経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

「休眠特許の活用」は知的財産推進計画2015の柱ではない。

2015-06-23 | 知財一般
 先週金曜日に、知的財産推進計画2015が決定されました
 この決定について、次のような報道がされています。

「知的財産推進計画」決定 休眠特許の活用が柱(NHK)
 ・・・特許などの知的財産を地方でのビジネスの創出や拡大に結びつけることが重要だと指摘しています。
 そして、▽大企業や大学などが保有しているものの使われていない、いわゆる「休眠特許」を中小企業が活用できる新たな仕組みを作るとともに、▽都市部の専門家を地方に配置し、中小企業が知的財産を活用できるようにするための支援体制を強化するとしています。・・・


大企業などの特許、地方中小の活用後押し 政府が推進計画(日本経済新聞)
 ・・・各地の自治体などに企業経営の経験者らを配置し、大企業や大学などが使わない「休眠特許」の中小企業の活用を促す。自治体や中小企業支援団体は、専門家の配置に財政的な支援を行う。
 国内では現在、登録されている特許全体の半分に当たる約70万件が利用されていない。保有する特許の実施率を見ると、中小企業の66%に比べ、大企業は35%と低い。・・・


 この計画策定のために設けられた「地方における知財活用の促進」タスクフォースに出席していたこともあり、少しでも誤解を解消できればということで書いておきますが(NHKや日経の報道に対して焼け石に水もいいところですが...)、知的財産推進計画2015の重点3本柱の1つである「地方における知財活用の促進」において、「休眠特許の活用」は柱にはなっていません。知的財産推進計画2015の本文を読んでいただければわかるとおり、「休眠特許」という概念すらどこにも出てこず、これらの報道は誤解に基づくものです。
 知的財産推進計画2015の5p.~6p.には、「大企業が保有する知的財産を中小企業に開放し、それを活用して中小企業の新たな事業の創出につなげていく『知財ビジネスマッチング』」が紹介され、8p.には「大企業の知財活用については、知財活用途上型の中小企業が次なる一歩を踏み出すために必要な気付きと知恵を与えてくれる機会になることに鑑み、大企業が知的財産を開放して産産連携に積極的に参加するよう後押しをするなどの支援基盤の整備が求められる」と書かれていますが、ここに明らかにされているのは、大企業に特許技術の開放を促して、中小企業の知財活用を加速させようという問題意識です。その特許技術が「休眠」しているかどうかは問題ではありません。「開放」されているかどうかです。実際、知財ビジネスマッチングで先行している川崎市や近畿経済産業局の取組みでも、休眠していない、他でも利用されている特許技術の活用事例が多いと聞いています。
 あくまで政策的な目標は、「地方創生の観点からも、地域中小企業がその持てる力を発揮するため、知的財産を創造し、活用していくサイクルを再構築していくこと」にあり、主役となるのは地域の中小企業です。以前から日経は「大企業の特許実施率が低い→休眠特許を活用すべし」といった文脈が好きなようで、知的財産推進計画には全く書いていないことを思い込みで記事にしていますが、大企業の遊休資産活用が政策的なテーマというわけではないので、中小企業に「休眠特許の活用」を促す理由はありません。中小企業の立場から見ると、大企業の特許技術の活用は、多くの場合は開発プロセスのショートカットや信用力の強化、PR効果に期待したいわけであって、実用レベルにあるかどうかが明らかでない「休眠特許」より、すでに他でも利用されている特許技術のほうが導入しやすいはずです。そのあたりはちゃんと議論した上で、今回の知的財産推進計画が作成されていることをご理解いただけると有難いです。

 なお、「地方における知財活用の促進」のテーマで議論された中小企業の知財活用については、これまでは画一的に論じられることが多かった中小企業を、知財活用の状況から「知財活用挑戦型」(グローバルニッチトップのような先進的な知財活用企業)と「知財活用途上型」(下請け型など知財権取得の必要性が生じにくかった企業)の2つのタイプに区分し、施策の方向性を分けて検討していることが今回の大きな特徴です。前者については、これまでも検討されてきたような先進的な知財戦略をサポートする施策が、後者については様々な方法で意識啓発の機会を設ける施策が必要であり、大企業が開放している特許技術を導入して新規事業に取り組む「知財ビジネスマッチング」は、後者の施策の一つという位置付けになります。

