経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

審ビジネス眼

2010-04-27 | プロフェッショナル
 24日の日経夕刊に建築家の安藤忠雄氏へのインタビュー記事が掲載されていました。そこで語られていたのが美しさや本物を見抜く‘審美眼’で、独創的な建築物を創り出すのはこれが不可欠だそうです。この‘審美眼’は本物を見ることによって養われるけれども、本物を見分けるためには知識も必要。安藤氏も最初は古代ローマのパンテオンのよさがわからず、古典を読んで勉強したとのことです。
 確かに、奈良の大仏をただ見れば「でかい」と思うだけかもしれないけれど、そこにどういう物語があったかを理解していれば「よくこれだけのものを作れたものだ」と深く感動し、「美しさ」を感じることができる、そういうものなのだと思います。

 これは実は最近あれこれ思っていたことに通じるものがあって、‘審ビジネス眼’とでもいうか、仕事の中で目にするもの、耳にするものの表面だけをみて判断して、その本当の意味や価値を見落としてしまっていることはないだろうか。VCにいたときに投資を担当したあるベンチャー企業での話ですが、社長と投資家との月例ミーティングで、投資家側から「女性スタッフの数が多すぎるから減らすべし」との要求がありました。これに対する社長の答えは、「あの女性が見ているからあの営業マンが頑張っているとか、会社の中ではいろいろあるんです。そのバランスをちゃんと見ながら判断しているので、私に任せて欲しい」というものでした(実は頑張っているのは社長だったりして・・・)。ちなみにその会社、その後もしっかり業績を伸ばしていきました。
 知財の仕事では、たとえばこんな話。時々パネルディスカッションのモデレータやパネリストを務めることがあるのですが、専門家の立場でお声掛けをいただくと、他にパネリストとして登壇いただく経営者などのゲストの決定や当日のディスカッションの流れなど、事前に企画的な部分も担当することが少なくありません。そして無事本番が終了した後に、「なかなかよいパネルだった、ご苦労さん」と言ってくださる参加者の方もいれば、「ゲストの話はよかったけどモデレータは大したことなかった」という評判が漏れ聞こえてきたりもします。表面だけを見て判断するか、その裏側にまで眼が届いているか。とか言っている自分も、先日ある雑誌の記事を見て「なんでこの人が出てるの」みたいな感想を述べていたところ、実はその記事はその人が温めていた企画を出版社に持ち込んだものでした。まさに‘審ビジネス眼’の欠如そのものと反省せねば。
 これはたぶん日常業務の中でも大切なことで、ビジネスも人間がやっていることなのだから、表面に出てくるものの裏側で、誰がどのような思いでそのことに取り組んでいるのか、そこにまで眼が届くか、想像できるかどうか。ビジネスがわかる知財パーソンたるためには、SWOT分析とか4Pとかを知っているかどうかより、まずは‘審ビジネス眼’を養うことが大事なのでは、なんて思う次第です。

中国電力の知的財産報告書から考える‘サービス業の知財戦略’その2

2010-04-23 | 企業経営と知的財産
 公表から少々(というかかなり)時間が経ってしまいましたが、昨年あれこれとコメントした中国電力の知的財産報告書の2009年版が発行されました。‘サービス業の知的財産戦略’は個人的には重要なテーマの1つということもあり(電力会社がサービス業かというのは微妙なところですが・・・)、2008年版からの変化を中心に、ちょっとばかりマニアックにみてみたいと思います。

