経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

特許を出口側から考える

2007-03-29 | 新聞・雑誌記事を読む
 本日の日経金融1面に、「研究開発費増 業績に果実」という記事が掲載されています。売上高研究開発費率が5%以上の企業の営業利益率は、東証一部の平均に比べて、2~3%程度高くなっているそうです。
 この記事では、もともと高収益だから研究開発費を増やせるという見方もできるので、ただちに因果関係があるとはいえないとも述べられていますが、どちらが卵でどちらがにわとりであるにせよ、結果的に利益水準が高くなっているわけですから、良いサイクルで回っていると言えることは間違いないでしょう。具体例として、エーザイとディスコが挙げられていますが、なんとエーザイは年間の研究開発費が1,000億円で、売上高の16%にも達するそうです。ディスコのほうは、研究開発費が70億円で売上の8%程度ですから、その違いは歴然です。やはり、製薬メーカーの研究開発は桁違いなので、その成果を守る特許の持つ意味も違ってきて当然なのでしょう。
 また、研究開発を業績に結びつけるには経営者のスタンスが重要と指摘し、IPBの役員の方の「せっかく研究開発費を投じていい特許を取得しても、製品価格に上乗せできず利益に結びつかないケースがある」というコメントが掲載されています。特許でしっかり守られていれば、価格競争を抑制できて本来は適正利益を得られるはずなのですが(そのために特許を取得するわけですが)、このケースでは一体どこに問題が生じているのでしょうか。例えば、事業サイドで特許の効果が十分に意識されておらず、価格交渉で妥協してしまっているということなのかもしれません。このコメントからは、
 <研究開発⇒特許> → 事業(製品価格)
という具合に、研究開発と特許の連携がうまくいく一方で、特許の効果が事業に活かされていないという状況が読み取られますが、特許が価格競争を抑止するためのツールであると考えると、
 研究開発 → <特許⇒事業(製品価格)>
のように、特許を出口側から考えるアプローチが必要になってくるということなのではないでしょうか。

デモだけでは判断できないソフトウエア特許

2007-03-27 | イベント・セミナー
 本日はソフトウエア特許関連のセミナー講師で、千葉に行ってきました。千葉県(舞浜、幕張、成田etc.)に行くことはあっても「千葉」に行く機会はなかなかなくて、千葉都市モノレールに乗ったのは初めてでした。

 ソフトウエア特許について短時間で説明するのはなかなか難しいのですが、よく新規の相談であるケースが、デモを見せていただいて「こういうことができるのは初めてなので特許をとりたい。」というご相談です。しかしながら、特許の対象になるのは「結果」ではなくそこに到る「手順」ですので、「どうやってそういうことができるのですか?」という質問に対するお答えがポイントになってきます。これが、「いろいろ細かい工夫を重ねた結果なのでとても説明できない」ということであれば、特許を出願する対象を特定することができませんし、そもそも説明できない仕組みをそのまま模倣されてしまうということも考えにくく、敢えて解きほぐして特許出願する必要性は?ということになってきます。逆に、「実は、・・・というところがミソなんですよ。」と種明かしをすると、「なるほど。」と簡単に理解できてしまうような場合は、模倣されるリスクが高いので特許出願したほうがよいと思います。
 特許の対象に適しているかどうかという意味では上記の視点で考えると判断しやすいと思いますが、権利化までには相応のコストがかかりますので、費用対効果の問題、そのプロジェクトにどの程度の資金を投下してどの程度の収益を見込んでいるかも、当然ながら重要な出願の判断基準になってくるでしょう。

知財担保→動産担保へ

2007-03-26 | 知的財産と金融
 写真の記事は、今朝の日経金融の一面トップですが、不動産等を持たない中小企業への融資推進策として、信金中金が全国の信用金庫に「動産担保融資」のノウハウを提供していることが紹介されています。最近の日経や日経金融を読んでいると、「動産担保融資」に関する記事を目にすることが明らかに多くなっています。
 かつて「知的財産権担保融資」の担当を経験して一番の問題と感じたのは、価値評価が可能か否かといった以前に、この融資は担保の設定・管理・処分に手間がかかり過ぎて、とても昨今のファイナンスのトレンドに合ったものではない、ということでした。昨今のファイナンス手法は、リスクを統計的に把握して、レート(金利)や限度額によって効率的にリスク管理を行う方向に進んでいるのに対して、「知的財産権担保融資」は、関連ある権利に片っ端から担保設定を行い、権利が変動する都度担保の見直しを行って、処分時には個別に譲渡先を探すという、「力技系」のリスク管理手法であり、時代に逆行している感は拭えません。「動産担保」も同じ力技系に属するものという感じもしますが、「知的財産権担保」よりはまだ効率がよさそうです。
 いずれにしても、知財の「価値評価」系のビジネスを考える際には、こうしたユーザー側の変化はよく見ておくことが必要かと思います。

