経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

愚で固め・・・

2006-10-29 | 書籍を読む
 ユニ・チャームの高原会長の「理屈はいつも死んでいる」を読みました。
 現場重視、地味な仕事をコツコツこなしてこそ、というこの本の主張は、日々明細書作成などの特許実務に明け暮れる我々実務家にも勇気を与えてくれます。

 その中でも、特に印象に残ったのが、
愚で固め、才で伸びていくのが人間
という言葉です。もう少し噛み砕いて、
「仕事には基礎部分と応用部分があって、応用部分は掛け算で伸びていくが、基礎部分はこつこつ足し算で積み重ねていくほかない」
とも説明されています。
 個々人のレベルでも勿論そのとおりなのですが、企業の「知財戦略」についても同じことが言えるのではないでしょうか。優れた知財戦略だけで全てが解決されるというものではなくて、日々の地道な知財実務の上にこそ知財戦略が掛け算的な効果を生むものであると。知財戦略に限らず、経営戦略一般にも言えることなのかもしれません。

 もう一つ、仕事に臨む心構えについて、
やりたいことを探すより、やるべきことに没頭してみる
ということを言われています。このニュアンスは本文全体を読まないとなかなか伝わりにくいと思うのですが、天職とは探して見つけるものではなく、一生懸命働いていて自分がやるべきと思ったことこそが天職である、という考え方です。そういわれてみると、知財の世界で立派な仕事をされているなぁと思われる方を見ると、知財が好きで没頭しているというよりも、自分がこれをやらなければならないという使命感をもって仕事をされている方が多いような気がします。
 地味だった知財業界にも注目が集まるようになり、仕事の範囲も拡がりを見せるようになってきて、我々実務家層の心の中にもちょっとお洒落なニュービジネスへの期待感が膨らみやすくなっているかもしれません。新しい仕事にチャレンジしていくことは大切だと思いますが、頭で考えた新規ビジネスではなく、目の前の仕事に取り組む中から必要性を感じたことにこそ、本当の意味で可能性をもったビジネスチャンスが存在しているように思います。

理屈はいつも死んでいる
高原 慶一朗
サンマーク出版

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外掛け

2006-10-27 | 新聞・雑誌記事を読む
 インクカートリッジ訴訟の件で、最近知財界で注目のセイコーエプソンですが、一昨日に中間決算が発表されました。訴訟の争点はともかくとして、この訴訟はエプソンの経営上極めて重要な意味を持っているということが、昨日の日経金融の中間決算の解説記事から読み取れます。
 決算の数値自体は経常利益が前期比2.4倍と相当よくなっているのですが、株は大きく売り込まれ、市場からの厳しい評価を受けています。記事によると、決算が良くなった理由は、利益率の低いコピー機・プリンタ本体の販売を抑えたため、利益率の高いインクなどの消耗品の比重が高まり、結果的に利益が押し上げられたとのこと。あるアナリストは「将来の利益を先食いしている」とコメントしているそうです。
 そこに、この訴訟で負けるような結果になってしまうと、重心を移した足に外掛けを食らうようなことになってしまうわけですから、これは屋台骨を揺るがしかねない重要事案です。無効が争われている特許は、もはや技術を守るというレベルではなく、会社を支えるビジネスモデルを守る生命線にまでなってしまっているということでしょう。特許の価値というものは、技術そのものの価値よりも、そこから繋がっているビジネスの拡がりや重みに左右されるものなのだ、ということを感じます。

