資のロットを増やす
(2) 貸出先(顧客)に負担してもらう
(3) 外部に評価を依頼するのではなく銀行内部で評価を行う
(4) 利鞘以外の付加価値を見出す
といったところですが(市場金利が上昇すれば利鞘も拡大しやすいので金利が上昇するまで待つ、なんてことも考えられなくはないですが...)、中小企業向け融資を前提とする限り、(1)には限界があります。(2)についても、貸出先側で融資を受けた資金でどのくらいの利益を生めるかを考えた場合(1,000万円の融資なら1,000万円に対して20~30万円が高いかどうかではなく、1,000万円の資金を投下して得られる利益に対して20~30万円が高いかどうかを考える必要があります)、日本企業のROA(総資本利益率)の平均値が数%の水準で推移していることを考えると、調達資金の2-3%が極めて重い負担となることは否めません。そうすると、将来の方向性としては(3)か(4)しか考えにくいことになります。
 結局のところ、個別性・専門性が高くて調査や分析にコストがかかる知財と、限られた利鞘で実行しなければならない融資、特にロットが比較的小さく利幅の絶対額が少ない中小企業向けの融資は、本質的にあまり相性が良くありません。一方で、中小企業との幅広いネットワークを持ち、その実情もよく把握している地域金融機関は、中小企業が知財活動で経営基盤の強化に取り組むきっかけを与える役割の担い手として適任でもあり、「融資」に限定するのではなく、「知財と地域金融機関」であれば相性は悪くないはずです。
 つまり、中小企業の知財活動の強化における地域金融機関の役割というテーマでは、どうしても「金融機関=融資」と結びつけてしまいがちですが、「融資」の呪縛から離れて考えてみることも必要なのではないでしょうか。
 外部の専門家が高度な分析をして融資判断に活用するレポートを提供するという将来像ではなく、銀行内部で使える簡易化された知財のチェックモデルを開発して、中小企業との対話の材料や経営支援の切り口の多様化に活かす、といったところに目標を定めるのがより現実的ではないか、というのが地域金融機関の知財への関わり方の将来像に関する私見です。

知的財産と資金調達(ちょっと視点を変えて)

2014-09-23 | 知的財産と金融
 昨年くらいからまた、中小・ベンチャー企業が知的財産を資金調達に活かす、といったテーマに関するニュースを時折見かけるようになりました。
 このテーマ、5-6年間隔くらい(関わったメンバーが異動になるタイミングとも言えるかもしれませんが)で表れては消え、という状況を繰り返しているように思いますが、知財担保融資云々については自分としては語り尽くした感があるので、本日はちょっと違った視点で考えてみたいと思います。

 資金調達というと、融資、出資と考えてしまいがちですが、企業が必要な資金を賄うための手段はそれだけではありません。
 銀行に勤務していた頃の話ですが、長期資金を融資する際には、その期の資金収支に問題が生じないかを確認するために、資金計画という表を作成していました。期中の資金需要と資金調達を整理して、両者がバランスするかを計算するのですが、資金需要の主な項目に設備投資と増加運転資金があり、すごく大雑把にいうと、資金調達は前者に長期借入金や増資が対応し、後者に短期借入金が対応するのが標準的なパターンになります。
 設備投資のほうは回収に長期を要するので、返済が長期、あるいは返済が不要となる資金を充てようという考え方です。一方の増加運転資金は、売上の増加に伴って発生する資金、つまり、仕入れの支払から売上の入金までの間のタイムラグで発生する資金需要が売上の増加に伴って膨らんでいくというものです。売上が増えると仕入れも増やさなければならないし、在庫もたくさん持たなければなりません。その支出が増える一方で、作って、売って、回収するまでには一定の時間がかかるので、立替え払いになるお金を調達する必要があるということです。この資金は一定の期間で回収できる見込みが立ち易いので、短期資金で調達するのが基本です。ところが、売上が入金されるまでのつなぎ資金が調達できないと、会計上は黒字なのに資金がショートしてしまう、いわゆる黒字倒産につながってしまうおそれだってある、中小・ベンチャー企業にとっては重要な課題の一つとなりやすいものです。
 ところがこの増加運転資金、必ず発生するというわけではなく、「現金商売はおいしい」とよく言われますが、売上の発生と同時に資金を回収できてしまえば(=現金商売)、仕入れの支払いのほうが後であれば、そこで資金が手元に残る状況が生じることになります。売上の増加に従って資金が潤沢になる、その資金を活かしてさらに設備投資ができてしまうことだってあるのです。

