経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

発掘するのは‘決定要因’

2009-04-25 | 企業経営と知的財産
 特許出願では‘発明’を発掘するが、
 知財戦略で発掘(追求)すべきは事業の‘決定要因’である。

 事業に知財活動がどうやって成果を上げればよいか、という、特に昨年からいろいろ考えているテーマに対して、最近よく用いているアプローチです。
 先日のソフトウエアベンダー向けの知財セミナーでも、まずはソフトウエアビジネスにおける決定要因を考え(いくつかの理由から事業の決定要因を‘結局は売ったもの勝ち、営業力に左右される部分が大きい’と整理しました)、その決定要因に対して知財活動がどのように貢献できるか(営業力を支援するという観点からどのような知財活動があり得るのか)というアプローチで、ソフトウエアベンダーの知財戦略について考えてみました。
 経営に責任を負う人、事業の前線にいる人であれば、意識的か無意識のうちにかは別にしても、事業の決定要因を強く意識しているものです。そこに単に「知財は重要」といっても、決定要因との関係がはっきりしなければ、知財活動の意味も当然にしっくりこない。だから、「事業の決定要因である~において、こういう知財活動で当社のポジションを優位にしていくことが、当社の知財戦略の基本的な考え方です」と組み立てられるようにもっていきたい。尤も、現実の事業(特に規模が大きくなるほど)において、多くの場合は決定要因が複雑でなかなかうまくまとまりませんが、製薬業界なんかで知財の重要性のコンセンサスがとりやすいのは、決定要因=知的財産(発明)、としっくりくることが多いからであるように思います。それでも、経営サイド、事業サイドとの連携を深めるには、知的財産の所在を探る前に、事業の‘決定要因’を意識することが必須であると思います。

<お知らせ>
 先日の「知財戦略コンサルティングシンポジウム2009」の基調講演要旨が日経BP社・知財Awarenessに掲載されました。項目だけだとちょっとニュアンスが伝わりにくい部分もあるかと思いますが、このプロジェクトの詳しい報告書は近日中に特許庁のWebページに掲載される予定ですので、追ってお知らせ申し上げます。

船にプールを作ろう!

2009-04-22 | 新聞・雑誌記事を読む
 日経ビジネス最新号に掲載されているタニタの谷田会長の‘有訓無訓’からです。
 美術館巡りをしていて、近代以降の美術館のオーナーに目立つ職種が、造船会社⇒鉄道関係者⇒自動車関係者、と変遷していることに気付いたとのこと。これはそれぞれの時代の成長産業を反映していますが、いずれも‘人の移動手段’という点で共通している。すなわち、造船会社は船のことばかり考えていたら時代に乗り遅れてしまうので、‘人の移動手段’から発想することが必要だということです。タニタについてもそのような発想から、体重計にばかりこだわることなく体脂肪計の開発に至ったとのこと。
 この話で思い出したのが、先般の「中小企業経営に役立つ知財活動支援セミナーin京都」にもご登壇いただいた㈱シードの西岡社長からお聞きした話です。同社はプラスチック消しゴム、修正テープを開発した会社として知られていますが、技術そのものではなく‘消す’ことにこだわり、時代のニーズに合った‘消す’商品を提供しているのこと。さらに次世代の新製品として、こんな凄い商品も開発されています。
(ちなみに、タニタは昨年度、シードは今年度の知財功労賞受賞企業です。)

 要するに、供給サイドからみるとどうしても現在自分が扱っている‘対象物’にこだわりたくなるけれども、顧客が欲しているのは‘機能’(移動することや消すこと)である、ということです。船の需要が落ちたときに、「これからは客船だ!」、「船にプールを作ろう!」といった発想では、なかなか本質的な問題の解決には結び付かない。知財サービスについていえば、‘特許’という対象物にこだわって、これを使ってあれをしようこれをしようと‘特許’の需要を作り出すことを考えるよりも、知財サービスの‘他者との差異を特定すること’や‘その差異から競争優位を構築すること’といった本質的な機能を追及していくことのほうが、より理に適っているのではないか。なんてことを考えた次第です。

‘特許流通’における論理の飛躍

2009-04-19 | 企業経営と知的財産
 知財業界で話題(?)の週刊ダイヤモンド最新号からもう1つ。‘特許流通’に関する記事です。
 この記事の前半では、日本でいわゆる‘特許流通’が活発化しない理由を次のように展開しています。
<米国> オープンイノベーションの発想
 ⇒ 必要な技術はライセンスを受ける
<日本> 研究開発の自前主義
 ⇒ 他社特許の利用が必要な場合でもライセンスを受けず自社開発で特許を取得する
 以上のように、日本では他社特許を利用するという考え方が一般的でないので、特許流通は活性化しない。
 日本型の自前主義だと保有する特許の件数が増加せざるを得ず、日本でもオープンイノベーションの考え方が台頭しつつあるものの、まだ‘特許流通’の増加には至っていない。
 後半からは、では特許の利用を活性化させるための流通インフラはどうなってるかという話になり、特許流通促進事業や特許オークションの例があげられて、「眠れる技術にどう光を当てるか、真剣に考える時期がきている」で締めとなっています。

