経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

ちょっと暗めの話

2006-11-30 | 知財業界
 ここのところ、三極(日米欧)特許庁の出願様式の統一から特許の相互承認まで、何かと気になる報道が目につくようになってきています。産業としての特許業界は各国別に出願手続が行われるという需要を前提に成り立っているので、これが覆ると相当大変なことになりそうです。財産権の境界線を決めるということは国家主権にかかわるような問題なのでそう簡単にはいかない、という説は理に適っているようにも感じますが、激変期の金融業界に身を置いた経験からすると、変革期には予期せぬことが起こり得るものなので、社会の仕組みの将来像を予測し、ある予測を前提に行動することはリスクが高いように思います。銀行のように公的資金で救われるようなことはあり得ないでしょうから、何かがあってもおかしくないと考えて準備しておくにこしたことはないのだろうと思います。
 需要がある制度や規制を前提に創出されるものである以上は、その制度や規制の変化によって総需要も当然に変化するものです。変化にどのように準備しておけばよいかというのはなかなか難しい問題ですが、制度や規制を使いこなすだけでなく、それを使うことによって実現しようとしている企業の目的にまでできるだけ考察を加え、企業活動の一翼を担い得る本質的な資質を養っておく、そういうことを意識して仕事に取り組むことも一つの方法なのではないでしょうか(あまり具体性のない抽象的な結論になってしまいましたが)。

 

特許出願とは「投資」なのか?

2006-11-29 | 企業経営と知的財産
 技術分野によっても異なりますが、特許出願を行って特許権を取得するまでには100万円前後の費用を要することが一般的です。外国出願なども含めて、これが嵩んでくると結構な金額になり、その成果は中長期的に表れるものなので、特許出願も一種の「投資」であると説明されることがあります。そこで、投資理論をきちんと適用して考えると、IRRを計算して投資判断(出願の判断)をすべきだ、といった議論にまでなることがあるかもしれません。
 しかしながら、売却したり安定したライセンス収入が発生したりといった例外的なケースを除くと、通常は特許権それ自体が直接的に収益を生むものではないため、これを投資として考えるにはかなり無理があるように思います。これまでも何度か記事に書きましたが(「費用対効果とは何ぞや」、「粗利率」etc.)、特許権が効果的に機能した場合には、価格競争が緩和され、特許権がなかった場合に比べて事業の利益水準が向上するという形でその効果が表れてくるはずです。また、利益水準の押上げ効果は1件の特許あたりいくらと配分できるものではなく、特許群全体として、さらには他の諸々の要素も絡み合って生じるものです。従って、ここだけを見て投資利回りがいくらという性格のものではなく、特許出願も含めた製品開発プロジェクト全体の投資利回りがいくらで、その利回りを実現するために必要な特許コストはなんぼ、と考えるべきものなのではないでしょうか。

 特許権などの知的財産権の役割を、私はよくお城の濠や石垣みたいなものだ、と説明しています。最も重要なものは天守閣(知的財産)であって、天守閣への外敵の侵入を防いでその価値を守るために必要なものが濠や石垣(知的財産権)である、ということです。濠や石垣(知的財産権)は、それ単独で何か意味を持つものではなく、その組合せ(特許ポートフォリオetc.)ではじめて防御手段となり得るものです。
 この例で考えると、石垣の石を購入する際に「IRRは?」と問うべきものではなく、城全体の投資利回りで考えて前提として石垣に必要なコストがいくらと織り込むか、或いは、せいぜい改修工事を行う際の工事全体で投資利回りがいくらかを考えるべき性格のものなのではないでしょうか。

IPセラピー

2006-11-28 | 企業経営と知的財産
 ベンチャーキャピタルで投資業務をやっていた頃、「どうやって社長室に入り込むか」ということが仕事上の重要な課題になっていました。社長に少しずつ信頼していただけるようになると、何てことはない四方山話のために時間をとっていただけるようになったりもします。そのときに思ったことは、社長業とはたいへんなストレスのかかる仕事なので、あまり具体的な業務に関する話しではないにしても、社外にいて直接的な利害関係の薄い人間と「こんな感じでいいよね」と確認する時間というのは、忙しい社長にもそれなりに意味のある時間なのだということです。当時の上司と、ベンチャーキャピタリストにはセラピスト的な能力があるといいかもしれないね、などと話していたものです。