 つまり何が言いたいかというと、同じように売上が増加したとしても、支払と入金の条件次第で、資金がショートしてしまうこともあれば、実質的に資金調達ができてしまうこともある、ということです。それくらい支払と入金の条件、また、在庫をどの程度持たなければいけないかという条件が、企業の資金繰りに大きく関係してくるわけですが、こうした条件は商慣習と合わせて、取引先との力関係によって決まるのが通常です。力関係が弱いほど、支払は早く、入金は遅く、在庫は多く持たされることが多くなり、資金需要が膨らみます。逆に力関係が強くなれば、この部分での資金需要が減少して、資金を他に回す余裕が生じる、言い換えれば実質的な資金調達ができてしまうことになるわけです。
 知的財産のはたらきの1つとして、拙著「元気な中小企業はここが違う!」には「取引先との交渉力を強化する」ことを挙げていますが、銀行やベンチャーキャピタルからの目に見える形での資金調達には結びつかなくても、知的財産の存在が取引先との交渉力の強化につながって、支払条件や入金条件が改善されたり、不要な在庫を持たされることがなくなったりすれば、それによって資金収支も改善され、資金調達と同じ効果が得られることになります。第三者である金融機関に理解してもらうよりも、当事者である取引先のほうが、その企業にしかない「知的財産」の意味を理解し易いはずです。
 もちろん、金融機関からも調達できるに越したことはありませんが、取引条件の改善による実質的な資金調達というのも中小・ベンチャー企業にとっては意味のあることではないでしょうか。
 

地域金融機関と知的財産

2013-06-16 | 知的財産と金融
 先日、熊本県信用保証協会さんの職員向け研修で、「金融業務に活かす知的財産の勘所」と題してお話をさせていただきました。経営支援や審査業務に活かせるようにとのリクエストに対応して、「元気な中小企業はここが違う!」のエッセンスに加え、知的財産と資金調達の関連についての総論的なお話(主に「知的財産と資金調達」の論文の内容)をさせていただきました。これまでも地銀・信金などで職員向けのセミナーを担当させていただく機会は多かったのですが、信用保証協会さんからお声掛けをいただいたのは初めてです。支所からも含めて全職員の半数近くの方が参加され、大変熱心にご聴講いただいたのが印象的でした。今回の研修を企画いただいたご担当のセクションが経営支援部ということで、審査の見方や評価云々のみでなく、保証先の中小企業の経営支援に活かしたいというご意向も強かったようです。
 地域金融機関の業務に知的財産が関連し得る場面としては、
(1) 知的財産を担保に徴する
(2) 知的財産の保有状況等の評価を与信判断に活用する
(3) 知的財産を切り口にした支援業務で顧客との関係を強化する
の3つが考えられます。わかり易くニュース性もあるのは(1)や(2)ですが、裾野の広さや本当の意味での実効性から、私が本命と考えているのは(3)です。
 わかり易くニュース性もあるとはいえ、(1)は費用対効果(=担保評価や担保管理にコストがかかり小ロットの融資の利鞘ではとてもペイしない)や担保としての性質(=知的財産の価値の変化は事業価値の変化に連動しやすいので担保処分が必要な事態が生じる際には担保価値も下がってしまいやすい)、(2)はほとんどの場合は与信判断に大きな影響がないという、いずれも構造的な問題をかかえています。一方の(3)は、たしかに直接的な効果をイメージしにくい取組みにはなるのですが、「知的財産」の捉え方によっては(=「特許権や商標権を保有する企業」ではなく「よりよい商品やサービスを提供するために他とは違う『何か』を生み出している企業」と捉える)対象企業の裾野が大きく広がるし、長期的にみれば企業体力の強化(=会社が元気になって収益力が向上する)による債権保全(収益力の強化で返済能力も増す)や、地域の活性化(=地域の企業が元気になって地域経済の活性化に寄与する)にも結びつくと考えられるからです。金融系の出版社である金融財政事情研究会から「元気な中小企業はここが違う!」を出版させていただいたのも、そうした意図によるものです。
 信用保証協会さんというと「保証のための審査=(2)」のイメージなので、今回お声掛けをいただいたのはちょっと意外だったのですが、(3)に対する意識も強いことを大変頼もしく感じました。社内研修等でお声掛けいただいたことは当然ながら普段はオープンにはしないのですが、知的財産と金融業務を結びつけることはおそらく自分の天命でもあり、こういったお話には今後も積極的に対応していきたいと考えているので、今回は熊本県信用保証協会さんのお許しをいただきブログに掲載させていただくことにしました。

