経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

微妙な空気・複雑な表情の裏にあるもの

2012-10-04 | 7つの知財力
 今週は、ある仕事の関係で、中小企業2社の社長さんにインタビューをさせていただきました。

 問題意識の一つである、
「実際のところ、中小企業にとって知財とは何か、知財権を取得することにどういう意味があるのか?」
について、7つの知財力(+1)の図を示して、「特にどこが効いていると思われますか?」 と質問するのですが、いろいろな部分で 「そういう効果はある」 とご同意をいただけるものの、一方で、今週のインタビューに限った話ではありませんが、諸手をあげて 「そうだ、そのとおり、それが知財権だ!」 というわけではありません。社長さんのちょっと複雑な表情から、
「確かに知財権が効いているといえば効いてはいるけれども、あなたとしてはそういう風に説明したいわけね」
という微妙な空気を感じることが少なくありません。

 その傾向は、特に図で見た場合の右側(=外部にはたらく効果)において顕著で、高いシェア、大手へのライセンスや事業提携などを実現するのに、確かに知財権があったこともプラスにはなっているものの、当然ながらそれだけでできたことではない。つまり、
社長が(知財権も含めて)うまくビジネスをハンドリングしたから実現できた
わけであって、特許権などの知財権を取得したから、高シェアやライセンスが実現できたというわけではない、ということです。シェアを高めたり、事業提携を実現したりするためには、知財権以外にも複雑な要素がいろいろと絡み合ってくるから、当然といえばあまりに当然のことなのですが。

 その一方で、「そこは確実に言える」 と共感いただくことが多いのが、図で見た場合の左側(=内部に生じる効果)の部分です。
 特許権などの知財権取得を通じて、自らの強みを客観的に認識する。オリジナリティが証明されて、営業マンが自らが売っている商品に自信を持つ。社員の貢献を形にする。自分達が取組んできたこと・実現してきたことを、周囲にも見える形で記録に残す。
 こういった効果は、確かにあると。そして、これらの効果が右側にある効果(=外部にはたらく効果)と決定的に異なるのが、「自らがコントロール可能である」という点です。

 「知財権の排他的効果で模倣を防止できる」 といっても、多少性能が落ちたり少しコンセプトを変えたりした類似品に圧倒的な低価格で市場を抑えられてしまう、模倣品云々以前に商品が認知されず市場が広がらない、といったことも起こり得ることです。 「知財権を抑えることで取引先との交渉力を強化できる」 といっても、相手が出口(=顧客)を抑えていたら、強気に出るにも限度があります。つまり、右側にある効果(=外部にはたらく効果)は、知財権を抑えただけでコントロールしきれるような性質のものではありません。
「知財権は一つの武器になり得るにせよ、そこから先が難しいところなんだよ」
というのが、社長さんの複雑な表情の裏にあるのでしょう。
 それに対して左側は、もちろん一人一人の人間をコントロールできるという意味ではありませんが、少なくとも外的要因の影響を受けにくい社内の問題として取り組んでいけることができるのです。だから、そこについては「確かにその通り」 と答えやすい。そして、これらの効果というのは、どうやって個々人の力を引き出して会社の力に結集していくかという中小企業に共通かつ重要な課題に直結するものであり、やはり、
中小企業の知財への取り組みは左側(=内部に生じる効果)に軸足を置くべきで、右側(=外部にはたらく効果)は+αの効果と認識しておくべき
ではないでしょうか。
 中小企業の知財というテーマに対しては、いまだに「模倣排除」「侵害防止」みたいな切り口で語られていることが殆どですが、経営者の共感を得てシンクロするためには、ここをわかっておくことがとても重要であるように思います。

 そしてもう一つ痛感するのが、昨日も書きましたが、どんな切り口にせよ中小企業経営を考える際には、「売り上げをいかに増やすか」というテーマから離れるべきではない、ということです。模倣品を排除しても、他社権利の侵害を予防しても、ライセンス先を見つけたとしても、売り上げがあがらないことにはどうしようもありません。資金調達だって一時しのぎにはなりますが、売り上げをあげないことには会社の将来はありません。
 そこを理解して
「売り上げをどう増やすか」 という意識を 「知財をどう守るか」 の上に置いておくこと
これももう一つの重要なポイントであるように思います。


<お知らせ>
1. 10月から開催される「あいち知財経営塾」の講師を務めます。
 ‘塾’形式になる第2回以降はほぼ定員に達したようですが、10月10日(水)の第1回は公開セミナーで、第1回のみで、どなたでもご参加いただけますので、お近くの方は是非ご検討ください。
 愛知県ホームページ~「あいち知財経営塾」の参加者を募集します!

