経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

工夫と研究心

2009-09-27 | プロフェッショナル
 鳴戸会に入って稀勢の里を応援する者としては、何とも気になる記事を見つけました。伸び悩む稀勢の里について、鳴戸親方の苦言。
工夫や研究心があまりにも足りない。いつも同じようにヤラれるというのは、その相撲が相手に研究されて、もはや通用しないってこと。これまで自分はどうやってはい上がってきたか、最大の武器は何か、もう一度、よく考え、相撲を思いきって変えないと。いまのままではいつまでたっても結果は同じだ」
 なんだか自分に言われているみたいで、ズキッときてしまいました。確かに、鶴竜は立会いのタイミングや角度なんか随分試行錯誤しているらしくて、それが明らかに今場所なんかは結果に表れてきた。あたりまえですが、工夫しないといつまでたっても結果は同じ。こういう苦言って、年をとるほど周りから言ってもらえなくなるものなので、自分で気付き、心していかないとヤバい。

 さて、iptops.comには一昨日から‘944’の数が並んでいて、この不況期に大変だといった論調が目につきます。が、自分は当事者であって評論家ではない。たとえば、稀勢の里が「昔と違って外国人力士が多いんで大変だ」なんて言ったところで、それが何になるのか(勿論、稀勢の里は直向で真面目な力士なのでそんなことは言いません)。鳴戸親方の仰るように、自分の強みをよく考え、もっと工夫・研究し、思い切って変えていかなければならない、という自分の問題です。
 そして、評論家ではなく当事者である以上、‘研究’で終わらずそれを具体的な‘工夫’にまで持っていかないと、結果にはつながらない。苦言を呈してくれる親方はいなくても、この業界にも、よりよい明細書を作るために顧客のオフィスに常駐するとか、非定型の特許業務をソフトウェアで効率化するとか、随分早い時期に会社を作って代理人業務の前工程や顧客の組織体制作りに取り組んでいるとか、顧客を中小・ベンチャーにフォーカスして独自のセミナーや情報提供を続けているとか、小手先ではなく腰の据わった‘工夫’を実践している方々がおられるわけで、彼らのように工夫し、行動していかなければ、なんて思う次第です。

俯瞰する目

2009-09-26 | 書籍を読む
 以前に少し紹介させていただいた韓国の呉秉錫弁理士の著作「特許価値戦略」が発売されました(アマゾンではまだ取扱っていないようです)。以下、寄稿させていただた「推薦のことば」の抜粋です。