品質への要求水準&設備投資

2007-03-25 | 知財発想法
 先週金曜の日経金融の記事に、液晶・プラズマテレビ用ガラス大手の日本電気硝子の会社分析が掲載されています。最終製品のテレビの価格下落の激しさにも関わらず、需給の逼迫から高い利益率(今期の第三四半期までの粗利率34.3%)が維持され、今期の最終利益は前記の13倍になる見込みとのことです。
 その強みについて、記事では、
「微妙に温度調整しながらガラスを成形するには特殊なノウハウが必要で、技術者の数も限られる。家電向けは均質性・透明性など品質基準が厳しく、参入障壁は高い。後発メーカーが窯を作っても家電メーカーに採用される水準に技術を高められる保証もない。・・・」
と解説されています。溶融窯の新設には数百億円単位の投資を要するそうで、それだけの投資に対して、ユーザの要求水準が厳しく、属人的なノウハウへの依存度が高いとなれば、リスクが高すぎて新規参入は困難という状況になっているようです。
 この会社の強みも「練り物系」の一例といえそうですが、
①ユーザの品質に対する要求水準が厳しい
②設備投資が巨額である
ことが、さらにその参入障壁を強固なものにしているということになります。このような要素が参入障壁として働くということを逆に捉えると、
①ユーザの品質に対する要求が比較的緩い
②初期投資の負担が軽い
事業は、参入障壁が低くなりやすいといえるでしょう。こうした事業については、「練り物」的なノウハウ管理もそうですが、特に特許の必要性が高まりやすいということになりそうです。「特許に力を入れるべきだ」と判断する際の基準の一つとして使える視点かもしれません。

中小企業の知財戦略2

2007-03-23 | 知財発想法
 昨日の記事や「知的財産の定義と知的財産戦略」の記事で考えた2つの考え方の相違について。もう一度整理すると、
① 「知的財産権で括った範囲が知的財産である。」
 ⇒ 「知的財産権」で独占できる領域を確保して、事業を進める。
 ⇒ どうやって独占領域を確保していくかが「知的財産戦略」である。
② 「知的財産は企業活動から生まれ、その知的財産は知的財産権で保護し得るものである。」
 ⇒ 知的財産を活かして事業を進めるのに、知的財産権を取得できると有利になる。
 ⇒ 事業の優位性を知的財産権によってどのように固めるかが「知財戦略」である。
ということになるかと思います。
 要すれば、どちらが正しいというものではなく、事業の性格がどちらに適しているかによって区別すべきものなのではないでしょうか。知的財産権で「事業領域」(「技術的範囲」ではない)を括り得るもの・事業の性格として独占権が確保されていないとお話にならないもの(製薬etc.)は①、知的財産権で括り得ないものも含めた競争となるもの・全てが独占権でカバーされていなくても勝ち残り得るもの(機械・電機etc.)は②、という整理ができると思います。

 こうして考えてみると、「弁理士の業務」について考える場合にも、専権業務が広がる範囲でどのように業務を進めるかという①的なアプローチと、知財に関連する仕事に関わりながらその一部として専権業務が含まれるという②的なアプローチがあり得るように思います。これもどちらが正しい云々というより、やろうとしている業務内容の方向性によって異なってくるというところでしょう。

中小企業の知財戦略

2007-03-22 | 知財発想法
 「知的財産の定義と知的財産戦略」の記事で、「知的財産」をどのように定義するかによって「知的財産戦略」の意味が異なってくる、ということを書きました。フジサンケイビジネスアイの「知的財産サロン」に「中小企業の戦略を考える」という連載を見つけたのですが、この記事では「知的財産権で独占権が保証された技術=知的財産」を前提としています。
 このような前提に立つと、「特許権で独占できる領域をどうやって押さえるか」が「知財戦略」となってくるので、この記事にあるように、

中小企業の場合、大企業等からの開発・製造依頼などを受注する形態が多い。

「大企業は発注した案件について技術や知財をすでに調べつくしており、中小企業が独自に知財を獲得する余地は少ない」

「自社の独自性が発揮できるニッチな技術分野の中のさらにニッチな所に、中小企業は独自の領域を探すことになる。当然、その領域には確たる顧客が見えていることが前提」

という筋道で「知財戦略」を考えることになってきます。

 これに対して、「知的財産権で保護できる対象となり得る技術=知的財産」と捉えるならば、

中小企業の場合、大企業等からの開発・製造依頼などを受注する形態が多い。

「大企業は内製せずにどうして当社に発注するのか?」=「当社ならではの優位性は何なのか?」

「当社の優位性が将来的に失われることはないのか?」「当社の優位性を保護する手段として特許権を取得する余地はないのか?」

という筋道で考えるのが「知財戦略」ということになります。

 どちらの考え方も、いろいろなところで「知財戦略」として説明されているので、その違いを認識しておかないと議論がちぐはぐになってしまいます。特に、中小企業経営者が混乱してしまっては困りますので、自社のやりたいことがどちらの考え方に沿ったものなのか(オリジナルの製品で新規事業を起こしたいのか、既存事業の地位を強化したいのか)を意識した上で「知財戦略」を考えることが必要と思います。

