経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

「事業の見極めに知財の視点を活かす」の仮想事例~解説編

2008-04-29 | お知らせ
 前回の仮想事例について、「よくわかる知的財産権担保融資」の解説は以下のとおりです。

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 このような説明を受けた場合に考慮しなければならないのは、この新規事業の参入障壁がどのような状態にあるかということです。ユーザニーズに合った優れた商品であり、急速な売上の伸びが期待できるものであるならば、A社のみでなく他社も参入をしようとしてくるはずです。この点について、A社はどのように考えているのでしょうか。
 仮にこの新製品の市場規模が5億円前後であり、A社が市場をほぼ独占する計画となっているのであれば、A社が独占的に新製品を販売できる理由を検討しなければいけません。販売ルートを独占的に確保しているのか、あるいは競合が登場し得ないようなニッチな市場なのか。そのような状況にない場合であれば、他社が模倣できないようなノウハウがあるのか。模倣の可能性があるのであれば、技術的なポイントが特許権で保護されていて独占可能な状態となっているかということが、事業計画の実現性を判断する上で重要なポイントになってくるでしょう。もしこうした裏付けがないようであれば、競合の存在を前提にして、A社の作成した事業計画を評価し直さなければいけません。
 また、A社は「売上高の増加に伴う量産効果によって原価率が低下する」という説明をしていますが、これは実現可能なシナリオなのでしょうか。たしかに、売上高が計画通りに増加すれば、量産効果によって原価が下がることが期待できますが、販売単価のほうは変化しないという前提で考えてよいかが問題です。新しい市場に注目した他社が類似製品を発売し、競合他社との間でシェア争いが激しくなると、通常であれば価格競争が起こります。販売単価が変化しない計画となっているからには、価格競争が生じないと想定している理由を確認しておくべきでしょう。その一つとして、知的財産権によって参入障壁が設けられており、他社と競合する状況が生じにくいといった理由があるのならば、事業計画を評価する際にはプラス要因として評価することができます。

 この例で見たように、技術力を活かした独自性の高い製品やサービスによって事業展開を進める企業への融資を検討する際には、技術開発の成果が適切に保護されているかを確認することが重要なポイントになります。
 ある新製品を開発・販売する事業計画を評価する場合、その製品が市場ニーズに合致するものであるならば、計画に沿って販売が進む可能性があると考えることができるでしょう。しかしながら、その新製品に採用している新しい技術に対して何ら保護が施されていないとすると、やがて競合製品の登場を許してしまうことが予想されます。競合製品が登場すると、シェア争いや価格競争が激しくなることは避け難く、当初の計画より売上高や利益率の低下を招きやすくなるものと考えられます。逆に、その技術を対象に特許権を取得したり、営業秘密として外部への漏洩を防止したりすることによって、競合他社に対する参入障壁が有効に機能しているならば、シェアや販売価格の低下をできるだけ抑制することによって、計画に沿った売上や利益を実現できる可能性が高まるといえるでしょう。
 (中略)
 以上に説明したように、特に独自性の高い製品やサービスを対象にした事業計画を評価する場合には、単にその製品やサービスが市場ニーズに合致して売れそうなものであるかということだけでなく、その製品やサービスが売れる根拠となる要因に対して、知的財産権などの参入障壁が機能しているかという視点からの分析が、非常に重要になると考えられます。 参入障壁は知的財産権に限られるものではありませんが、知的財産権が有効に機能するかどうかによって、事業計画の実現性も影響を受けるものであることを意識しておきたいところです。

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よくわかる知的財産権担保融資
土生 哲也
金融財政事情研究会

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「事業の見極めに知財の視点を活かす」の仮想事例

2008-04-27 | お知らせ
 先般発売された「よくわかる知的財産権担保融資」の宣伝です。
 いかにもマニアックでピンポイントのニーズに対応した本、というタイトルですが、「事業の見極めに知財の視点を活かす」という帯のキャッチフレーズにあるように、担保設定のテクニカルな解説は半分程度で、残りの半分は知財の基礎知識と企業を審査するときの知財の見方に関する解説に割きました。一例として、以下のような仮想事例をとりあげています。

