経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

開発成果を財産化することの意味

2011-08-16 | 7つの知財力
 「グーグル、モトローラ・モビリティを125億ドルで買収」のニュースですが、ラリー・ペイジCEOがその狙いについて「特許」と明言していることから、IT業界のみでなく知財業界でも大きな話題となっています。スマートフォン市場に与えるインパクトについてはその道のプロの分析にお任せするとして、1年半ほど前に知財協で‘ネットデジタル’をテーマにした研修を担当させていただいた際に、グーグルの米国特許取得件数、売上高、株価が2005-2009年にどのように変化したかを比較してみたことがあります。特許取得件数は2009年時点でも急増中、急増していた売上高は2008-2009年になだらかなカーブとなり、株価は2007年末頃がピークになっています。つまり、
 株価 → 売上高 → 特許取得件数
の順に上昇カーブを描いていった、という傾向が読み取れます。よく言われる特許の「創造→保護→活用」というサイクルから考えると、
 特許取得件数 → 売上高 → 株価 (将来への仕込みが業績に反映され投資家がそれを評価する)
あるいは、
 特許取得件数 → 株価 → 売上高 (将来への仕込みに気付いて株価が反応しやがて業績に表れる)
となりそうなものですが、特許が後追いとなっている、というのが実情です。ソフトウェアやネット系の企業は他にもこうした傾向が見られ、特にグーグルの場合は、今特許紛争がホットなスマートフォン周りに事業展開していることもありますが、ソフトウェア、ネットビジネスについても規模が拡大するほど特許問題も無視できないものになってくる、ということは言えるでしょう。これをして、「早い段階から特許対策を考慮しておかないと高くついてしまう」とみるか、「特許云々より顧客の囲い込みが先で資金力をつければ特許問題は後からでも何とかなる」とみるかは、ビジネスパーソンとしての軸足がどこにあるかによって違ってくるのでしょうか。
 ところで、このニュースを見て思い出したのが、「インビジブル・エッジ」に紹介されていた米国シーベルの事例です。同社はCRM市場での競争力が低下して撤退を意識するようになった後に、なんと大量の特許を出​願し始めたそうです(同書196~197p.)。日本企業であれば、競争力低下→コスト削減という図式になるのが普通ですが。その結果、シーベルは市場に取り残された退出すべ​き企業ということではなく潜在的価値をアピール​することに成功し、オラクルにより60億ドル近い値段で​買収されるに至ったとのこと。今回のニュースで買収される側のモトローラ・モバイルについて考えたときに、この話を思い出しました。ビジネスそのものの成否は様々な要因に左右されるけども、開発成果を財産化することを怠らなければ何らかのストックは蓄積されていく。勿論、そのストックが将来性のある分野のものでなければ価値は生じないけれども、いくら開発に力を入れてもその成果が財産化されていないとそういう道も閉ざされてしまうわけです。
 「経営に効く7つの知財力」に整理した7つの分類で考えると、買収する側にとっては、第4の知財力=競合者間の競争力を強化する、というところに狙いがある一方で、買収される側から見ると、第2の知財力=無形資産を‘財産化’する、ことが今回のディールにつながったということで、知的財産のもつ意味を改めて考えさせられるニュースでした。

※ マイクロソフト等についても同じ形式のグラフを日本IT特許組合のFacebookページで公開しています。

インビジブル・エッジ
クリエーター情報なし
文藝春秋

X社からの相談事例~解説編

2011-08-09 | 企業経営と知的財産
 では、昨日のケースについて、どういう意図で作成したかの解説を。
 まず、「経営(事業)の課題」ではなく、「知財の課題」に直接答えてしまうパターンから。2つのアイデアの技術内容をより詳しくヒアリングする、技術資料の提出を求める、まずは先行技術調査から始める、といった回答です。勿論、知財に関する相談窓口なので、こうした相談者のリクエストに対する誠実な対応を、直ちに間違いであると指摘しようというものではありませんし、現実の世界にこうでなければならないという正解があるわけではありません。あくまである視点を提示しようとするケースの作成者の立場からということですが、ここでは特許出願ができるかという相談にストレートに応える前に、これらのアイデアを特許出願することがX社にとってどのような意味があるのかを問うてみるべきでは、というのが第1のポイントになります。
 第1のポイントについては、「特許をとって社長はどうしたいんですか、というところから質問します」というご回答も結構多かったのですが、では1つ目のアイデアと2つ目のアイデアを同列に見てよいのか。そうした切り口から、2つ目のアイデアはいかにもX社の事業と関連性がなさそうなので、十分に練られたアイデアである可能性は低そう、特許を取得したとしても活かす方法がなさそう、よってX社の事業に関連する1つ目のアイデアを中心にヒアリングを進める、といったご意見もありました。
 ここで第2のポイントですが、1つ目のアイデアはX社の事業に関連するということで、そのまま出願する方向で話を進めてしまってよいのでしょうか。実はここに落とし穴を用意してあって、金属加工で食べているX社が、同社の得意とする特殊な金属加工を可能にする装置について特許出願をした場合、本業である金属加工の仕事にどのような影響が生じ得るでしょうか。装置が普及することによって、金属加工の仕事がなくなってしまうことはないでしょうか。その前提で、装置メーカーに業態を転換する覚悟はあるのでしょうか。特許が取れなかった場合、加工のノウハウが競合に流出してしまっただけ、という事態を生じさせてしまうことはないでしょうか。特許を出願した後にどのような状況が生じ得るのか、自社の経営(事業)に対する影響をよく検討することが必要でしょう、というのがこのケースで想定した第2のポイントです。「経営から考える」「事業に活かす」とかいうとちょっと身構えてしまいますが、何も事業計画書を作りましょうとか、SWOT分析をやりましょうとかいった大袈裟な話ではなく、特許出願に関する詳細を詰める前に、事業に与える影響を想像してみることに意味があるのでは、ということです。「知的財産経営の定着に向けて」で紹介させていただいた㈱アカネの砂本社長へのインタビューでは、「特許以外の要素をよく見極めて出願の判断をすべき」、言い換えれば、事業化までの道程がイメージできないような特許を出願しても休眠特許になってしまう可能性が高い、といったお話がありました。砂本社長は20年近くのご経験からそのように考えるようになったとのお話でしたが、この「特許以外の要素も含めて事業化のイメージができるか」という問いかけこそが、事業に活かすという切り口から相談窓口に求められていることではないかと思います。

X社からの相談事例~問題編

2011-08-08 | 企業経営と知的財産
 6月から続いていた知財総合支援窓口の研修が先週で終了しましたが、知財の相談窓口で「経営」や「事業」を意識するとはどのようなことなのか。初めにこのような仮想ケースをお示して、参加者の皆様に考えていただきました。
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 自動車メーカーの二次下請である金属加工メーカー・X社から、以下の相談がありました。
 社長からの指示で、X社の総務担当者が窓口に来訪しました。
 X社の社長が2つのアイデアを思いつき、特許をとれないものかと考えているとのことです。
 1つ目は、X社が得意とする特殊な金属加工を可能にする装置に関するアイデアです。
 2つ目は、社長が携帯電話を操作しているときに思いついた携帯電話を使った個人認証方法に関するアイデアです。
 X社ではこれまでに特許を出願した経験がないので、特許の出願方法を教えて欲しい、という相談です。
 この相談に対して、どのような対応が考えられるでしょうか。
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 どのように解説したかは後日ということで。