 で、どうも読んでてしっくりこないのですが、この記事の前半と後半はそもそも論点が異なる話なのに、‘特許流通’というつながりだけで論理が飛躍してしまっているのではないか。
 前半は、必要な他社特許があるときに企業がどういう選択をするかという問題であり、対象となる特許は特定されているわけです。つまり、オークションで特許を探してくるというような話ではない。ここで、問題特許があった場合に積極的にライセンスを受ける(特許権者もライセンスする)のが当たり前という産業構造になっていくと、特許の件数は減少、研究開発の重複や特許に抵触する云々で消耗させられる機会も減って、事業のスピードは加速していくことになりそうです。但し、基本的には特許技術による差別化が放棄されることになるので、価格やサービスなど特許以外での競争はさらに激化することになるのでしょう。政策的にどういう方向に誘導するのか、企業はどういう戦略をとるのか、どちらも産業政策・企業戦略として大きなテーマですが、後半の‘眠れる技術’云々にもっていくような話ではないと思います。

 この話に限ったことではないですが、知財に関してはキーワードのみが先行し、まだまだ論点がちゃんと整理されていないことが多いように感じます。今回の特集は面白そうなネタは盛り沢山だったのですが、改めてそのことを感じました。

株式投資のツボは閲覧請求?

2009-04-14 | 知的財産と投資
 知財業界で話題(?)の週刊ダイヤモンドの最新号です。
 特許の価値を数値化した「YK値」について、「閲覧請求や無効審判で特許の価値が測れるか?」という論点について、ipippiなどで話題になっているようです。ただ、相関関係のないケースを挙げていけばキリがないでしょうから、それはそれとしておいて(この種の分析ではある程度の例外に目をつぶるのはやむを得ないことかと思います)、より興味を惹かれるのは、その先の「保有する特許の価値から企業の価値が測れるか?」という部分です。理論上「特許の価値が高いですよ」と言ったところで、経営者から見れば「で、どう業績に貢献してくれんの?」って話ですから、特許の価値の高さが企業業績・企業価値にどのように影響するのか、というのが最も重要な論点であるように思います。言い換えれば、「知財の視点」からはこの手法で特許の優劣が測れるかが論点になりますが、「経営の視点」からすると、特許の価値が企業の業績、企業の価値にどのような影響を与えるかというところが大きな関心事になってきます。
 で、そのテーマについては91ページに書かれているわけですが、いろいろ注釈はついていますが、ここでは、
「企業が保有する特許の価値と企業の時価総額は連関している」
→「特許の価値に対応する近似曲線上の理論時価総額と実際の時価総額の乖離は2年程度経過すれば修正される方向に向かう」
(∵価値のある特許に関わる製品が2年程度のうちには収益貢献して時価総額を押し上げる)
という説が提示されています。要するに、時価総額に比して特許価値が高い企業=閲覧請求や無効審判をたくさん受けている企業に投資すれば、2年後くらいには儲かる確率が高い、というすごい話です。
 企業業績に対してそこまで特許が寄与すると考えるのは何とも大胆な説という気がしますが、過去のデータからはその連関が明らかになっているとのこと。
 ただ、この連関性については、いろいろな読み方ができそうです。実際の時価総額(≒株価)というのは直近の将来収益の影響を強く受けるので、何であれ企業の標準的な姿を示す理論上の時価総額(例えば長期の収益実績や売上規模、保有資産等)と比べると、いずれはその乖離は修正されていくのが通常です(何らかの理由で大赤字を出して株価が急落した企業も、リストラ等の努力でやがては本来あるべき水準に戻っていくのが多いetc.)。とすると、この連関性の根拠は、特許の価値が時価総額の上昇に寄与する、という順序ではなく、ここで算出している特許の価値が実は企業の標準的な姿に近い数値を示す傾向にあって、時価総額はやがて本来あるべき位置に戻っていくということなのではないか。その背景には、特許に関する活動に投じるコストは、企業の業績変動に対して比較的ブレにくい傾向にあり(業績が好調だから活動が活発化する、業績が低調だから活動が鈍化する、ということが他の業務に比べると比較的起こりにくい)、企業の規模や投資余力など本質的な実力と相関性を示す傾向にあるってことであれば、何となく納得できるような気がします。

特許制度=法の下の平等?