カフェで明細書・・・は書けないですね。

2007-03-20 | 書籍を読む
 知財の仕事はどうしても机に向かって黙々と作業をする時間が長くなるので、集中力の維持が大きな課題になってきます。年とともに作業効率が落ちている気がして仕方ないので、梃入れ策として「スピードハックス」に目を通してみました。
 この本は、自由業系のデスクワーカーを想定している(著者のお二人がそうだからでしょう)ようなので、個人事務所を営む弁理士には条件的にはピッタリで、共感する部分も多々あるのですが、我々のような仕事では「そうはいかないよ」という部分も少なくありません。例えば、「カフェで仕事をする」といっても明細書を書くための資料をカフェの机に広げるわけにはいきませんし、「仕事を区切る」ことで効率を上げるという方法も区切るたびに発明の内容を思い出すのに時間がかかって、却って効率が落ちてしまいそうです。やはりこの仕事はちょっと特殊なので、何方かこの業界の達人が「知財版スピードハック」でも著してくださらないでしょうか。
 ところでこの本を見ると、外観、称呼から、何となく「スターバックス」を連想してしまうのですが・・・(審査基準だと明らかに非類似ですね)。

スピードハックス 仕事のスピードをいきなり3倍にする技術

日本実業出版社

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日本の『技術力』

2007-03-19 | その他
 先日に続き「経営の視点から・・・」とは言い難い話題ですが、、、

 昨日、世界フィギュアの公式練習を見に行って、かなりテンションがあがってしまいました。練習段階からこのテンションではこれから始まる本番が思いやられますが(期末の仕事が忙しい時期に開催するのは勘弁して欲しいですが)、特に今大会の「日本の技術力」は凄いです。「練り物系」ならぬ、「飛び物系」やら「回り物系」やらが複雑に組み合わされており、模倣は容易ではありません。
 ある記事によると、浅田真央選手の凄さは、スケート技術についての才能に加えて、その才能を磨く才能(=努力する才能)も非凡であるとのことです。知財経営に置き換えれば、技術を生み出す才能(研究開発部門の能力)に加えて、その技術を守る才能(=知財部門の能力)が加わると、世界のトップも見えてくる、というところでしょうか。

販売数量、価格支配力、コスト削減

2007-03-16 | 新聞・雑誌記事を読む
 本日の日経金融新聞に、ドイツ証券・武者副会長の株価見通しについてのインタビューが掲載されています。武者氏といえば、ITバブルの頃から只一人日経平均株価の1万円割れを予測し、当時は私も「何でこの人はそんな暗いことばかり言うのだろう」と思っていた口なので、実際にそうなってからは氏の意見には耳を傾けざるを得ません。
 ここ数年は、首尾一貫して「日本株は割安、買い」と主張されていますが、本日の記事では特に製造業がよい、その理由について、
「企業収益を左右する販売数量、価格支配力、コスト削減のすべてで安心感がある。」
と説明されています。販売数量、コスト削減に比べると、「価格支配力」というのは見落とされやすいポイントなのではないかと思いますが、武者氏は特にこの点を日本の製造業は「高付加価値品が多く、世界市場での価格支配力が強い」と強調しています。
 知的財産権の果たすべき役割について、価格決定力を強化するということが重要であり、その効果は粗利に表れるはずである(「知的財産のしくみ」p.132~133)、ということはこれまでの記事でも何度か書いてきましたが、知財のプロフェッショナルとしては、「バランスシートには表れない知的財産の価値を評価すると・・・」といった不確かな理論でアピールするよりも、価格支配力で成果を挙げていくことが何より大切であると思います。投資のプロフェッショナルはそこを見ている、ということですので。

「知的財産」の定義と「知的財産戦略」

2007-03-15 | 知財発想法
 ある雑誌の原稿で知的財産戦略について書いていて思ったのですが、「知的財産」をどのように定義するかによって「知的財産戦略」の意味は大きく異なります。従って、前提として「知的財産」とは何かの定義を共有しておかないと、「知的財産戦略」に関する議論は噛み合わないものになってしまうように思います。
 以前に「知的財産とは何か」の記事に書きましたが、「知的財産」の語は、
① 特許権・商標権等の知的財産権により独占権の保証された発明・商標等
② 特許権・商標権等の知的財産権の対象になる可能性がある発明・商標等
のいずれかの意味で用いられることが多くなっています。①であれば「権利を取得したものが知的財産」、②であれば「知的財産を権利で守る」、ということになるので、「戦略」の目的も異なってくることになります。
 つまり、各々の定義によって「知的財産戦略」とは、
① 知的財産権によって独占権を確保した知的財産からどうのように事業を進めるか
② 企業活動から生み出される知的財産を知的財産権でどのように保護するか 
という課題についての方針を定めるものということになりそうです。いずれかによって議論の内容は全く違ってきますので、「知的財産戦略」を論じるときには前提を明確にしておくことが重要であると思います。
 因みに私の書いている論文は、企業活動の実態に近い②を前提にしています。