2. 10月26日(宇都宮市) 第5回首都圏北部4大学(4u)合同知財実践セミナー で、「事例で学ぶ知的財産の意味と役割」と題して講演をさせていただきます。6-7月に関東各県を回らせていただいた「発見!元気な中小企業の3つの秘訣~知的財産で磨こう!あなたの会社の強み~」に準じた内容となる予定です。

3. 11月9日(三条市) 戦略的知財マネジメント促進事業 知財セミナー で、「発見!元気な中小企業の3つの秘訣
~知的財産で磨こう!あなたの会社の強み~」と題して講演をさせていただきます。6-7月に関東各県を回らせていただいたシリーズと同じ内容になる予定です。

4. ‘ローマの市場にて’の‘会員の声’のページに登場させていただきました。特にQ5への回答、ベンチャーは一見若者の世界のようでありながら、変化を体感してきている経験、年季が入っていることには大きな意味がある、というのが一番言いたかったところです。

‘知財ネタ’って何?

2012-05-21 | 7つの知財力
 昨年度来、地域金融機関向けに「7つの知財力」関連のお話をさせていただく機会が多くなっていますが、先日の某地銀さんの行内研修会の後に、何人かの方から次のような感想をいただきました。
 「お客様との話のネタに使えそうだ。」
 地域金融機関では、ここ10年来「リレーショナルシップ・バンキング」、すなわち、地元の中小企業との関係強化が重要なテーマになっています。そのため、とにかくお客様のところに足繁く通って経営者と話して来い、と号令がかかっているそうなのですが、顔を出したところで何かネタがないことには話が続かない。そこが結構、悩みの種だったりするそうです。確かに自分がベンチャーキャピタルで仕事をしていた頃も、社長室で何をネタに話をするか、アポの30分くらい前には訪問する会社の近くに行き、ドトールで日経新聞やビジネス誌を読みながらネタ探しをしたものでした。
 そうした中で、ユニークで元気な中小企業から抽出した「7つの知財力」は、結構話のネタに使えるかもしれない、という印象を持たれたようです。
 社長にいろいろ悩みを聞いた上で、「下請で培った技術を活かして自社製品を開発したい」と言われれば「見える化」、「育てた社員が辞めて同業他社に転職してしまう」と言われれば「財産化」、「社員が仕事に消極的で・・・」と言われれば「活性化」、「営業の押しが弱くて困っている」と言われれば「自社の強みを外部に伝える」などなど・・・中小企業に生じやすい悩みに対して、「知財」をキーワードに新しい見方を提供できるかもしれない、ということです。
 ‘知財ネタ’というと、アップル対サムスン、切り餅、面白い恋人、iPad商標、米国特許法改正・・・などといったテーマが思い浮かびがちですが、そのネタで中小企業との関係強化というわけにはいかない。初めから知財に関する話を持ち出すのではなく、経営者の悩みを聞き出した上で、知財的な見方で切り込んでいく。こういう‘知財ネタ’のほうが、中小企業経営者との距離感を縮めるのに実用性は高そうです。