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「価値の高い特許とは何か」
本書は、特許に関わる者にとって最も本質的ともいえるテーマに正面から取り組み、特許戦略のあり方を示した意欲作である。企業活動において、知的財産、特に特許に対する取り組みが注目されるようになり、特許戦略というテーマに関する著作や論文を目にする機会が多くなっているが、その中でも本書は次の2つの点において秀逸である。
第1に、本書が目の前に起こっている現実と、ストレートに向き合っているという点である。
(中略)
実際の市場の競争環境は特許だけによって規定されるものではなく、「特許に頼らなくても事業はうまくいった」「特許があっても事業はうまくいかなかった」という事例は多々存在している。市場の現実、事業の実態を離れた観念的な特許戦略論は、現実の事業、それを支える特許戦略を担う者の要求に応え得るものではない。
これに対して本書では、「問題の提起」の項で「これといった特許なしでも市場に参入してビジネスに成功した事例も簡単に見つけることができる」と述べられているように、市場の現実を直視し、その上で「価値の高い特許」の真の意味と特許戦略のあり方が考察されている。本書は現実に基づいた特許戦略論として、企業の現場で特許戦略に携わる方々の共感を得られるものであり、特許事務所等の実務家にはクライアントである企業の問題意識に沿った視点を提示してくれるものであると思う。
第2に、本書では分析者の視点、実務家の視点がバランスよくミックスされ、マクロとミクロの両面からのアプローチによって、「価値の高い特許」を創出するための特許戦略論が展開されている点である。
(中略)
そうした中で、市場の競争要因に関する分析から個別特許のあり方まで視野に入れた本書で展開される戦略論は、その一貫性、現実性において、群を抜くものである。著者が特許法律事務所で実務家の立場にあって、特許実務に関する考察のみでなく事業戦略に即した視点との両立を実現していることは、率直なところいささか驚きであるが、著者の企業での特許戦略の責任者としての経験と高い問題意識が、それを可能にしていることが推測される。我が国においても、特許実務に関するサービスの質的向上に取り組むためには、こうした幅広い視点と問題意識こそが求められているところであろう。
(中略)
さらなる研究が求められることについては、本書のはしがきで著者自身も打ち明けているところであるが、著者の今後の研究に期待するだけではなく、知的財産、中でも特許に関する業務に携わる我々自身に課された課題として認識すべきであろう。
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 特に第2のポイントについて思うのですが、全体を俯瞰する目と、実際に現場で物事を動かす力(現場力とでも言いましょうか)、この2つをどうやってバランスよく身につけていくかが、知財人に限ったことではありませんが、使えるビジネスパーソンたるためには重要なところです。実務家である呉弁理士がどうやって前者を身につけたのか、最初に本書の原稿を読ませていただいたときはそこが一番知りたいところだったのですが、20代で特許グループ長として、現在のハイニックス半導体の特許部門を一から立ち上げる経験をされたとのこと。そこで‘俯瞰して視る’ことを身につけられたのかなぁ、などと勝手に想像してしまいました。
 そうすると、「最近、知財の世界に入ってくる若者は、実務もできないくせに『戦略がやりたい』とかフワフワしたことを言ってけしからん」みたいな話を耳にすることがありますが、こうした若者の意見も実は半分は正しかったりするのかなぁ、などと思ったりします。フワフワばっかりでも困るのですが、小さなプロジェクトでもいいからどこかで「やってみなはれ」って経験も積まないと、明細書ばかり睨んでいるとどんどんヨリ目になってきて、俯瞰する目なんて養われない。これは勉強すれば補えるってような話ではなくて、セミナーや本で俯瞰したつもりになっても、気をつけないと講師や本に向かって目はヨッてきてます。たぶん。事務所人は企業人以上に深刻ですね。しんどいですが、自ら機会を作っていかないと。


効果的な知財支援制度のあり方を考える

2009-09-13 | 知財一般
 先日来、公的機関の知財支援制度(中小企業向け)のあり方について何度か議論する機会があったのですが、話の大枠を次のように整理すべきではないかと考えています。尚、外国出願費用の助成のようにお金を直接支援する制度は、ちょっと質の違う話なのでここでは対象から外して整理してみます。

 知財支援に対する中小企業のニーズですが、大きく次の3つの段階に分けることができると思います。
(1) 知財制度(特許の対象になるもの、出願の仕方etc.)がよくわからないので教えて欲しい。
(2) 制度のことは大体わかったので、有効な権利の取り方や取った後の活かし方など具体的な運用のノウハウ(パテントマップの作り方、ライセンスの手順etc.)を教えて欲しい。
(3) そもそも我が社の強みを活かすのに、知財制度をどのように利用すれば効果が上がるかを教えて欲しい(というか、相談に乗って欲しい)。
 これに対して、これまでに提供されている様々な支援制度は、(1)(2)に属するものが多く、(3)の‘知財戦略支援’みたいな制度は、まだ一部でスタートしたばかりといったのが現状かと思います(‘知財戦略’と銘打ちながらも、実際の内容は(2)だったりすることも)。
 ここで注意しなければいけないのは、制度の満足度を測ろうとすると、(1)のニーズに対して「特許とはこういうふうに取るんですよ」という説明を的確に行えれば、満足度は高い(=ニーズを満たしている)という結果が得られる。(2)も同様で、パテントマップの書き方や流通の成功事例なんかを聞くと、これは凄い、いい話を聞いた、という結果になるのでしょう。問題は、そうした制度の知識やノウハウが、果たして(3)に結び付いているだろうかという部分です。この点について、(1)から順にボトムアップで積上げていくと、
(1)→「特許、出せました。」(2)→「マップの穴を突いたのでうまく権利が取れました。」となった次に、では(3)をどうしましょうかということで、「取った特許でライセンス料を得ましょう」、みたいな話になりがちです(最近ではこんな記事もあり)。だけど、これってやはり企業活動、事業の実態から考えると、順番がひっくり返ってしまっているのではないでしょうか。
 特許があろうがなかろうが、企業はそれぞれが持っている何らかの特徴・強みを活かして事業を続けていくわけであり、その特徴や強みをどうやって高め、他との違いとして活かしていくかが重要になるわけです。そのために効果的であれば知財制度を活用していくべきだけれども、事業の実態を考えると知財云々の前にスピード重視で顧客開拓を進めていったほうがいい場合なんかもある。そういう意味で、(3)に対する何らかの解(これが正解、という解があるわけではないですが)を得たうえで、(1)(2)のニーズに応えていくというのが、本来の順序であろうと思います。企業の側で先に(3)の問題が整理できていればいいのですが、知財制度のことがわからずにその効果や位置付けが整理できるはずもなく、やっぱり先に来るのは(3)になるのだと思います(自ら(3)の問題を考えられる企業であれば、公的制度に期待するのは助成金みたいな現物の支援になってくるでしょう)。