 ベンチャー企業では、知財業務が社長直轄であるというケースが結構多いのではないでしょうか。こうした場合の知財支援で第一に心がけるべきことは、「社長に知財の制度を理解してもらう」ことではなく、「社長に安心して事業に打ち込んでもらう」ことなのではないかと思います。知財業務というものにはどうしてもリスクはつきものなので「リスクは排除してあるのでご安心を」というわけにはいきませんが、「社長の意向をこういうふうに理解し、こういう考え方で知財業務を進めている」というシナリオを社長が納得できる形で示せることが、何より必要なのではないでしょうか。

注)タイトルに使った「セラピー」の語義は、正確には「心理療法」といった意味になりますが、もちろん「心理療法」だけで知財業務が進むわけではないので、実務の裏付けを伴うことが大前提ではあります。

連載最終回

2006-11-27 | 知財発想法
 このブログを始めるきっかけの一つでもあった雑誌・ビジネス法務での連載「ビジネスシーンで活きる『知財の発想』『知財のセンス』」が、発売中の最新号をもって最終回を迎えることとなりました。
 知財が重視される時代になったといっても、多くのビジネスパーソンにとって必要とされることは、知的財産権の制度に関する知識を身につけるということではなく、どういう場面で「知財」について考える必要があり、「知財」がビジネスにどのように影響するのか、という勘所・センスのようなものを身につけることなのではないかと思います。この連載では、そうした勘所やセンスに活かせると思われるテーマを6回に渡って続けてきたものですが、いずれ編集部にお許しをいただいて6回分の原稿を小冊子にでもまとめようかと考えていますので、その際にはこのブログ上でもお知らせしたいと思います。ちなみに、全6回のタイトルは、
 1.「知的財産」と「知的財産権」を区別せよ
 2.「知的財産権」の活用で収益力を高める
 3. 知財戦略とは何か
 4.「知的財産権」のイメージをつかむ
 5. 新時代の特許戦略を考える
 6. これからの知財業務のあり方を考える
となっています。

知財うさぎ

2006-11-26 | 書籍を読む
 一昨日の記事で紹介した「ウサギの教え」ですが、(「アマゾンの商品説明に7項目がそのまま公開されていたので、補足として知財版に置き換えてみました。

(1) ほかの会社がしていることをみて、あたなの会社の知財業務もそのまま真似をするだけではいけない。
  ほかの会社が守るべき知財と、あなたの会社の守るべき知財が同じ性質のものとはかぎらないのだから。
(2) 正しい方向で知財業務を続けたことによる報酬は、受け取るまでに時間がかかる。
(3) 知財業務の結果を、直ちに"二者択一"で白黒付けようとしてはいけない。
  知的財産権には曖昧な要素が多いので、多様な戦術や解決策があるはず。
(4) 短期間の成果に惑わされないこと。目に見える結果がすぐに表れなくても、方向性が正しければ諦めないこと。
(5) 知的財産権という制度は利用したものが有利。
  何もしない会社は、うまく制度を使う会社に振り回される立場になってしまう。
(6) 知的財産権という制度をうまく活かした場合の結果と活かさなかった場合の結果を冷静に考え、制度を活用することによってもたらされるチャンスを生かすこと。
(7) 事業を何ら障害を感じることなく進められる状態を作ることこそが、本当のゴールである。
  寝ても覚めても競合の状況や価格競争のことが頭から離れない。そんな状態でないことが、どれほど自由かよく考えること。

まだまだ未完成版ですが、やっぱり殆どの項目が重複するように思います。

ウサギはなぜ嘘を許せないのか?
マリアン・M・ジェニングス,山田 真哉,野津 智子
アスコム

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カメ系

2006-11-24 | 書籍を読む
 コンプライアンスについて1時間で学べるという日経金融新聞の書評を見て、「ウサギはなぜ嘘を許せないのか?」を読んでみました(あの「さおだけ屋」の山田会計士の監修です)。確かに1時間ほどで、あっという間に読める本です。
 コンプライアンス業務にどの程度役立つかはさておき、各章毎に「ウサギの教え」と題して、コンプライアンスを考える重要ポイントが7点に分けてまとめられています。これが結構、知財業務にも当てはまることが少なくありません。例えば、結果が出るには時間がかかる短期間ではなく長期で考える二者択一で考えるな人がやってるからというだけで真似してはダメだ何も手を打たないのが最悪だ、といったことです。
 要すれば、コンプライアンスというのは、ウサギとカメ風に言えば「ウサギ系」ではなく「カメ系」の業務ということです(その引っかけで、主人公にコンプライアンスを諭すキャラクターにはウサギが登場するのですが)。知財業務には、近年は即効性のあるウサギの役割が期待されることも少なくないようですが、本質的には「カメ系」に分類されるものであると思います。

