経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

マジックを求める心

2009-08-23 | 知財一般
 昨日送られてきた田坂広志氏の「風の便り」、ハッとさせられたので今日は自分の覚書の意味も含めて。
 
 「マジックを求める心」というタイトルで、英国のサッチャー元首相が来日時に、日本の記者からの「長く低迷する日本経済に、あなたが日本の首相ならどうされますか?」という質問に対し、次のように答えられたそうです。

「もし私が日本の首相ならば、
 打つべき手は、あります。
 しかし、そのことを申し上げるよりも、
 大切なことを申し上げましょう。

 政治に、マジックは無い。

 そのことを理解されるべきでしょう。」

 そして田坂氏は、人が困難な問題に直面した際の本当の戦いの相手は、困難な問題そのものではなく、「マジックを求める、安易な心」である、とコメントされています。

 企業が抱えている問題も、格好いい「知財戦略」でマジックのように解決するわけではありません。ところが、特に中小企業向けの知財支援の話なんかになると、あたかも知財重視といって特許出願なんかをすれば企業が良くなるかのような‘マジック系’の啓蒙を目にすることがあります。たまに雑誌なんかである「カネになる知財」系の特集なんかも、‘マジック系’の匂いを感じます。
 少し話は変わりますが、「ここがポイント・・・」で訪問させていただいた企業で感じたことですが、こうした企業には当然ながら‘マジック系’の匂いが全くしません。私が回らせていただいた企業で共通していたことは、まず‘会社の空気(雰囲気)が良い’ということです。受付や会議室までの間にすれ違う社員の皆さんが、笑顔の挨拶で私達の訪問を気持ちよく迎えてくださる。これはベンチャーファイナンスをやっていた頃にもよく考えていたことなのですが、こういう‘空気’からは財務諸表以上に重要なことが読み取れて(勿論財務諸表も重要なんですが)、そういう会社はまず大丈夫なものです。なぜならば、会社が深刻な問題を抱えていたら、普通はそれを一番よく感知するのは社員の皆さんであり、そういう場合に社内には良い‘空気’が生まれてくるはずがありません。で、何が言いたいかというと、こうした企業は決してマジックのように‘知財戦略’が会社を良くしたわけではない、ということです。社長をはじめ皆さんの日々の仕事の積重ねがそういう状態を作り出しているわけであり、そういうベースがあるという前提で、知財活動もその中の一部として密接に機能している(苦労して開発した製品をしっかり保護している、開発部門のモチベーションになっているetc.)からこそ、意味のある活動になっているということなのではないでしょうか。
 考えてみれば、弁理士の新規業務だなんだって話も、それが「マジックを求める心」からくるものであれば、そこから何かをしようというのはたぶん難しいのでしょう。形がどうかということは問題ではなく、自分達のスキルで顧客の抱える問題をどのように解決していけるか、そこに正面から向き合って努力と工夫を積重ねていくことが全てではないか、と思います。

複雑系マネジメントの実施例

2009-08-17 | その他
 お盆モードということで知財とは関係ない話ですが、前回書いた複雑系マネジメント、こんなところにも登場しました。
 昨年のどん底状態、いかにも層の薄い戦力を考えると今年は大健闘のシアトル・マリナーズですが、今年から指揮をとるドン・ワカマツ監督が、インタビューでこんな意味のことを仰っていました。

「結果は問題ではない。大事にしているのは日々の積み重ねだ。個々の選手に『チームに貢献する』意味を理解させること、その意識を積み重ねればチームはよい方向に向かうはずだ。」

 多民族のメジャーリーグのチーム、特に主力が米国人のほか、ラテン系(ラテン系1ラテン系2ラテン系3)、日本人、さらにオーストラリア人まで混在したマリナーズは‘複雑系’そのものですが、操作主義で扱うのではなく、個々の行動規範を高めることに重点を置く。経済もリンゴも、メジャーリーガーも、どうも同じところに解決のヒントがあるようです(どれもそんな簡単に解決はしませんが・・・特にこの週末はNYYにいいようにやられてしまったマリナーズは・・・)。
 「奇跡のリンゴ」には、木村さんの「人間がリンゴを操れないというのは、頭ではわかっているようでも本当の意味がわかるまでに何年もかかった」というくだりがありましたが、この行動規範に当たる部分が、頭ではわかっていても体に染み込んで行動に影響を及ぼすまでに至るのは簡単ではない、実質的な壁はそこいらへんにあるんだと思います。知財でいえば、「経営に資する知財」って頭ではわかっても、それを具体的な行動に結び付けられるかどうかが問題というか。結局「知財」の話になってしまいましたが。