 昨年からの違いで特に目に付いたのは以下の点です。
① 3p.に、経営戦略と知財戦略の関係をビジュアルに示す絵(図)が入った。
② 5p.の基本理念(2)の記述が厚くなった。
③ 16p.に、特許の価値の定量評価の評価手法の具体的な説明が追加された。
④ 16~17p.に、「知財の事業への活用事例」の項目が加わった。
⑤ 19p.に、「オープンイノベーションについて」の項目が加わった。
⑥ 「CSRの取り組み」の章が新設された。
 このうち⑤と⑥は、ちょっと自分にはコメントするだけのバックグラウンドがないので、追加された、という指摘だけに止めておきます。時代のトレンドを考慮して追加したのかなぁ、なんて印象もありますが。
 さて、昨年も注目したように、同社の知財活動の最大の特徴を表しているのは、①と②に関する部分であると思います。電力会社は製造業と違い‘商品’を売るわけではないので、知財活動の位置付けも当然に異なるものとなるはずです。ではどのように位置付けるか、という問題に対して解を見出しておらず(というかそもそも解はないと判断し)、特許を出願するにしても散発的に行っているサービス系の企業が多いのではないかと思いますが、同社はそこのところを、「現場も含めた創意工夫の促進⇒人材基盤の強化」が「サービスレベルの向上」に結びつく、という考え方のもとに明確な方針をもって取り組んでいることが読み取れます。この部分が製造業と全く異なるところで、それゆえにできるだけ多くの社員を知財活動に巻き込むことに力を入れ、その点においては数字にも明確な成果が表れている(発明者人口の増加、社内ホームページへのアクセス数など)ように見受けられます。
 2009年版では、①に示したように、そのイメージがシンプルな絵で表現されました。以前に「それは、こちら側の仕事。」のエントリで、‘三位一体’がわかっていても実践できない理由の一つとして、「現場でリマインドができていない」ということを挙げましたが、知財活動の位置付けを難しい理屈ではなく、わかりやすい絵で表現することは、有効な解決策の一つではないかと思います。この絵はそういう役割を果たす意味があるのでは(だからいろんな場面で使っていったほうがよいのでは)、なんて思った次第です。
 ②の基本理念(2)では、同業他社に比べて多くの出願を行い、多くの社員を巻き込んでいる理由が、2008年版より詳しく説明してあります。これは知財活動の意義の根幹をなす部分なので、冒頭に丁寧に説明しておくことは重要でしょう。
 以上の①、②からは、ぶれずにこの方針を推進する、という同社の姿勢がよく表れていると思います。
 次に③の部分ですが、どうしても周囲の関心が数字で示される価値評価に向かいやすいため(特にマスメディア)、「どうやって計算しているんだ」という疑問に答えるために追記したのではないかと思います。しかし、知財価値の定量評価はあくまでもある前提に基づいた試算結果ですから、それが正しいか正しくないかという議論を始めると泥沼に嵌ってしまいます。そもそも同社の知財活動の目的を前述のように強調しているのだから、この部分はあくまで試算ということで「どうやって計算しているんだ」っていう挑発にはのらなくてもいいのでは、というのが率直な感想です。事業にどう貢献しているかという問いに対しては、④のような定性情報で説明するほうが個人的にはしっくりくるのですが、とはいっても組織の中ではやっぱり数字という議論は避けられないのでしょうね。
 定量的な数値という点では、知財活動の目的として「人材育成・創意工夫の促進」という無形資産の蓄積に重点をおいた場合、出来上がった知的財産権の価値より、むしろ気になったのはそうした無形の資産の蓄積にどの程度のコストを投下しているか、というところです(資産価値のほうはどう計算しても‘試算’に過ぎませんので)。これは数字が開示されていないので、年間の出願件数などから推測するしかありませんが、同社の売上高に対して0.1%前後、今期の経常利益に対して1~2%とか、おそらくそんな水準ではないでしょうか。「人材育成・創意工夫の促進」という主な目的に照らして、これを多いとみるか少ないとみるか。