なぜかニュースになる職務発明問題

2006-10-24 | 企業経営と知的財産
 ここ数日、忘れかけていた職務発明訴訟の話を目にする機会が増えてきています。
 職務発明の問題については、論理的にどう考えるべきかということより、どうも誰が得した損したといった感情論に流さやすい傾向があるように思うので、ここでは職務発明問題についての私見を述べることはやめておきます。
 メディアからみると、勝った負けた、金額はいくらだ、とジャーナリスティックにとりあげやすいネタなので、知財ものの中ではニュースになることが多いようです。しかし、1億円、2億円といったレベルの争いであれば、年間の設備投資額、研究開発費がそれぞれ約4,000億円の日立からしてみると収益に与える影響は微々たるもので、数字上は何らニュース性のない話といってもいいくらいでしょう。
 それよりも今の日立は、「選択と集中」によって蘇ったライバルの電機メーカー(東芝・三菱電機etc.)にすっかり水をあけられて、時価総額が純資産を割り込むほど市場の評価が低迷するという、非常に重い経営問題を抱えてしまっています。切り札となるような強い事業に生きる強力な発明であれば、それこそ数億円の対価なんて何でもないのではないでしょうか。

摩訶不思議なシチズン

2006-10-23 | 企業経営と知的財産
 大和証券の発行しているキヤノンの株式レポートに、ちょっと興味深いグラフが掲載されていました。横軸に売上高経常利益率、縦軸に売上高研究開発費比率をとって、国内の主要な精密機器メーカーと電機メーカーを比較しています。レポートではこのグラフには殆ど言及されていないのですが、要すれば、右上にあるほど「研究開発に積極的&それが高収益に結び付いている」企業で、左上は研究開発は空振り、右下は研究開発を抑えながらなぜだか高収益、ということになるでしょう。
 この中で、キヤノンは右上の、他社とはかけ離れたところに位置しています。研究開発が高収益に結び付いているわけですが、その理由として、
① 研究開発の方向が正しい。
② 研究開発の成果を適切に保護している。
の2つの可能性が考えられます。おそらくどちらの要因も含めて、この結果に繋がっているのでしょう。
 一方、左上にあるのは、殆ど電機メーカーです。業種の違いもありそうなので、電機メーカーのみをx=yとなる線からの距離で比べてみると、NEC、ソニーといったところが左上方に乖離していて、松下、富士通の距離が近くなっています(要するに、前2社は空回り度が高いと推測されます。)。リコー、コニカミノルタ、ニコンの精密各社は、ほぼx=yの線上に乗っている感じです(因みに、キヤノンはx=y線よりかなり右下です)。ちょっと不思議なのがシチズンで、x=y線よりずっと右下の位置にあります。少ない研究開発で、どうやって高収益を生んでいるのでしょうか。ある意味、キヤノンより興味深いですね。

コンテンツ系のリスク

2006-10-21 | 新聞・雑誌記事を読む
 昨日の株式市場で、連結決算の大幅下方修正・赤字転落が嫌気され、USENの株価が急落していました。下方修正の主たる理由に、映画使用権の評価損があるそうです。
 USENは、映画配給のギャガの親会社ですが、元々は独立系だったギャガは経営不振からUSENに救済され、子会社化されたという経緯があります。ギャガが上場した当時は業績は結構好調で、豊富なコンテンツ資産がブロードバンド時代に大きな収益を生むだろう、株主優待のDVDも魅力、というわけで、個人的にちょっとばかり株を買ってみていたのですが、ひどい目にあってしまった悪夢を思い出しました。海外から買付けた映画の版権の償却方法の変更とかで、10億円前後の経常黒字が突然100億円程度の赤字に変更され(金額の記憶はやや不正確ですが)、その後も償却方法の変更を主たる理由とする下方修正が何度も繰返され、株価は急落、USENの支援を仰ぐ結果となったのです。
 そのときに思ったことは、企業の実態に変化がおきたわけでもないのに、会計面の解釈の変更によってこれだけ企業に対する評価が変わってしまうという恐ろしさです。コンテンツ系企業のように、会計基準やその適用、解釈などが固まっていない企業は、こういったリスクがあることを考えると、非常にリスキーな投資になってしまうと思います。投資する立場から考えると、実態にあった適正会計処理云々をあれこれ検討されても、結果的に解釈等の変更で損益が大きく動くのは最悪ですから、いっそのことややこしい議論をするのはやめて、当期中に全額費用計上というルールにでもしてもらったほうが(確か研究開発費はそういう扱いになっていたと思います)、企業をみる前提自体が変化することはなくなるので、よっぽどましなのではないかという気がします。