知財担保融資のシミュレーション

2011-09-07 | 知的財産と金融
 久々に知財ファイナンス関連のニュースが出ています。大分の豊和銀行が知的財産担保融資ファンドを創設したとのことですが、プレスリリースには具体的な融資条件が一部公表されているので、実際どういった融資になることが想定されるのか、担保の対象になり得る知的財産権はどのようなイメージのものなのかをシミュレーションしてみましょう。
 基本的な融資スキームですが、まず知的財産(=知的財産権で保護された知的財産)の価値を定量的に評価し、評価額の30~50%を融資するとのことです。この他に対象企業の返済能力等も審査するようですが、私が15年ほど前に立上げを担当した日本開発銀行(当時)の対象企業の返済能力先にありきのスキーム(資金需要や返済能力から融資額を決定した上で担保が足りるかどうかを検討する)に比べると、より‘担保融資’の色彩が強いもののようです。
 評価額の30~50%とのことなので、知的財産の評価額が100百万円(1億円)であるとすると、融資額は30~50百万円になります。価値が100百万円の知的財産とはどのようなイメージなのか、5年間のキャッシュフロー(期間中は変動しない)を対象にして、割引率20%という前提でDCF法で逆算してみたところ、1年あたりのキャッシュフローが33.45百万円となりました。利益率や寄与率云々を検討し始めると、パラメータが多くなり過ぎて発散してしまうので、ここはザックリとライセンス料率を3%としてこのキャッシュフローに必要な売上高を算出してみました。すると、毎年の売上高は1,115百万円(11億円強)という計算になります。要するに、この試算からイメージされるのは、
「毎年の売上高が11億円程度となる製品に関する必須特許を保有する企業であれば、30~50百万円程度の融資を受けられる可能性がある」
ということです。ライセンスビジネスではなく自社実施を前提とするなら、年商11億円の特許製品を持っているということになるので、中小企業としてはかなりの優良企業の部類に入ると思われます。実績として、或いは将来確実にこうした数字が見込める企業であるとするならば、知財担保云々を持ち出さなくても金融機関は融資に積極的であることが多いでしょうから、このスキームを実際に動かすためには、将来のキャッシュフローの見通しについて、かなり踏み込んだ判断をすることが求められることになるはずです。独立したファンドとして運営する=金融機関のリスクを一定額に限定していることから、おそらくここを踏み込む覚悟を決めての融資スキームなのではないかと推測します。
 もう一つ注意すべき点は、評価コストと関係で融資期間がどの程度になるかという問題です。評価コストは30~100万円+実費、融資期間は原則1年以上となっていますが、仮に融資期間が最短の1年間だとすると、実質的な年利に評価コストがそのまま乗ってくることになります。融資額が30百万円だとすると、評価コストが50万円で+1.7%、100万円だと+3.3%が実質的な金利負担に加算され、もし融資額が10百万円(必要な特許製品の年商が250~350百万円程度)で評価コストが100万円だと+10.0%にもなってしまいます。よって、融資期間が何年になるか、というところが債務者にとって重要なポイントになるといえるでしょう。
 