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 新製品を開発・販売する新規事業を計画しているA社から、事業資金について融資の申し込みを受けたとします。そのA社から、次のような新製品に関する事業計画(添付画像参照)の提出を受けました。この事業計画について、A社の説明は次のとおりです。
 ・ 独自の技術により開発した新製品で、これまでにない優れた機能を備えているものなので、売上高は急速に増加するだろう。但し、3年目以降は堅めに見積もって、売上高は横這いとなる計画にしている。
 ・ 量産効果によって原価率が低下するので、売上総利益率は3年目まで上昇していく計画となっている。
 ・ 普及が進んだ後は広告宣伝費や営業スタッフを抑えることによって、3年目以降も営業利益は増加する見込みである。

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 さて、知財の視点からどのようなポイントをチェックするか。解説は後日。

よくわかる知的財産権担保融資
土生 哲也
金融財政事情研究会

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ヤクルトレディ型・出願戦略

2008-04-24 | 新聞・雑誌記事を読む
 日経ビジネスの最新号は、とても‘知的資産’っぽい話題がたっぷりです(‘知的資産’をテーマにした記事というわけではありませんが)。資生堂の販売員の化粧品の見せ方(手のひらに乗せてもう片方の手を添える)とか、阪急百貨店のお辞儀の角度とか。
 その1つに、ヤクルトレディがベトナムに進出しているという話が紹介されています。乳酸菌というのはスーパーで1回買ったところで効果が出ないので、その効能を伝えながら継続的に販売するヤクルトレディ方式が、一見非効率なようで一番効率のよい販売システムであるとのことです。ヤクルト社内ではこれを「営業活動」といわずに「普及活動」と言っているらしい。
 う~ん、この話は何かに似ている。特許は突発的に1件出したところで効果は出ない。習慣化してこそ意味のあるヤクルトと同じように、一見非効率なようで最も効率のよい戦略的出願方式というのは、‘パテントレディ(ジェントルマンでもよいが)’が日々研究開発や事業企画の現場を回りながら、正しい効能を伝えて習慣を作っていくことなのでしょう。

ソフトウエアの減損処理 ・その2

2008-04-22 | 新聞・雑誌記事を読む
 ニイウス・コーのときほどの大きな影響はなさそうですが、CSKHDが新システムの減損処理(約131億円)で大幅減益となるそうです。直近のバランスシートを見てみると、無形固定資産・その他が過去1年で80億円ほど増加していますから、このあたりがバッサリなくなるということになるのでしょう。「オンバランスの知的資産が突然消失してしまった」ということですが、2月の四半期決算の発表時には純利益が135億円でしたから、これがほぼゼロということで投資家は大ショックだと思います。
 これが会計上のルールで、有形資産の在庫だって減損処理することはあるということなのでしょうが、費用処理される研究開発との境目が実際はかなり曖昧ではないかと思われること、どの程度のものが開発されているのか外からは検証のしようがないことなどから、先行投資的な開発費がオンバランスとなっていることには違和感があります。「見えない資産の価値」云々を論じると一見格好よく見えるかもしれませんが、こうした実態を踏まえて考えないとリアリティがありません。

目的を達成できる特許

2008-04-20 | 書籍を読む
 「もう読んだよ」って声が聞こえてきそうですが、丸島先生の「知財、この人にきく」は読んでおいたほうがよいと思います。お薦めの理由は、第1に、ストーリーに一本筋がビシッと通っている。第2に、難解で何やらよくわからない知財経営本が多い中で、とにかくわかりやすく読みやすい。第3に、実体験に基づくお話なので、現場で苦労してる知財人には真のヒントになる考え方が散りばめられている。やはり一味違います。
 要するに、シンプルに「事業を強くするため」という目的意識をしっかりもって知財の仕事に取り組む、というところがポイントですが、本書で特に参考になった考え方の一つに、「質のいい特許というのは『目的を達成できる特許』だ」という部分があります。「事業を強くする」という意識で知財業務に取り組んでいると、この意味がよく理解できることと思います。

知財、この人にきく (Vol.1)
丸島 儀一
発明協会

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技術評価・知財の価値評価ができればハイテクベンチャーにお金を出せるのか?