ベンチャー投資で特許をどう見るか

2006-10-19 | 知的財産と投資
 先日、現役バリバリのベンチャーキャピタリストから、最近のベンチャー投資の環境の話を伺いました。私が投資を担当していた頃(5年ちょっと前)と比べて、
① 1件あたりの金額が増えている(数千万円⇒億円単位)。
② バイオの案件が増えている。
∴ リスクが高くなっていて恐ろしい。
という感じだそうです。②については、技術力の評価が不可避であること、公開会社が少なくて成功のイメージが想像しにくいことから、私は避けて通っていましたが、今は業種特化したファンドでない場合は、なかなかそうも言っていられないようです。
 ところで、知財、特に特許の位置付けということでは、バイオベンチャーとITベンチャーは全く異なります。前者はコア技術の保護が生命線なので、投資時に特許の中味を確認することは極めて重要でしょう。一方、IT系、特にソフトウェアやサービス系となると、特許で決まるという感じではないのが実際のところで、IPOして時価総額数百億円のITベンチャーが特許出願は殆どゼロ、なんていうこともあるようです。尤も、特許制度をうまく使えば、さらにパワーアップしたかもしれないので、特許が不要という趣旨ではありませんが、投資判断の際には、「特許はどうなっているか」というアプローチよりも、「参入障壁が効いているか」というように、もう少し上位概念で考えるようにしたほうがよいと思います。

ちょっと宣伝・その2

2006-10-18 | お知らせ
 本日、「新・特許戦略ハンドブック」が発売になりました。アマゾンでチェックいただいた方には、まずは「ゲッ、高い!」(=6,930円)と思われてしまうかもしれませんが、今回は価値評価の鈴木先生、人材育成の杉光先生などが新たに参加されており、新版は旧版より相当分厚いのです(写真参照)。
 これだけ分厚い本だと、頭から順に読んでいくという感じでもないのですが、目次をパラパラとめくっていて感じたのですが、やはり出版のプロは見出しの付け方が違いますね。日経BP・浅見様の執筆部分をみると、「クロスライセンス契約の限界」「日本企業が訴訟に弱いとされた理由」「標準化に潜む知的財産権の落とし穴」「MPEG-4の失敗に学ぶ」など、思わず読んでみたくなる中見出しが並んでいます。それに比べて自分の執筆部分の中見出しは、「知的財産権」「企業価値」など、固くてお決まりのワードが羅列されていて、まだまだ顧客志向の姿勢が足りないな、と思い知らされた次第です。

やごからトンボへ

2006-10-17 | 知財業界
 「知財革命」に、弁理士かくあるべし、との提言があります。

「弁理士は、代書人ではない。単なる出願代理人でもない。弁理士は、特許や実用新案に関する、企業のよきコンサルタントでなければいけない。

 そういえば、7~8年位前のベンチャーキャピタル業界でも、同じようなことが言われていました。
「ベンチャーキャピタリストは、単にお金を出すだけではない。企業に積極的に関与して貢献するコンサルタントでなければいけない。」
 というようなことが言われて、外から企業を分析した経験しかない金融系のベンチャーキャピタルの担当者が、経営会議などであれこれ発言したり、社長にあれこれ指図をしたりすることが増えたわけですが、当然ながらまともな成果は生まれませんでした(自省も含めて・・・)。一方で、その頃に、米国型のベンチャーキャピタリストを目指す人達の中から、ベンチャーキャピタルからベンチャー企業に転職したり、自ら起業したりして、本当の経営体験を積む人が増えるようになりました。そうした経験の裏付けがあってこそ、次にベンチャーキャピタルで仕事をすると、本当に意味のあるアドバイスができるというものでしょう。