複雑系から考える知財

2009-08-13 | 知財発想法
 先週、田坂広志先生の「目に見えない資本主義」刊行記念講演会を聞いてきました。よくある普通の経済論・資本主義論とは一線を画した広い視点から、大変興味深い、腑に落ちる話を聞くことができましたが、そのキーメッセージが先日書いた「奇跡のリンゴ」と共通していることにちょっと驚きました。

 現代の経済は、情報革命、規制緩和、グローバル化によって複雑系と化している。工学的に制御できる機械的システムに対して、複雑系は意図的に操作できない生命的システムであるが、人類は経済を機械的システムとして工学的に操作しようとしてしまった。しかしながら、経済は複雑化を増した生命的システムであり、これに適合しない操作的手法が今の経済危機を巻き起こしてしまった。今求められていることは、この‘操作主義’の呪縛から逃れることだ、ということだそうです。「奇跡のリンゴ」は、生命体であるリンゴの木を‘操作主義’で扱おうとしたことが誤りであり、複雑な生態系を生かしていくことが答えだった、というのが主題なので、ほとんど同じ話です。
 考えてみれば、知財を巡る環境もどんどん複雑化しています。制度は複雑化し、特許権の数は増加して‘特許の藪’と化し、特許戦略は標準化戦略と絡み合い、オープンソースの支持者が反特許を主張し、流通・消費者のパワーが増して正当な権利行使が予期せぬ反発を招き、決定要因としてブランドの比重が増し、知的資産という概念が登場し、・・・複雑化の誘因は事欠きません。特許をとって事業を独占、という単純な構図であれば、それは機械的システムとして工学的手法(クレームの質を上げるとか、複数の特許で守るとか)で対応できるけど、多様な要因が絡み合って複雑系と化した事業は生命的システムであり、そもそも‘操作主義’では扱えない。そこのところが、いろいろ頑張っているのに成果が見えんのよー、という知財人の深い悩みの原因なのかもしれません。

 では、どうしたらいいのか。田坂先生によると、全体を意図的に管理できない一方で、「個々の要素の挙動が全体を支配する」ことが複雑系の重要な特徴の1つだそうです。要するに、全体の動きを制御できない場合であっても、個々の行動規範がしっかりしていれば、結果として全体もよい方向に向かう。。複雑系を少しでもよい方向に持っていくには、そうした自己規律を高めていくしかない、ということだそうです。だから、経済で言えば、市場原理を超えた企業倫理が重要になるということ。リンゴに置き換えると、生態系を形成する虫や雑草も元気であることが、結局はリンゴを強くすることにも結び付くと言えそうです。
 そうすると知財はどうか。個々の要素の行動規範と自己規律、知財活動での個々の要素といえば、知財に関わる個々人と、保有する個々の知財(権利)。これらの行動規範と自己規律を高めるってことは、何だかまだよくまとまっていないのですが、
①知財活動の目的や価値判断を知財に関わる個々人がしっかりと持つ
とか、
②個々の知財+知財権をそれぞれしっかりした意図をもって作っていく
とか。そんな感じでしょうか。‘操作主義’的な格好いい知財戦略に比べると、なんだか泥臭い現場の知財業務に戻ってくる感じですが、個々人の意識や個々の権利への意図という部分では進化しているのかもしれない。これも田坂先生によると、物事は螺旋階段を登るように進化し、進化の過程では懐かしいものが復活してくる、これは弁証法の重要な法則の一つだそうです。

注①)例えば、知財戦略コンサルティングシンポジウムや「ここがポイント!知財戦略コンサルティング」のはじめになどで提示させていただた、「知財のための知財活動」ではなく「経営課題に対する成果」を意識する、といった原則の共有を徹底する、といったイメージです。
注②)ある友人が「私の書く明細書に無駄な部分は1つもない」と語っていましたが、そういった姿勢が意図のある知財権を作っていくと思います。

目に見えない資本主義
田坂 広志(たさか ひろし)
東洋経済新報社

このアイテムの詳細を見る

知財戦略関連の書籍2冊

2009-08-03 | お知らせ
 以前にこのブログでも紹介させていただいた「ここがポイント!知財戦略コンサルティング~中小企業経営に役立つ10の視点~」が、発明協会から書籍として発売されました特許庁のホームページからダウンロードすることも可能ですが、書籍版はハンディで読み易くまとまっています。委員の間では、元々「中小企業の知財戦略を支援する方が手元に置いて繰り返し参照できるような読み物」というコンセプトでまとめたいと話していましたので、そのようにお使いいただける書籍に仕上がっているのではないかと思います。尚、この本は、経営者へのインタビューから「経営者の視座でみた知財」を理解していただくことを主目的に作成したもので、こういう手順で知財コンサルを進めましょうといった手引書ではありません。そういう意味では、知財活動のあり方に悩んていたり、これから知財活動に取り組もうとされている中小企業経営者の方にも参考にしていただけるのではないかと思います。