 知財担保融資が初めて盛り上がったのが1995~1996年、第3次ベンチャーブームが始まった頃です。政府系金融機関やメガバンクを中心に、ベンチャー向けの資金供給手段として注目されました。次に注目を集めた時期が2005年前後で、リレーショナルシップバンキング・アクションプログラムの集中改善期間に対応して、地域金融機関の融資実績が多数報道されました。そして、ちょっと小さな山ですが、2000年には当時の産業基盤整備基金が知財担保を対象にした債務保証制度を開始した、というのがあって、知財担保融資へのチャレンジは5年周期という説があったりします(私が勝手に言っているだけですが・・・)。私見ですが、知財担保融資を資金供給スキームとして実質的に機能させるのは相当ハードルが高く、そこに過度に期待すると期待外れに終わってしまう可能性が高くなってしまいます。一方で、時間がかかるとは思いますが、こうした取り組みを通じて金融機関が知財に注目することで金融機関と中小企業とのコミュニケーションの幅が拡がり、両者の関係が強化され、金融機関の後押しを得て地域の中小企業が活性化される、というシナリオの実現に大いに期待したいと思います。

よくわかる知的財産権担保融資
クリエーター情報なし
金融財政事情研究会

価値評価・・・

2010-10-18 | 知的財産と金融
 今週金曜にIPアカデミーという講座で「知的財産と資金調達、知的財産の価値評価」を担当するので、この週末はその資料作成で机にベッタリでした。元々は「価値評価」が主題だったのですが、諸々考慮して「資金調達」を前段に付けさせていただいた次第です。
 「価値評価」というと、新味のあるテーマ(私が担保評価に取り組んでいたのはもう15年前なので、実はそんなに新しくもないんですが・・・)なので、「知財戦略」「知財経営」なんかと並んで何となく‘川上系’に見えがちです。でも、「価値評価」は手段であり、「研究開発投資」⇒「資金需要」⇒「資金調達」⇒「デッドファイナンス」⇒「知的財産権担保」⇒「価値評価」といった位置付けにある、もろに末端というか、‘川下系’のテーマです。
 これが同じ‘川下系’でも、例えば、「競争力強化」⇒「競合との差異化」⇒「類似品の排除」⇒「特許権の行使」⇒「均等論の要件」の流れで出てくる「均等論の要件」といったテーマであれば、川上に何があるかについてのコンセンサスがあり、川下という位置付けを認識した上での議論がされていると思うのですが、「価値評価」は源流がいろいろある(資金調達、知財流通、発明評価etc.)のを横串で指したようなテーマであることに加えて、時として川下から川上に遡るのような主張(「知的財産の価値を評価できれば資金調達ができるはずだ!!」etc.)が出てきたりして、話が堂々巡りになりがちです。何も考えずに、価値評価の手法だけ淡々と説明するという選択肢もあるのでしょうが、それでは4時間も話が続きそうもないことに加えて、結局は川上が見えないまま、何に活かし得るのかがよく見えないままの、目的のない準備体操になってしまいかねません。
 そうしたことから、いろいろある源流の中から川上を「資金調達」に設定し、そこから川下に向かうストーリーの中で価値評価の位置付けを検討する内容にまとめてみることに。それにしてもこの作業、なかなか大変です。