開発成果を財産化することの意味

2011-08-16 | 7つの知財力
 「グーグル、モトローラ・モビリティを125億ドルで買収」のニュースですが、ラリー・ペイジCEOがその狙いについて「特許」と明言していることから、IT業界のみでなく知財業界でも大きな話題となっています。スマートフォン市場に与えるインパクトについてはその道のプロの分析にお任せするとして、1年半ほど前に知財協で‘ネットデジタル’をテーマにした研修を担当させていただいた際に、グーグルの米国特許取得件数、売上高、株価が2005-2009年にどのように変化したかを比較してみたことがあります。特許取得件数は2009年時点でも急増中、急増していた売上高は2008-2009年になだらかなカーブとなり、株価は2007年末頃がピークになっています。つまり、
 株価 → 売上高 → 特許取得件数
の順に上昇カーブを描いていった、という傾向が読み取れます。よく言われる特許の「創造→保護→活用」というサイクルから考えると、
 特許取得件数 → 売上高 → 株価 (将来への仕込みが業績に反映され投資家がそれを評価する)
あるいは、
 特許取得件数 → 株価 → 売上高 (将来への仕込みに気付いて株価が反応しやがて業績に表れる)
となりそうなものですが、特許が後追いとなっている、というのが実情です。ソフトウェアやネット系の企業は他にもこうした傾向が見られ、特にグーグルの場合は、今特許紛争がホットなスマートフォン周りに事業展開していることもありますが、ソフトウェア、ネットビジネスについても規模が拡大するほど特許問題も無視できないものになってくる、ということは言えるでしょう。これをして、「早い段階から特許対策を考慮しておかないと高くついてしまう」とみるか、「特許云々より顧客の囲い込みが先で資金力をつければ特許問題は後からでも何とかなる」とみるかは、ビジネスパーソンとしての軸足がどこにあるかによって違ってくるのでしょうか。
 ところで、このニュースを見て思い出したのが、「インビジブル・エッジ」に紹介されていた米国シーベルの事例です。同社はCRM市場での競争力が低下して撤退を意識するようになった後に、なんと大量の特許を出​願し始めたそうです(同書196~197p.)。日本企業であれば、競争力低下→コスト削減という図式になるのが普通ですが。その結果、シーベルは市場に取り残された退出すべ​き企業ということではなく潜在的価値をアピール​することに成功し、オラクルにより60億ドル近い値段で​買収されるに至ったとのこと。今回のニュースで買収される側のモトローラ・モバイルについて考えたときに、この話を思い出しました。ビジネスそのものの成否は様々な要因に左右されるけども、開発成果を財産化することを怠らなければ何らかのストックは蓄積されていく。勿論、そのストックが将来性のある分野のものでなければ価値は生じないけれども、いくら開発に力を入れてもその成果が財産化されていないとそういう道も閉ざされてしまうわけです。
 「経営に効く7つの知財力」に整理した7つの分類で考えると、買収する側にとっては、第4の知財力=競合者間の競争力を強化する、というところに狙いがある一方で、買収される側から見ると、第2の知財力=無形資産を‘財産化’する、ことが今回のディールにつながったということで、知的財産のもつ意味を改めて考えさせられるニュースでした。

※ マイクロソフト等についても同じ形式のグラフを日本IT特許組合のFacebookページで公開しています。

インビジブル・エッジ
クリエーター情報なし
文藝春秋

‘7つの知財力’に関するお知らせ

2010-09-18 | 7つの知財力
 本日は、新著「経営に効く7つの知財力」に関するお知らせ2件です。

 まずは本の紹介について。発明誌9月号の「著者に聞く」のコーナーのPDFがこちらにありますので、よろしければご笑覧下さい。

 次に、誤植についてのお詫びと訂正です。
 誠に申し訳ありませんが、以下の誤植が見つかっていますので、お知らせさせていただきます。

(1) P.48の図3-7、P.50の図3-8、P.55の図3-9、P.57の図3-10,P.126の図5-3、P.137の図5-5、P.139の図5-6に「知的マネジメント」とあるのは「知財マネジメント」の誤植です。

(2) P.76の図4-6の「③受注の決め手となる要素を創り出す」とあるのは、「③自社の強みを外部に伝える」の誤りです。

(3) 122p.の10行目の「・・・ということです。業が・・・」は、「・・・ということです。業が・・・」の誤植です。

 (1)(3)は‘明らかな誤りの訂正’ですが、(2)について、言い訳というか、ちょっとばかり経緯を説明させていただくと、「知的財産が外部にはたらく力」の3つ目は、元々はこの「受注の決め手となる要素を創り出す」にしていました。具体例としては、特許庁の「知的財産経営の定着に向けて」の報告書のヒアリング調査レポート(四国・中国・九州地域)に掲載されている日章工業㈱(P.147-150)が挙げられます。
 日章工業さんは九州にある金属製建具メーカーです。建設業界の不況で同業他社の経営状況が厳しくなる中、堅実経営を続けてきた同社は近年M&Aによって規模を拡大しています。規模の拡大によって受注案件が大型化し、自らが元請となるケースが増加する中で、入札等で他社と差異化のために新製品開発に力を入れ、それをアピールする手段として特許出願に力を入れるようになっています。特許の対象となる独自製品がピンポイントで効いてくれると、それによってプロジェクト全体を落札できる場合があるということで、特許を‘楔’、そして‘梃’のように効かせることができる可能性のある、ユニークな事例となっています。
 その他にも、公共事業への入札が多い企業で、受注のきっかけとすべく特許への取組みに注力をしているという例を聞いたこともあり、「受注の決め手となる要素を創り出す」というのを、知的財産が外部にはたらく力の1つとして挙げることを考えていました。
 しかしながら、考えてみるとこの効力は「競合者との差異を明らかにする(=競合者間における競争力を強化する)」効果と「自社の強みを外部(=顧客)に伝える」効果の組み合わせによって発生する応用例であり、「自社の強みを外部に伝える」にまで要素を分解したほうがよいだろうと。そこで3つ目(全体では6つ目)の‘知財力’を入れ替えることにしたのですが、この図だけ不覚にも元の記述が残ってしまいました。
 というわけで、折角ですので日章工業さんの例はとてもユニークでしたので、この機会に「知的財産経営の定着に向けて」の報告書のヒアリング調査レポート(四国・中国・九州地域)もご覧いただければと思います。