ウサギはなぜ嘘を許せないのか?
マリアン・M・ジェニングス,山田 真哉,野津 智子
アスコム

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ビジネスモデル特許と公正な競争条件

2006-11-23 | 企業経営と知的財産
 昨日の記事で、「ビジネスアイデア」でスタートダッシュした企業は、有利なポジションにあるうちに「ビジネスアイデア」だけではない強さ(=参入障壁)を築けるかどうかが、その後の成長のポイントになる、という趣旨のことを書きました。このことと、いわゆる「ビジネスモデル特許」の位置付けについて考えてみたいと思います。

 「ビジネスモデル特許」については、以前の記事にも書きましたが、特許査定率が極めて低い水準に止まっています。加えて、クレームの明確性についての要件が厳しいため、特許になるとしても権利範囲はかなり限定的になってしまうことが多くなっています。要すれば、技術的に工夫したポイントがあれば特許にはなることはなるけれども、保護されるのは実施態様をそのまま真似られてしまうようなケースに限られ、アイデアを広く独占できるような権利を取得するのは困難である、といった感じです。
 こうした状況に対して、特許庁の審査は厳格すぎるのではないか、いやそもそもこんなものを特許するのはけしからん、など様々な意見があるようです。しかしながら、特許に関するテクニカルな部分だけを見るのではなく、法目的やその経済社会に与える影響を考えると、私の個人的な意見としては、現在の運用は非常にバランスのよい妥当なものなのではないかと感じています。

 いわゆる「ビジネスモデル特許」に属する出願は、現在の審査の運用では、実装を想定したかなり具体的なものが開示されていないと、特許を取得することは難しいように思います。逆に言うと、特許になるような発明は、実際のビジネスにおいてもそれなりの資金をシステム開発に投下しているケースであることが多いということです。こうした発明に対して、「アイデアにしか特徴がない」といって何ら保護が与えられず(業務系のシステムはプログラムがコピーされるわけではないので、著作権ではどうにもならないことが殆どだと思います)、いくらでもアイデアを真似し放題というのもちょっと酷なように思います。だからといって、アイデアそのものに近いレベルで20年の独占権を付与すると、IT分野での制約が雁字搦めになってしまって、新しいサービスの普及を妨げることになりかねません。そうすると、今の運用のように、実施形態をそのままシステムの基本設計から真似するようなことはNG、でも他の方法で同じアイデアを実現するのであればOKという仕切りにしておけば、後続には特許の分析や回避技術の検討など負荷がかかり、先行者にはそれなりの時間的なメリットが生じることになるので、公正な競争条件としてのバランスは、結構妥当なところに収まるのではないかという気がします。
 このように考えると、「ビジネスモデル特許」というのは、ビジネスモデルそのものを独占するためのものではなく、ビジネスモデルについて一定の時間的優位を保証するものであると捉え直すことができるのではないでしょうか。結果的には似たようなサービスを提供する競合が登場することは避けられないとしても、それまでの間に少しでも多くの顧客を囲い込み、認知度を高め、「元祖」としてのポジショニングを形成することができれば、特許取得に要した費用程度は十分にペイできるものと思います。昨日の記事との関係で言えば、「ビジネスモデル特許」は、「ビジネスアイデア」だけではない強さを築くまでの猶予期間を伸ばすために使い得るものである、ということになります。逆説的な言い方になりますが、「ビジネスモデル特許」だけに頼るのではない覚悟があるほうが、却って「ビジネスモデル特許」の効果が生じてくるように思います。

 以上の考え方より、いわゆる「ビジネスモデル特許」を出願したいというニーズに対しては、「ビジネスモデル特許をとって一儲け」というのであればやめておいたほうがよいのではないか、重要な位置付けにあるビジネスの強さを固めるための武器の一つとして特許制度を利用したいというのであればできるだけのことをやってみましょう、というのが現在の私の「ビジネスモデル特許」に対するスタンスです。そして、出願に際しては、実際に実施する形態を外さない、ということが実務上は何よりも重要になると思います。

それって本当に「あり得ない」?