 同じく発明協会から、韓国の呉秉錫弁理士の著作である「特許価値戦略」という本が近日中に発売されます。こちらには推薦の辞を寄稿させていただいたのですが、
・特許の(法律上ではなく)事実上の効果と正面から向き合っている。
・マクロ(事業戦略)とミクロ(特許実務)の両面から精緻な理論が展開されている。
という点で、骨のある優れた著作ですので、このテーマに興味のある方には、是非ご一読をお薦めします。

ココがポイント!知財戦略コンサルティング―中小企業経営に役立つ10の視点

発明協会

このアイテムの詳細を見る

知的資産で何をするか?

2009-08-02 | 企業経営と知的財産
 先日の日本IT特許組合のセミナーでお話をさせていただいた、知的資産と知的財産の関係についての整理を少々(っていいながら結構長くなりそうですが)。

 「人材、企業文化こそが当社の知的資産である」とあれこれ議論するのはいいけれど、「で、どうするの?」というところがどうにもよく見えないところが、‘知的資産’の話を聞いてもなかなか腑に落ちてこない部分でした。‘知的財産’であれば、権利の取得、行使、ライセンスなど具体的なアクションが明確ですが、次のアクションに結び付かないのであれば議論のための議論でしかありません。‘見える化’だけでは曖昧すぎますし。
 この点について、今は次のように理解しています。

 知的資産にせよ、その一部である知的財産にせよ、それが何に働くかといえば、自社の市場における競争力の源となるものであり、市場での勝敗を左右する「決定要因」に対して、自社が顧客から選択されるための「差別化要素」となるものです。その「差別化要素」が「決定要因」にジャストフィットすれば競争優位の状態が生じるので、企業としてはその競争優位の状態を継続的に維持していきたい。
 その「差別化要素」を分解して考えてみると(図1)、その中には技術的な要素と非技術的な要素があります。そして、それぞれ法的な保護を受けられるものと受けられないものがある。このうち、法的保護を受けられるものをマネージメントするのが‘知的財産’の領域であり、それ以外がその他の‘知的資産’の領域という区分けになります。
 このように、‘知的財産’もその他の‘知的資産’も、市場の決定要因に対する差別化要素として競争力強化に資するもの、という点で共通するけれども、競争力強化のために何をすればよいかという方法が異なってきます。
 ‘知的財産’については、知的財産権により保護することによって他社を制御する、つまり外的に働くのが基本(図2)。排他的に働かせるケースは勿論のこと、ライセンスする場合も有償であれば他社に+αのコストを負荷することになります。その他に、クロスライセンスやパテントプールで外からの技術の取込みのために働くこともありますが、これも外部に対する制御機能があるからこそできることであって、次に説明するその他の‘知的資産’とは働き方が異なるものであると思います。
 一方、その他の‘知的資産’は法的保護に馴染むものではないので、これをマネージメントしても外的に働かせることはできない。で、これを用いてどうやって競争優位を作り出すかというと、その強みを最大限発揮できるようにする、すなわち社内でその活用機会を拡大するといった内的な働きが基本になってくると考えられます(図3)。例えば、企業文化を浸透させるために研修をするとか、有能な営業マンに若手社員を付き添わせて営業力を強化するとか。実績の出ている部署のマネージメント手法を他の部署にも導入するとか。つまり、他社の動きを抑えるのではなく、自社の強みをさらに強化することによって競争優位を形成していくことになります。こういう活動は‘知的資産’なんて言われなくても、多くの企業が既に当たりまえのようにやっていることだとは思いますが、各所でバラバラに取り組むよりも、何が市場の決定要因で、それに対して何が自社の差別化要素になり、その差別化要素を社内に広めていくためにはどういう活動をしていけばよいかということを明確に整理し、より効率的にやっていきましょう、というのが‘知的資産’マネージメントの本質であると思います。
 そもそも人間が動かしている企業の本質的な強みは、‘知的資産’によって作られていく部分が大きいと思いますが、その競争力を強化するためには、‘知的資産’を地道に横展開させる地上戦だけでなく、他社を制御し得る‘知的財産(権)’という飛び道具を使うこともできるわけです。‘知的財産(権)’がそうやって働くものである(地上戦と相俟って競争力を強化するものである)ことを意識すれば、知的財産(権)だけの勝ち負けに囚われるのではなく、いろいろ柔軟な知財戦略のあり方が構想できるのではないでしょうか。