経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

あっしから戦術を学ぼうと思わんでください。

2010-12-15 | 企業経営と知的財産
 前回の坂の上の雲で、秋山真之が海軍大学校の戦術講座の教官となり、講義を行うシーンがありました。そこで初めに受講生に対して、このようなことを語りかけます(あまり正確には再現できませんが・・・)。
 「皆さん、あっしから戦術を学ぼうとは思わんで下さい。刻々と戦況が変わる戦場で、人から習った戦術など役に立ちません。自ら戦術を組み立てられる能力が必要なのです。そのためには、多くの実戦にあたり、自らその中からどの場合にも変わらない本質を導き出すことです。
 真之自身はいつも過去の実戦の戦術論集に読み耽っており、講義は実戦を想定した演習形式で行われ、それぞれのとった戦術の根拠を議論させ、そこで真之の考え方を披露していきます。
 これって、知財マネジメント、知財戦略(戦術)にも全く同じことが言えるなぁと。どこかに体系的なマニュアルが用意されているものではなく、多くの事例にあたり、そこから自ら本質を見出していくしか、実践的な力を身に付ける方法はない。そして根拠にするべきものは空想の世界ではなく、現実に起こっていること、事実そのものでなければならない。
 そういう意味で、中小企業の経営者の方々からいろいろなお話を伺っていると、自分がいかにわかっていないかということによく気づかされます。
 例えば、知財権によって自らの得意とする技術に参入障壁を築き、競合を排除することが望ましい。これは当たり前の理屈のように聞こえるけれども、本当にそうなのか。これは部品メーカーや素材メーカーでよく聞く話ですが、本当に1社しか供給できない状態なんかになったら、商品は売れなくなってしまいますよ、と。部品や素材を仕入れる側からすると、安定的な供給を確保するために多くの場合は1社からの購買を避けたがるからです。だから、同業者にも技術供与をして複数の供給ルートを作るか、あるいはある程度の代替品の存在は許容していかなければ現実のビジネスはうまくいかない。それなのに、部品メーカーや素材メーカーの経営者に「特許をとって市場を独占することが大事です」なんて言っても、それはリアリティのある話ではないわけです。
 また、加工技術を得意とするメーカーが、技術を公開したくないから特許を出さない、というのはよくある話です。そういう会社に対して「知的資産経営」などを持ち出して、「それでもノウハウを見える化して自らの強みを知ることが、技術の伝承、ステークホルダーとの関係強化に有益です。」なんて尤もらしく説明したとします(実話ですが)。すると、ある社長曰く「会社がうまく回っているときに社員にそんな面倒なことをさせたら、却って会社がおかしくなってしまいますよ。そういうのは、問題を抱えている会社が考える問題であって、うちには必要ありません。」、とのこと。いわゆる‘ケミストリー’というやつですが、その頃合いをはかるのがまさに経営センスってところです。

 多くの経営者の方の話を伺えば伺うほど感じるのですが、知財戦略の支援(さらには知財コンサル)なんていいながら、支援者(コンサルタント)たるものが、これは自分も含めて一体どこまで理解できているのかと。確かに、それを謳うからには知財制度、知財実務に関する知識は当然に身に付けているはず。でも、その知識があることで「知財がわかっている」なんて勘違いしてはいけない。それと「知財を経営にどう活かすか」って話は全く別で、そこは「あっしから学ぼうとは思わんでください」の世界であり、できるだけ多くの実例に触れてそこから本質を読み取ることをやっていかなければならない。支援とかコンサルとかいうならば、まずは現場の話を聞かせてください(それで足りない部分は‘実例’を記した文献になるべくたくさん当たって自分で考える)、一緒に考えていきましょう(それで足りない部分は現実の事案に自分だったらどう対処するかを考えて他人と議論する)、そういうところの足腰を固めるところから始めなければならない、と改めて思う次第です。

※ Twitter上に本エントリへの批判が出ているようですが、どうも最終文の趣旨が誤解されているようなのでちょっとばかり追記を。
既に業として‘コンサル’を謳って営業に乗り込むなら「話を聞かせてくれ」なんてスタンスでは間が抜けていて、‘コンサル’のプロであるならば可能な限りの情報を収集して仮説を準備し、具体的な提案まで持ち込まないと商売にならないのは当たり前のことです。ですが、そのレベルに達するためには、もっと現場を通した本質の理解から積み上げる必要があると。庁の支援事業にせよ、弁理士会のなんとか委員会にせよ、制度や実務に通じているから自分たちは‘わかっている’という前提でスタートしてしまう傾向があるように思うのですが、すぐに支援だ啓発だコンサルだと動こうとする前に、もっと世の中にある現実の情報を収集・分析し、本質を理解することから始める(あるいは並行して進める)ことが必要なのでは、というのが私の考えです。そういう意味では、業としてみればまだこの領域は事業化前の段階、というのが現実かと思います。