2006-11-22 | 新聞・雑誌記事を読む
 昨日の日経金融新聞のコラムに、「新興銘柄・意外に悪い決算」として、新興企業について辛辣な批評が掲載されていました。例に挙げられていたのが、携帯電話販売等の営業支援のバックスグループ、ネット卸売りのラクーン、ネット広告のデジタルアドバタイジングコンソーシアム、飲食店の多ブランド経営のクリエイトレストランツなどです。これらの企業の収益の伸び悩みや悪化の主要因が新規参入による競争激化であることから、
「他社の参入が困難で、高水準の利益をもたらしてくれる独自事業などあり得ない。そんな当たり前にことを再認識させられる場面が景気減速下では増えよう。」
とコメントされています。

 それにしても「あり得ない」とは随分極端な、と思ったのですが、ここでいう「独自事業」とは、その独自性が模倣容易なビジネスアイデアにある場合のことをさしているのでしょう。確かに、「ビジネスアイデア」を特許で守ることはできませんし、それは事実なのだろうと思います。一方で、例えばヤフーや楽天は今も高い利益率を維持しながら成長を続けていますし、人材派遣、不動産流動化などの分野でも高水準の利益を続けている企業が少なくありません。こうした企業は、先行者利益をうまく生かしながら、有利なポジションにいるうちにブランド形成や人材育成、ノウハウの蓄積などを進め、実質的な参入障壁を固めることに成功しているのでしょう。そう考えると、「あり得ない」と後ろ向きに切り捨ててしまうのではなく、記事に例示されていた企業は「先行者としての有利なポジションを活かして、その強みを確立できるかどうかの正念場を迎えている」と評価すべきところなのではないでしょうか。

肝心のお客様は何を求めているか。

2006-11-20 | 書籍を読む
 昨日に引続き、「サントリー・知られざる研究開発力」からです。伊右衛門の開発経緯の中で、こういう話が非常に印象に残りました。
 それまでサントリーが緑茶飲料で苦労してきた原因について、これまではシェアトップの伊藤園やキリンの「生茶」にどのように対抗するかという意識が強かったことを振り返り、「競合他社ばかりを意識した開発発想になっていて、肝心のお客様が今、どんなお茶を求めているのかという発想が希薄になっていた」と考え、顧客ニーズという原点に戻って伊右衛門の開発に取り組んだとのことです。このことは、どの業界でも陥りやすい罠なのではないでしょうか。

 我々弁理士、特許事務所の事業環境もいろいろ難しくなってきていますが、ついつい他の弁理士、他の事務所とどう差別化するか、ということに意識がいってしまいがちです。しかしながら、他と違うかどうかということ自体が本質なのではなく、クライアントのニーズに応えられるかどうかということのほうがより重要な問題でしょう。差別化ということを意識しすぎると、必ずしも顧客ニーズと一致しない方向で差別化しようと頑張ってしまうことが少なくないように思います。
 個々人レベルのスキルアップにしても、「これからの弁理士にはこういう能力が必要だ」という世間の風潮に流されてお勉強を進めたところで、将来それを本当に活かせるかどうかわかりません。それよりも、顧客ニーズに応えきれない部分を補うためには何が必要かを自ら考え、必要なスキルを補っていくことが王道なのではないでしょうか。

サントリー 知られざる研究開発力―「宣伝力」の裏に秘められた強さの源泉
秋場 良宣
ダイヤモンド社

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お茶、入りましたえ。

2006-11-19 | 書籍を読む
 「サントリー・知られざる研究開発力」が非常に面白かったです。研究開発からヒット商品を生み出すまでの身近な具体例が盛り沢山で、まさに知財の「創造」→「活用」(「知的財産権」の活用ではなく、あくまで技術≒「知的財産」の活用という意味です)の意義を実感できる一冊です。
 最初に採り上げられているのが緑茶飲料の「伊右衛門」ですが、真のユーザニーズに立ち返るというマーケッティング戦略、非加熱無菌充填製法や茶葉微粉砕技術などの基礎技術を活かした研究開発戦略、お茶を販売するのに有効な老舗の信用を活かす福寿園との提携というブランド戦略が、見事に一体として成果を表していることがよくわかります。マーケッティング戦略と知財戦略の融合とか、抽象的に言われてもピンときませんが、具体例をみるとその意味も理解しやすいですね(尚、本書ではそういう視点で直接書かれているわけではないので、あくまで私が読み取った解釈ですが)。ちなみに、緑茶飲料の中では「伊右衛門」は明らかに美味しいと感じるので、私も愛飲しています。
 ところで、この本には残念ながら、我々知財屋に興味があるところの「保護」の話は殆ど出てきません(「青いバラ」の章では、特許出願のタイミングがポイントになったという話が少し出てきますが)。一般書なので当然といえば当然なのでしょうが、やっぱり知財の仕事は縁の下の、ってところでしょうか。

サントリー 知られざる研究開発力―「宣伝力」の裏に秘められた強さの源泉

ダイヤモンド社

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