【9月22日】 刊行記念セミナー「経営に効く7つの知財力~社長に聞かせたい知財の話~」 発明協会東京支部
【9月30日】 知的財産経営ケーススタディセミナー(@札幌) 「経営に効く知財活動の実践法」
【11月2日】 知的財産経営戦略塾(@山梨) 「『経営に効かせる知財活動のポイント』 中小企業の事例から見出した7つの知財力」

経営に効く7つの知財力
土生 哲也
発明協会

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経営に効くか?

2010-08-31 | 7つの知財力
 本日は拙著‘経営に効く7つの知財力’の宣伝です。
 
 今年で弁理士登録から10年になるのですが、大袈裟に言えばその集大成、どうして金融を離れて知財の世界に足を踏み入れたかという原点を振り返り(そう言えば一昨日からのニュースでも原点がどうのこうのって話がありましたが)、中小・ベンチャー企業の経営に知財のスキルをもって何ができるのか、ということを取りまとめたのが今回の書籍です。編集の方のご理解もあって、本当に好きなように書かせていただいたのですが、いわゆる知財マネジメント・知財戦略本とはちょっと違い、これまでの中小企業と知財を謳った本とも趣の異なる、何か不思議な仕上がりとなりました(と、自分では思っています)。中小・ベンチャー企業にターゲットを絞っていて、細かなハウツーを解説するものでもないので、知財のプロのニーズに沿ったものではないかもしれませんが、
■ 知財って、結局のところ何なのか?
■ 知財(活動)って、果たして企業の役に立つものなのか?
といったそもそも論を考えることが嫌いでない方や、中小・ベンチャー企業で経営と知財の境目におられるような方には、是非ご一読をいただければと思います。

 当初はもう少し早く上梓する予定だったのですが、実際に書き始めてみるとなかなか筆が進まず、予想以上に苦戦してしまいました。これまでにセミナーで話してきたことを使えばネタには困らないだろうと踏んでいたのですが、難しかったのがパーツとパーツの「つなぎ」です。あれはこうだ、これはどうだと、個々の問題について論じることはそれほど難しくはないのですが、要するに自分のそもそもの問題意識はどこにあって、それに対する考え方の基軸はどこにあるのか、根っ子にあるものは何で、それぞれの主張にどう結びついているのか、というところが、わかっているようで実はよくわかっていない。もっともらしいことを言いながらも、実は外部からの刺激に対して反応しているだけに過ぎない、なんてことが少なくないわけです。入門書や実務書とは違い、自分の考え方がちゃんと整理できていないと書けないので、そこがなかなか難しいところでした。
 なんて大作を書き上げたみたいなことを言いながら、仕上がりは180ページほどで、電車の中で数時間で読めてしまうような内容です。カテゴリは「実務書」ではなく「読み物」。知財の本に「経営」なんて文字を付けると遠ざけられてしまいがちなので、極力読みやすさを重視した結果なのですが・・・

 以下、本書に関連するセミナーの宣伝です。

◆ 9月22日に、本書の刊行記念セミナー「経営に効く7つの知財力~社長に聞かせたい知財の話~」を、発明協会東京支部で開催します。
◆ 9月30日に、知的財産経営ケーススタディセミナー(@札幌)で「経営に効く知財活動の実践法」と題して講演しますが、本書に紹介している事例等について解説する予定です。
◆ 11月2日に、知的財産経営戦略塾(@山梨)で「『経営に効かせる知財活動のポイント』 中小企業の事例から見出した7つの知財力」と題して講演しますが、本書に紹介している事例等について解説する予定です。

静的な知財権の効果ではなく、動的な知財活動の効果

2010-06-25 | 7つの知財力
 前回のエントリで‘中小企業の実態’としてなすび様にいただいたコメントですが、まさに私自身もここ数年来意識的に考えてきているのはこの部分(=各々の企業にとっての知財活動の目的・位置づけを詰めて考えているか)です。
 この部分にフォーカスする理由の一つは、コメントでご指摘いただいたような「特許は重要!経営の武器になる!」という根拠の不明確な一般論がいまだに幅をきかせている事実がある、ということです。
 もう一つは、私自身が従来より「特許は参入障壁として用いる道具であり、その道具を効果的に使って価格決定力を強化するのが『経営に資する知財戦略』だ」といった原則論を主張してきたのですが、こうした原則論が適用できるケースはかなり限定されており、この原則論だけでは事実上説得力をもたない、ということです。