知的財産による資金調達

2008-08-05 | 知的財産と金融
 ↑のお題にて某誌の原稿を執筆中、苦戦しています。「知財ファイナンス」というと、知的財産の証券化、知的財産権担保、知的財産信託・・・(他にはあまりないか)、と羅列して説明していくのが一般的ですが、どれもあまり広がりを見せていない中で、今さら同じようなスキーム説明の原稿を書いてもパッとしない感じですし。そこで今やってみようとしているのが、「知的財産」から書くのではなく、「資金調達」から書くというアプローチです。
 資金調達を行う事業会社にとって、大事なことはいかに必要な資金を調達するかということであって、「知的財産」でファイナンスをすることが目的ではありません。ところが、「知財ファイナンス」の切り口で原稿を書こうとすると、「知的財産でこういうふうに資金調達のストラクチャーが組めますよ」という流れになってしまいやすいですが、それはストラクチャーで儲けたい業者の論理であって、ユーザであるところの事業会社の視点からのアプローチではありません。そのあたりの視点を切り替えて、
資金調達とはこういう場面で行われ、こういう方法があるけれど、その際に知的財産が関連するとすればこんな感じ
といった原稿をまとめたいと思っているのですが、切り口を変えてまとめるというのはなかなか大変です。iPhoneを横にするとペロっと画面が横向きに切り替わるように、ホイホイと書けるといいんですが・・・書くのに行き詰ってくると指示代名詞や擬態語がやたら増えてきてしまいます。

技術評価・知財の価値評価ができればハイテクベンチャーにお金を出せるのか?

2008-04-17 | 知的財産と金融
 日本で研究開発型のベンチャーが育ちにくかったり、優れた技術力のありながらも伸び悩む中小企業が多い背景を、
 「研究開発費等の資金を十分に調達できないからだ。」
 ⇒ 「VCや銀行などの金融機関が技術を評価できないからだ!」
と分析し、
 ⇒ 「VCや銀行に技術評価情報を提供して資金供給を促すことが必要だ!」
といった説が唱えられていることがあります。本当でしょうか。

 私の過去の経験に照らして考えると、おそらくこの仮説は正しくはありません。金融機関は「技術」に投資や融資をするのではなく、お金を出す対象は「会社」です。よって、必要になるのは技術評価そのものの情報ではなく、その技術がどのようにキャッシュを生んでいくかを判断するための情報です。具体的には、その技術が市場のトレンドやニーズに合致しているか、市場の中でどういうポジションで活かされ得るのか、といった市場の中での位置づけに関する情報であり、技術そのものを理解したり、技術レベルが高いか、革新的か、といった情報を求めているわけではありません。それ故に、投融資の判断で悩んでいたときに、大学や研究機関で聞く話より、業界誌の記者のように業界動向に詳しい人から聞く話が大きなヒントになったというようなことがよくありました。
 ましてや、保有する「知的財産権の価値評価」が、意思決定の決め手になるというようなことはまずありません。繰り返しになりますが、お金を出す対象は「会社」であって、「知的財産権」ではないからです。「知的財産権」をベースに「会社」が構成されているのではなく、「会社」の事業計画(そこから生じるキャ主フロー)を支える一要素として「知的財産権」が存在しているわけなので、「知的財産権の価値評価」から「会社」を評価するという考え方は主客が転倒しています。知的財産権に関して必要な情報というのは、「会社」の事業計画の前提条件やリスク要因を検証するために、「知的財産権」が事業計画にどのように影響しているかという定性情報ということになるはずです。となると、知的財産権の価値は事業の価値の中に織り込まれているはずだから、見えない資産の価値とかいって企業価値に加算するのはダブルカウントになってしまうと思います。