2009-04-10 | 企業経営と知的財産
 時間が時間なのでご覧になられた方は少ないだろうと思いますが、今朝のテレ東のE morningで、センサー開発の㈱ワコーが特集で紹介されていました。お恥ずかしながら私はこの会社のことを知らなかったのですが、典型的な‘特許活用型’の企業です。この特集はWebでも見れますので、興味のある方は是非ご覧になられてみては。
 この会社の社長は「特許制度=法の下の平等=中小企業が大企業と対等になれる武器」と説明していて、こんなやり取りがあります。

アナウンサー 「ワコーのシェアは、エアバックで60%、民生機器で35%です。ちょっと不思議に思いませんか?」
コメンテーター 「特許があるなら、100%になるはずでは?」
社長 「特許にはいろいろ解釈があって、往々にしてこちらの主張が認められないことがあります。どちらも100%になるように努力中です。」
コメンテーター 「法の下の平等なんだから100%になるはずですよね。」
社長 「と私達は思っていますが、なかなか認められない。司法機関の判断待ちです。」
アナウンサー 「それによっては、売上がさらに大きく変わってくるかもしれないんですね。」
 
 詳細がよくわからないので軽々にはコメントできませんが、企業の収益の大きな部分が司法判断に委ねられている、研究開発&特許取得と特許の解釈が企業経営の根幹という、かなり特異なビジネスモデルですね。

セミナーのお知らせ

2009-04-07 | お知らせ
 本日は宣伝を1件。
 来週15日(水)に、日本IT特許組合の一般公開セミナーで「これだけはやっておきたいソフトウェアベンダーの特許業務」について講演します。いかにも今のご時勢に乗っかろうとしたような演題ではありますが、「こうやって費用を削減しましょう」みたいな、今はやりのコスト削減のご提案というわけではありません。先日の知財コンサルティングシンポジウムの基調講演でお話をさせていただいた「経営課題に成果を上げる知財活動(⊃特許業務)」の業種特化版ということで、「知財のための知財活動」ではなく「経営課題に対する成果」を意識した特許業務のあり方について考えてみたいと思います。
 一口にソフトウェアベンダーといっても様々な業態がありますが、こと特許に関しては、‘事業にどう効いているのかようわからん’‘侵害があってもどうせわかんないからやってもムダ’など、ネガティブに捉えられていることが多いと思います。では、ソフトウェアベンダーが抱える経営課題に対して、特許業務が成果を上げるということは本当にあり得ないのだろうか。「特許とはこういうものだから→事業にこういう効果があります」ではなく、「事業のこういう課題に対して→特許を使うとこんなことが期待できます」という切り口からのご提案をさせていただきたいと考えています。「特許→事業」か「事業→特許」か、このアプローチの違いは結構大切だと思うのですが。 

意志と期待の結びつき

2009-04-02 | その他
 本日ある企業の社長から伺った話。長く経営をされて、結局その業界での決定要因となるのは‘営業力’である。「技術があるから売れる」より、「顧客があるから技術がついてくる」パターンが圧倒的に多いのが事実であるということ。‘顧客志向’というのはよく言われることではありますが、その意味を最近よく改めて考えてみたりします。

 話は変わりますが、スポーツ選手やアーティストの口からも、よく「ファンが大切」という言葉が出てきます。が、それを一流プレイヤーが口にするのと新人とでは同じ言葉でも重みが違う。‘顧客志向’も同じで、経験豊富な社長の言と若手社員の言とでは重みが違います。

 また話は変わりますが、先日のWBCを見ていて思ったこと。日本や韓国はなぜあんなに強かったのか。個々人の技量では明かに太刀打ちできないはずのアメリカやベネズエラより、なぜ日本や韓国なのか。それは言われているように、‘準備’の違いなのだと思いますが、その違いはどこから生じたか。それはたぶん、‘期待’なのではないかと思います。ファン(顧客)にどれだけ期待されているか。期待されているから準備をする。準備をするから結果が出やすくなる。そこに、結果が出るからさらに期待が高まる、という好循環が生じる。これはたぶんビジネスにも通じるところがあって、「顧客があるから技術がついてくる」というのも顧客の‘期待’を起点にした同じサイクルになっているのではないか。

 またまた話は変わりますが、以前に‘勝手知的創造サイクル’のエントリで、本来知的創造サイクルの起点にあるものは経営者の‘意志’である、ということを書きました。考えてみると、先の好循環の起点となる顧客の‘期待’を導き出すのは、結局のところこの経営者の‘意志’なのではないか。日経ビジネスの最新号で「今こそイノベーション~ベスト30社に学ぶ危機脱出の処方箋」が特集されていますが、ランキング上位企業で紹介されている例からも、「こういう技術がありました」ではなく「こういう考えでやってきました」といことが読み取れます。経営者の強い‘意志’が顧客の‘期待’を生み、その‘期待’に応えるために‘準備’をするから、やがては‘結果’に結びつく。

 「顧客が大事」「ファンが大切」という言葉は、格好つけているわけでも何でもなく、そこに顧客やファンの声に表れる‘期待’と自らの‘意志’の結びつきを確認する(=きついところも期待があるからやってられる)という大事な意味があるからではないか。先日担当したある講演で参加者の皆様からいただいたご意見を読んでいて、これまではあまり感じなかった感覚というか、何かそれが自分に染み込んでくるような感覚を覚えながら、そんなことを考えました。

※ これは真面目な話なので日付が4月2日になったところでアップしました。