 以上、あれこれと勝手な意見を書きましたが、‘サービス業の知的財産戦略’を考える貴重な実例ですので、今後もウォッチしていきたいと思います。

止揚

2010-04-22 | 知財一般
 前回の龍馬伝を見ていて、「おーっ、こういう発想って、何とかって言うんだったなぁ・・・」なんて気になっていたのですが、思い出しました。『止揚』です。
 『止揚』とは、田坂広志先生の「使える弁証法」には、
互いに矛盾し、対立するかに見える二つのものに対して、いずれか一方を否定するのではなく、両者を肯定し、包含し、統合し、超越することによって、より高い次元のものへと昇華していくこと
と定義されています。前回の龍馬は勝麟太郎とのやりとりの中で、「攘夷か開国か」という両者の対立から止揚によってより高次元に達した、ということです。
 昨日、大河マニアの某氏(彼によると龍馬伝は大河の中でも武田信玄と並ぶ名作とのこと)とその話で盛り上がったのですが、考えてみれば身近なところにもいろいろあるなぁと。いきなりミクロな話になりますが、明細書の「課題を解決する手段」にクレームをコピーするのが是か非か、という件について。おそらくコピー派が多いのではないかと思いますが、これは邪道で発明のエッセンスを要約すべきという意見もあります。後者が前者を問題とするのは、「クレームのコピーでページ課金を増やすのはけしからん」という理由が根底にあることが多いように見受けられます。一方で、前者についても、明細書のサポート要件の観点から(クレームと明細書は法律上は別の書類ですから)は、記載漏れを確実に封じておくという合理的な理由(このページの7「できあがった特許明細書のチェック」の6「課題を解決する手段とクレーム」参照)があるわけです。この対立を止揚すると、要するに課金の仕方に疑いが生じることが問題なわけだから、クレームのコピーも発明のエッセンスも両方記載した上で、クレームのコピー相当分の課金方法を合理的に調整すれば、両者を肯定し、包含し、統合し、超越することができるわけです(「そんなレベルの話と一緒にせんとき」と龍馬さんに言われてしまいそうですが・・・)。特許実務と知財コンサルもしかりで、それを止揚したところに解はある、なんて、わかったようなわかんないような話ですが。

使える 弁証法
田坂 広志
東洋経済新報社

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誰のパイを広げるか

2010-04-13 | 知財業界
 月刊誌「発明」の今月号に「企業における知財の意義」(またまたビックなテーマですが・・・)と題するインタビュー記事を掲載いただいたのですが、編集長のご厚意により、早々にPDFで公開させていただけることになりました。この春から知財担当となる方に向けてのメッセージ、といったコンセプトの企画ですので、該当しそうな方にはご一読をいただけると幸いです。

 話は変わりますが、2月~3月は中小企業の知財戦略関連プロジェクトの成果報告会で各地を訪問させていただきましたが、今年は残念ながら都合がつかず関東のシンポジウムに出席することができませんでした。参加された方のブログなどを拝見していると、今年はかなり‘コンサルティング’色が濃くなっていたようで、その点で私が関わった他の地域のシンポジウムとは雰囲気が異なっていたような印象です。対象が知財の実務周りから経営戦略にまで深化しているようで、それ自体は向かうべき方向に進んでいると思うのですが、‘コンサルティング’とかいった方法論が先行してしまわないかがちょっとばかり気になりました。提供者側の市場創出という側面のほうが前に出てきてしまうと、結局のところコストを負担するのは顧客ですから、そこに顧客のビジネスとサービス提供者のビジネスが対峙することになってしまうからです。勿論、そのサービスが顧客にとって価値のあるものであればWin-Winの関係が築けるので問題ないわけですが、知財の世界ではそんなに簡単に価値が顕在化するわけではないので、サービス提供者側の市場創造=「サービス提供者のパイを広げる」という色彩が強くなってしまうのはあまり好ましくないように思います。
 知財サービスを提供して業をなす者としては、「知財サービスのパイをどう広げるて収益を得るか」ではなく、「知財サービスを通じて顧客のパイをどう広げて収益の分配を受けるか」というアプローチ(要するにベンチャーキャピタルみたいな発想ですが)でやっていきたいとは常々思っているのですが、言うは易し行うは難し、ですね。