秋山真之戦術論集
クリエーター情報なし
中央公論新社

きたえた明細書は、強い。

2010-12-03 | 知財業界
 一昨日の続きですが、もう一つビジョンについて「グロービスMBA事業開発マネジメント」から。
やりたいこと、②求められていること、③できること
高い次元で融合させると、良いビジョンが生まれやすいとのことです。

 これを読んでいて思い出したのが、少し前ですが、ちょっとウルッときてしまったANAの「きたえた翼は、強い。」のCMです(で、このブログも飛行機が飛ぶ仕掛けにしてみたわけですが)。多くのお客様を乗せて空を飛び、世界中の人と人、仕事と仕事を結びつけたいという「やりたいこと」、その事業は多くのお客様が応援してくださる「求められていること」であること、そして様々な困難・苦労を乗り越えてきた、つまり「できること」をやり続けてきたということ、それが高次元で融合されたメッセージとして伝わってくるわけです。さらに、「この厳しい時代に立ち向かう一人ひとりの、いっそう頼もしい味方でありたい」というメッセージには、あぁこういう時代にこそ、自分が厳しくても顧客の厳しさに気を配れないといけないのだなぁ、と気づかされた次第です(冷静に考えてみると、今年度から機内に新聞はなくなったしコーヒーも有料になって、ちょっと頼りない味方になっとんのちゃうか、なんてところもありますが・・・)。
 やっぱり、社会にその存在感を示していくためには、自分がやりたいこと、今の仕事を始めた想いは明確に語ったほうがよい。けれども、それが独りよがりのものや、自分のスキルではできもしない夢物語になっていないか。あるいは、融合はしていても低い次元にまとまってしまっていないか。

 クライアントの想いが込められた知的財産に形をつけ、それが多くの顧客に届けられる橋渡しをしたい。
 この厳しい時代の中でも新しい事業に取り組む企業の、いっそう頼もしい味方でありたい。



 「きたえた明細書は、強い。」のCMでも作りますか(笑)。

グロービスMBA事業開発マネジメント
グロービス経営大学院 編著
ダイヤモンド社

見て感じること

2010-12-01 | その他
 本日は「7つの知財力」や「ココがポイント!知財戦略コンサルティング」で紹介させていただいた㈱エルムさんの新社屋落成・30周年記念式典に出席させていただきました。

 ところで、往きの飛行機の中で読んでいた「グロービスMBA事業開発マネジメント」に、こんなことが書いてありました。
 新事業を立上げ、成長させるにはビジョンが大切である。なぜならば、魅力的なビジョンは従業員、取引先、顧客を惹き付けるからだ、と。あまりビジョン、ビジョンと言われると、ビジョンだけでモノが売れますか、なんて言いたくなることもあったりしますが、そうやって説明されると確かにその通りかもしれません。
 などと思っていたら、本日の宮原社長のご挨拶の冒頭から「・・・良き社員、良きパートナー、良きお客様に恵まれ・・・」(正確ではないかもしれませんがそういったニュアンス)とのお話がありました。やっぱりビジョンは大切だ。以前に社長へのインタビューで「下請けをしない」「一流の技術者が一流の仕事をする場を鹿児島に作る」「鹿児島から世界を相手に仕事をする」のが創業から考えている夢だと語っていただきましたが、このビジョンがまさに人を惹き付けているのだなぁと。

 それともう一つ「グロービスMBA事業開発マネジメント」から。
 ビジョンはイメージ化することが有効である。なぜならば、イメージの特徴は包含し得る情報量の豊富さにあり、文字では伝えきれない情報まで表現し得るものだから、ということだそうです。
 これもまた宮原社長のご挨拶の中に、こんなお話がありました。エルムさんの本社は鹿児島から車でも小1時間はかかる薩摩半島でも先のほうに近い場所にあるのですが、どうして鹿児島市内や福岡、東京に拠点を移さないのか、ということをよく訊ねられるそうです(すみません、2年前に私もその質問をさせていただきました)。
「それにどう答えるかを考えるよりも、そういう質問をされないような社屋を建てようと思いました。どうでしょうか、この新社屋でおわかりいただけるのではないでしょうか?」
 小高い丘の上にある新社屋の社員食堂からは、吹上海浜公園などの木々の向こうに広く東シナ海が見渡せる、まさに絶景が広がっています(因みに、この地域の歴史的な位置付けを知ると、この景色のもつ重みをもっと感じずにはいられません)。さらに建物には、旧社屋から面積が2倍になった中で消費電力を80%に抑えるという目標の下、同社製品のLED電球や自社設計の地熱を活かした空調システム(夏場のエアコンの廃熱で地面を暖めそれを冬場の暖房に利用するという凄物)など、独自で最先端の環境対応技術が導入されています。これはイメージどころか、3Dでエルムさんがどういう会社かが伝わってきます。

 うーん、あれこれ理屈を頭に叩き込むだけでなく、見て感じることはとても大切だと改めて感じた一日でした。