2008-04-17 | 知的財産と金融
 日本で研究開発型のベンチャーが育ちにくかったり、優れた技術力のありながらも伸び悩む中小企業が多い背景を、
 「研究開発費等の資金を十分に調達できないからだ。」
 ⇒ 「VCや銀行などの金融機関が技術を評価できないからだ!」
と分析し、
 ⇒ 「VCや銀行に技術評価情報を提供して資金供給を促すことが必要だ!」
といった説が唱えられていることがあります。本当でしょうか。

 私の過去の経験に照らして考えると、おそらくこの仮説は正しくはありません。金融機関は「技術」に投資や融資をするのではなく、お金を出す対象は「会社」です。よって、必要になるのは技術評価そのものの情報ではなく、その技術がどのようにキャッシュを生んでいくかを判断するための情報です。具体的には、その技術が市場のトレンドやニーズに合致しているか、市場の中でどういうポジションで活かされ得るのか、といった市場の中での位置づけに関する情報であり、技術そのものを理解したり、技術レベルが高いか、革新的か、といった情報を求めているわけではありません。それ故に、投融資の判断で悩んでいたときに、大学や研究機関で聞く話より、業界誌の記者のように業界動向に詳しい人から聞く話が大きなヒントになったというようなことがよくありました。
 ましてや、保有する「知的財産権の価値評価」が、意思決定の決め手になるというようなことはまずありません。繰り返しになりますが、お金を出す対象は「会社」であって、「知的財産権」ではないからです。「知的財産権」をベースに「会社」が構成されているのではなく、「会社」の事業計画(そこから生じるキャ主フロー)を支える一要素として「知的財産権」が存在しているわけなので、「知的財産権の価値評価」から「会社」を評価するという考え方は主客が転倒しています。知的財産権に関して必要な情報というのは、「会社」の事業計画の前提条件やリスク要因を検証するために、「知的財産権」が事業計画にどのように影響しているかという定性情報ということになるはずです。となると、知的財産権の価値は事業の価値の中に織り込まれているはずだから、見えない資産の価値とかいって企業価値に加算するのはダブルカウントになってしまうと思います。

8800億円の相場感

2008-04-14 | 新聞・雑誌記事を読む
 先週11日に、武田薬品工業が米バイオベンチャーの買収に約8800億円を投じるという記事が新聞各紙を賑わせていました。8800億円といってもなかなかピンときませんが、時価総額8000~9000億円の日本企業をスクリーニングしてみると、こんな感じです。
 東レ,NEC,コニカミノルタ,TDK,いすゞ,オリンパス,ANA etc.
 錚々たるビックネームが並びますね、、、
 8800億円は53%のプレミアムを乗せての価格ということなので単純に比較することはできませんが、相当大掛かりなディールであることは十分に理解できると思います。純利益が15億円強のベンチャー(日本だとこれだけ利益が出れば‘ベンチャー’とは言わないかもしれませんが・・・)とのことなので、8800億円というのはかなり先までの成長を既に織り込んでおり、その価値には特許による参入障壁が効いていることも当然の前提になっているものと思います。
 このスケールに比べると、特許訴訟による損害賠償額など微々たるものに見えてきますが、知財を経営問題として捉えようとする際には、知的財産権が前面に出てくるような事件の詳細をあれこれ考えることよりも、こうした大きなディールにおける知的財産権の影響を考えることほうが意義深いものと思います。