 先の弁理士に関する提言もおそらく同じで、言葉だけが一人歩きするのは危ないように思います。「コンサルタント」は、何の裏付けもなく突然なれるものではありません。弁理士業務とは異なる資質や経験を要するものなので、やご→トンボの如く、出願代理人→コンサルタント、と自然に脱皮できるものではないように思います。「代書人」ではちょっと困るでしょうが、弁理士業務から進化した姿はプロフェッショナルな「出願代理人」であって、「コンサルタント」というカテゴリはちょっと別ものではないかという気がしますが。

想定外のリスク(商標編)

2006-10-15 | 知的財産と金融
 商標権を担保にした融資について、報道されています。特許に比べると商標は対象がわかりやすいので、その点からは担保として評価しやすい側面があるのでしょう。
 担保とは、債権回収が困難になった場合に、債務者の約定返済に代えて残存債権に充当するものです。つまり、その時点では、債権者の経営状態に問題が生じていることが前提になります。ここで何故経営状態に問題が生じたかによって、商標権の担保価値は大きく変わってくることになります。
 商標権の対象となった事業自体が傷んでしまっている場合(例えば「ヒューザー」、「雪印」みたいなケース)は、担保となっている商標のブランドイメージも毀損していることが通常なので、商標権を売却して債権回収に充てることはかなり難しい状況にあると思われます。それに対して、商標権の対象となる事業はしっかりしているものの、他の部門の問題から経営が傾いてしまった場合(例えば「カネボウ」みたいなケース)は、十分に担保価値を有することがあり得るということになります。
 特許の場合は、過去の持主のイメージが悪くても、技術がよければそれと切り離して事業化することが考えられますが、商標の価値は、それを用いて行われていた事業のイメージと切り離すことができません。そうすると、担保評価を行う際には、ブランド価値を毀損するような事件のリスクを織り込まなければならなくなるので(担保権の実行が必要となるケースのうち、相当程度はこちらのケースに該当しそうなので無視はできないと思います)、これを定量化するのはかなり大変そうです。
 尤も、知的財産権を担保にした融資の殆どは、本音ベースでは「無担保融資・&知的財産権担保付き」であろうと思うので、実務上はさして意味のある議論ではないのかもしれませんが。
 ところで、IPDLで「ヒューザー」と検索してみると、住友電装が電子機器類で、帝人が化学品関係で商標登録をしています。これって、そのまま使用しているのでしょうか??? いずれにしても、こういったリスクまでは全く想定外ですね。

ビジネスモデル関連~昨日の続き

2006-10-13 | 知財一般
 今日は外回りの際に神保町の三省堂本店に立ち寄り、昨日に続いてビジネスモデル特許本が生き残っているかをチェックしました。さすがに大型店だけあって、「特許」のカテゴリーの中に混じって、10冊前後の本が置かれていました(すこし前までは、ビジネスモデル特許だけで1カテゴリーに区切られていたように思いますが)。「ビジネスモデル特許戦略」などは、ちょっと変色してレトロな味を醸し出していました。

 ところで昨日の記事で、特許庁のホームページから引用したグラフについて。ここから何を読み取るかですが、普通に考えると、

 「ビジネス関連発明の特許査定率は、極めて低い。」
 「ビジネス関連発明の特許査定率は、以前より大きく低下している。」
  ↓
 「∴ビジネスモデル関連発明は、事実上終わった。」

という解釈がされるのかもしれません。
 しかし、「特許査定率が低下した」原因をよく見てみると、分母が増大したためであって、分子が小さくなったわけではありません。つまり、

 「今もブームの頃と変わらない件数のビジネス関連発明が、特許になっている。」
 「ストックベースで考えると、成立したビジネス関連発明の件数は年々増加している。」

という捉え方をすることもできます。
 だからといって、ここで「訴訟の本番はこれからですよー。これはたいへんだー。」といった説を唱えるつもりはありませんが、「見る側の視点が変わっただけで、ブーム時も今も状況はさほど変わっていない。」という捉え方もできるのではないでしょうか。私の解釈については、追って記事に書いてみたいと思います。