 そこで問題になるのは、支援機関の側で(3)のニーズに適切に応えられるか、というところなのですが、これは知財の知識からボトムアップで考えていくような問題ではないので、(1)(2)の支援ノウハウとは違う資質が求められることになってきます。かといって、知財活動によって期待できる実質的な効果というところがわかっていないと、経営、事業の知識だけでは知財活動の出番がわからない。なかなか難しいところです。
 そもそも論として、(3)について考えていけば、そこから得られる結論が‘知財’ではないことも多々あるわけで、そうするとこうしたニーズに応えることを‘知財’として仕切ること自体が問題なのかもしれません。そうすると、中小企業のこうした問題を常時フォローしているような窓口との連携が効果的なはずであり、そうなると地域金融機関なんかにやっぱり期待したくなってくるところですが。

不可逆的な流れ

2009-09-03 | 知財業界
 昨日の日経・経済教室の御厨東大教授の「‘自民党的なる日本’が崩壊」という論説は、なかなか読みごたえのあるものでした。民主党か自民党かという表面的な結果だけでなく、政治家・官僚システム・財界がかみ合った間接給付型の仕組みを‘自民党的なるもの’と捉え、これを止めましょうというのが民意の本質であり、そこに直接給付型を提示した民主党が受け皿として嵌った、この‘自民党的なるもの’からの脱却は不可逆的であり、単純に二大政党間で揺り戻しあうような性質のものではない(=自民党再生には脱‘自民党的なるもの’が必要)、というのが論旨です。確かにそこを本質と捉えると、先の郵政選挙では、民意は「自民党による‘自民党的なるもの’からの決別」を支持したことになり、今回の総選挙を単純にドミノ現象と評してしまうのは表面的な分析に過ぎず、実は根底の部分で民意に大きな変化はない、と考えることができそうです。
 さて、ここからが主題なのですが、なんでこんな政治ネタを持ち出してきたかといいますと、この論説を読んでこんなことを考えました。社会現象として何らかの変化が見られた場合に、表面的な事象だけに囚われることなく、その奥で崩壊が進んでいる本質的なものは何かということを考え、揺り戻しがあり得るものと不可逆的な流れをしっかり選別しなければいけない。昨日届いた弁理士会からの定期便には、中小事業者向け資金繰り支援の制度融資のパンフレットが同封されていました。今年の特許や商標の出願件数は、ピーク時の3割減くらいの水準で推移しているようです。知財部の予算や人員が削られた、知財関係のセミナーに人が集まらない、という話も耳にします。こうした変化はたぶん、景気の波でそのうち揺り戻しがくるよ(多少はあるのでしょうが)、というような性質のものと捉えるべきものではなく、そこには不可逆的な流れがあって、おそらくこうした現象の裏側では‘特許事務所的なもの’とか‘特許部的なもの’というある種のシステムの崩壊が進んでいるのだと思います。崩壊が進んでいるものの本質は‘特許事務所’ではなく‘特許事務所的なもの’、というこの微妙な違いがたぶん重要なところで、‘特許事務所的なもの’や‘特許部的なもの’に変わる新しい価値観を認識し、それを仕組みにしていくことが、知財業界のプレーヤーに求められているということなのでしょう。「経営課題に成果を上げる」というのも、たぶんその価値観の一つと位置付けられると思います。抽象的な話になってしまいましたが、とりあえず今日はこんなところで。