なだ万のカップみそ汁

2008-04-10 | 新聞・雑誌記事を読む
 日経ビジネス最新号の特集記事「地力を信じろ~人材・技術・・・宝は社内にあり」には、いろろなヒントが盛り沢山です。
 島津製作所の記事では、「顧客の声を聞け」といった抽象的な号令ではダメで、これを「得意先から『見えないで困っているもの』を聞いてくるように」と具体的に指示するようになってから成果があがるようになったとのこと。中小・ベンチャーの知財支援でも、「知的財産」云々を抽象的に語るよりも、「ライバル企業との競争で困っていること」を聞くことから始めてみるとよいのではないかと思います。
 「変われ、しかし揺らぐな」のなだ万の記事も面白いですね。「なだ万は、老舗料亭という建物や名声を管理するために料理人を雇い、店を構えているのではない。日本料理を提供することを業とする集団だ。」という考えに基づいて、料亭にとらわれない事業形態(弁当・惣菜店やカップみそ汁まで)を展開しているとのことです。周囲が考える軸(老舗料亭という建物や名声)に惑わされず、その会社の本来の競争の軸(日本料理を提供すること)を見定めよ、と。特許事務所としてとか、弁理士の仕事が、とかいう軸に惑わされず、「知財業務を通じて事業に貢献する」という本来の軸を見定め、どういう仕事の仕方をするかは柔軟に考えていくべきというところでしょうか。

プロフェッショナルの戦略

2008-04-09 | 書籍を読む
 プロフェッショナルサービスファームの組織のあり方を説いた「スター主義経営」を読みました。翻訳なので少々読みにくいということもありましたが、抽象的な考え方などが繰り返されていて‘そうか、こうすればよいのか!’というような具体的な解決策がイマイチ見えてきません。ただ、最終章のプロフェッショナル個人の戦略を読んでいて(自分の問題意識がそちらにあるということもありますが)、この本で言わんとすることについて何となく自分なりの解釈が見えてきました。要するに、多様な価値観を統合して高度なソリューションを提供し続けるのに「こうすればよい」というマニュアル的な解などあるはずがなく、「調和を心がけながら、動的に変化し続ける」しかない、ということではないかと思います。それを実現する構成員個人レベルでも、「調和」と「動的な変化」が必要なのです。「こうすべき」と先に形に嵌めてしまうよりも、この原則を常に意識しながら個別の問題に対処していくことが、複雑な状況の中で進化していくのに適した戦略ということなのかもしれません。



スター主義経営―プロフェッショナルサービス・ファームの戦略・組織・文化
ジェイ W.ロッシュ,トーマス J.ティアニー
東洋経済新報社

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専門家&エリートの罠

2008-04-08 | 新聞・雑誌記事を読む
 以前の勤務先から送付されてきた機関誌・DBJournalに掲載されている幸田真音氏のコラムがかなり面白いです。米国のパウエル前国務長官の「リーダーシップ論」からの引用とのことですが、特にこの一節。

「専門家やエリートに尻込みするな。専門家は判断力よりデータを多く持っているだけで、エリートは極度に純粋だから、現実世界でちょっと傷ついた途端出血多量になる」
 つまり、企業経営についていえば、
「中小企業や新興企業には分析の専門家など不要だ。高慢なエリートに出すお金もない象牙の塔から出される方針は、現場の前線で戦い収益を上げている人たちに悪い影響を与えることがよくある。真のリーダーは常に警戒しこれと闘う必要がある。」
とのことです。
 う~ん、凄くよくわかります。中小・ベンチャー向けのコンサルなんかがなかなかうまくワークしない理由は、たぶんこのあたりにあると思います。「現場の前線への悪影響」の件については、大企業で起こりがちな話です。

 このコラムではもう一つ、「可能性40~70の公式」というのが、実用性のあるツールとして使えそうです。特に、侵害調査なんかの場面では。「たかが特許、されと特許」も「特許への期待40~70の公式」と言い換えられるかもしれません。