 こうした問題意識に対して、今の時点での個人的な整理は以下のとおりです。
 まず、知財活動の目的・位置づけについては、知的財産権が独占権であるといった法律論ではなく、実際に知財活動が経営に有効に機能している企業の事例、事実から積上げていく必要があります(でないと、リアルな経済社会で戦っている経営者には何の説得力ももちません)。
 そして、その積上げた事実から、知財活動の役割を整理することが必要です。その際には、知財権という成果物だけを静的に捉えるのではなく、知財活動という動的な活動の果たす役割から、もう一度知財活動のもつ意味を整理してみるべきと考えます。

 知財活動を動的に捉えなおしてみると、大きく2つの工程に分けることができます。
 一つは、特許を出願するにせよ、営業秘密を管理するにせよ、曖昧な状態にある知的財産を文章化等することによって明確に切り出すという第1の工程です(図の①)。
 もう一つは、切り出した知的財産に認められる法律的な効力を活かして、外部に何らかのはたらきかけを行うという第2の工程です(図の②)。

 知財活動がどのように役に立つかというと、特許権等の知的財産権の排他的効力を活かして、参入障壁としてはたらかせることで他者を市場から排除して自社のポジションを有利にする、と説明されることが多くなっています。もちろん、こうした典型的なパターンもあり得るのですが、これは第2の工程の活かし方の一部に過ぎません。
 では、知財活動には、他にどのような経営上の成果が期待できるのでしょうか。

 第1の工程で考えられるのは、(私の知っている事例から積上げた限りでは)次の3つの効果です。
(1) 知的財産の見える化
 対象を特定し、他の技術と対比する過程で、自社のもつ技術を客観的に把握できるということです。受注生産型→提案型への転換を進める際に、提案のベースとなる技術を客観的に把握するのに有益な場合があると考えられます。
(2) 知的財産の財産化
 企業内に生まれた知的財産がそのままの状態だ誰のものなのかが明らかではありませんが(∴人材とともに知的財産が流出するおそれがある)、企業の名義で特許を出願したり企業の営業秘密として管理することによって、企業の財産であることが明確になります。
(3) 創意工夫の促進・社内の活性化
 知的財産を明確化する過程で、それが誰の成果であるのかが明らかになり、創意工夫を促進し、ヤル気を引き出す仕組みとして活用することが考えられます。

 第2の工程で考えられるのは、(私の知っている事例から積上げた限りでは)次の4つ(第1の工程とあわせて計7つ)の効果です。
(4) 競合者間における競争力を強化する
 これが先ほど説明した参入障壁を効かせる典型的なケースです。
(5) 取引者間における主導権を確保する
 簡単には説明しにくいのですが、知的財産権の排他的効力を、競合者=横の力関係ではなく、取引者=縦の力関係に活かす、取引のコアになる技術等に関する権利を自社の側で抑えることによって、価格交渉等のイニシアチブを握ろうというケースが該当します。
(6) 自社の強みを外部に伝える
 自社の強みをPRするのに、当社だけの技術というより特許権者というほうが客観的な説得力がある、当社が元祖というのも商標権者であればより客観性がある、といった意味で、オリジナリティを客観的にPRするのに活かすことが可能です。
(7) 協力関係をつなぐ
 ここは中小企業の知的活動を考えるうえで結構ポイントになってくる部分で、書き出すと長くなってしまう(すでにかなり長くなっていますが)ので止めておきますが、そもそも中小企業は経営戦略として他社と連携しながらどういう位置取りをしていくかということが重要な要素となることが多く、‘他者を排除する’という方向はそれとは相反するものです。ライセンス、共同開発などの形で知的財産を協力関係に活かす、ということも忘れてはならない発想のように思います。

 とまぁ、こうやって書いていくと何か可能性が盛り沢山でバラ色のように見えたりするかもしれませんが、(1)~(7)のどれも当てはまらない、あるいは効果に比して費用がかかりすぎる、というケースも多々あろうかと思いますので、多くのケースをあげて「知財活動は必ず中小企業の役に立つ」と主張するものではありません。
「知財活動を実践すれば→経営の役に立つ」
ではなく、
(その企業にとって)経営の役に立つならば → 知財活動を実践すればよい
という順序で考える際に、知財活動のもつ可能性を潰してしまうことがないように、というのが、このまとめの狙っているところです。

※ 宣伝ですが、本日の話を中心にした書籍を8月頃に出版する予定で現在準備を進めています。(1)~(7)の意味を事例も交えながら説明しているので、詳しくはそちらで、ということで。