これは大変、知財の証券化。

2008-04-04 | 知的財産と金融
 日経ビジネス最新号にちょっと気になる記事がありました。
金融機関に新たな火種~証券化商品で会計士協会が‘異例’の通知
 日本会計士協会が会員宛の通知で、証券化商品の時価評価の際に流動性を勘案せよ、といった趣旨の文言があったらしく、そうすると流動性に難があるというだけで証券化商品の時価評価が下げられてしまう→流動性に乏しい証券化商品を保有している金融機関の評価損が膨らむおそれがある、という内容の記事です。
 これが事実だとすると、知財の証券化には大ダメージになってしまうのではないでしょうか。流通市場がないに等しい知財を証券化した商品は、流動性が高いとはとても言い難い商品ですから、投資家は投資したら即評価損の計上ということになってしまい、普通は手が出せなくなってしまうものと思われます(強力な節税商品にはなるかもしれませんが・・・)。こういうルールが適用されると、投資家が不在となってしまって、知財の証券化に限らず新しい証券化のスキームなど成り立たなくなってしまうように思いますが。知財ファイナンスの旗頭となるはずの知財の証券化ですが、思わぬところから大きな障害が現れてくるかもしれません。

知財信託・その後

2008-02-16 | 知的財産と金融
 以前に日経金融のJDC信託に関する記事について書きましたが、昨日そのJDC信託の四半期決算で大幅な下方修正が発表されました。売上が計画の約半分(17億円→8.8億円)になり、最終損益は大幅赤字に下振れ(3億円→▲9.2億円)、四半期決算の財務諸表を見ても現預金や有価証券の残高が大きく減っていますから、これは相当大変な状況のようです。修正の理由をみると「サブプライムローン問題に端を発する金融市場の縮小傾向や投資マインドの冷え込みによる影響」で「平成19年10月以降新規の信託案件を立ち上げる目処が立たない状況」という、何とも深刻なコメントが掲載されています。
 それにしても、サブプライムローンは不動産の問題ですから、同社のターゲットである映画・アニメ業界とは直接関係ありません。財産の運用を委ねることを主目的とする信託であれば、サブプライムローンは理由にはならないはずです。ところが、サブプライムローンに関する問題が影響しているということは、映画やアニメの信託は資金調達=証券化が主目的ということなのでしょう。その場合は、投資家が証券化市場から手を引いてしまえば、確かに大きな影響を受けることになるはずです。
 一見華やに見えそうな知財ビジネスも、収益に結び付けるのは本当に大変なようです。JDC信託はドバイに投資するファンドなど、最近は知財以外の分野に力を入れ始めているようであり、今後は業態転換が進んでいくのかもしれません。

知財を通じて企業をみる

2007-11-20 | 知的財産と金融
 知的財産権担保融資については、あれこれネガティブなことをいいながら、節操もなく知的財産権担保に関する入門書を書き進めています。その件で、編集担当の方からちょっと興味深い話を伺いました。
 私の知的財産権担保融資に対する考え方は、
「知的財産権は基本的には担保適格に欠けることがほとんどであり、不動産担保の代替手段とて期待できるようなものではない。従来の担保融資の発想(担保さえあれば企業の将来性云々は目を瞑って融資する)からアプローチすれば期待はずれに終わるだろうが、担保という切り口を通じて金融機関が融資先の知的財産権にも着目するようになり、企業をみる幅が広がったり、不十分な部分を発見してアドバイスできるようになったりすれば、有意義なものになる。」
というものです。そのトーンで原稿を仕上げたところ、編集担当の方曰く、最近は知的財産権担保より注目されている動産担保融資でも、同じような議論がされるようになっているとのことでした。動産を担保にとっても、債権回収に必ずしも有効かどうかはわからない。しかしながら、担保を検討する過程で融資先の商品の流れを追うことによって、事業の構造や資金の流れがよく見えるようになり、企業の見方が多面的になるという副次的な効果がある、実はその効果のほうが意味があるのではないか、といった話でした。
 知的財産権担保を通じて企業の見方が多面的になる。私自身も知財に関わるようになって「粗利率」に目がいくようになりましたが、その点は十分に期待できるのではないかと思います。