<参考エントリ> 活かすべきは「休眠特許」ではなく「開放特許」

「中小・ベンチャー企業の知的財産活動に対する支援と課題」の一部をご紹介

2015-06-18 | 知財一般
 先週の話になりますが、6月10日・11日の特許ニュースに、座談会「中小・ベンチャー企業の知的財産活動に対する支援と課題」が掲載されました。
 元キヤノンの丸島先生、弁護士の林先生、特許庁普及支援課長の松下様と、中小企業向けの支援施策を中心にしながらも、約3時間の議論では知財に直接関係しないテーマにも話題が広がりました。断片的になってしまいますが、以下に私の発言の一部を紹介させていただきます。

<中小企業支援施策について>
施策を論ずるときには「中小企業」を全部一まとめにしてしまっていることが多いですが、その中には世界最先端の商品を持って、いわゆるグローバル・ニッチトップで、世界トップシェアを巡って争っているような中小企業もある。こういう中小企業に対しては、先端の知財戦略とかマネジメント・システムを提供してサポートをしていくという支援が必要なのはそのとおりです。
 しかし、世の中の大半の中小企業はそうではないです。下請けでずっと仕事をしているけれども親会社が海外に行ってしまってどうしようとか、特にこれといった特徴はないけど地域で地道に仕事を引き受けて成り立っているとか・・・そういう会社に、オープン・クローズ戦略とか、海外での模倣対策とか言っても、ほとんどの会社はピンとこないです。
 ですから、世界で戦っていくグローバル・ニッチトップになるような中小企業と、地道な仕事で地域経済を支えているような中小企業は分けて議論しなきゃいけないと思うのです。


※ 以前に「地域密着型中小企業の広義の知財活用促進について」のエントリにも書いたとおり、グローバルニッチトップ型の中小企業のみを念頭に置いて、知財活用→競合他社を排除→積極的な知財権行使、と直線的に決めつけるのではなく、中小企業の多様性を考慮した施策が必要と思います。

<米国とのベンチャー投資環境の相違について>
私も4年ほど投資を担当しましたけれども、ベンチャーキャピタル側からしてみると、買ってくれる人がいないベンチャーの株に投資しても商売が成り立たないわけです。日本もアメリカみたいにベンチャーに思い切ってお金を出せるようにするためには、ベンチャーが大事だと言う人は、他人事みたいに言ってないで、マザーズやジャスダックに上場しているベンチャー企業の株を買ってください。買ってくれる人たちがいれば、ベンチャーキャピタルだって売れるものは仕込む、つまりベンチャー企業に積極的に投資するようになります。

※ ベンチャーファイナンスの経験を踏まえての持論なのですが、ベンチャーを知るには自ら投資してみるのが一番。上場企業の中にも「ベンチャー」はたくさん存在しています。

<金融機関と連携した知財支援について>
どうしても我々は知財の方にいるから、知財があるのだから銀行も理解してよ、という流れで話をしているのですけれども、銀行には銀行の立場があるわけですから、何で知財を見るのよ、見てどんなメリットがあるのよと、彼らのしたいことを考えることも大事だと思うのです。
 いま銀行は何がやりたいかと言ったら・・・顧客との関係強化に知財がうまく使えるというのを示せば、彼らにしてみれば使う意味が出てくる。


※ このテーマに限った話ではありませんが、一方のニーズや社会的意義だけで物事はなかなか動きません。知財と金融の融合を実現するためには、金融側のニーズにもどらだけ応えられるかがキーになると思います。

<行政へのお願い>
この業界にも勉強したことを現場で活かす機会が不足していてうずうずしている若い人がいると思うので、その人たちが実際に企業に接して・・・機会を、行政として作っていっていただければと思います。これは乱暴な言い方ですけれども、支援メニューのこれがいい、あれがいいというのは実はそんなに大きな問題じゃなくて、いろんな人が現場の経験を積めるようなきっかけを行政の方が作ってくだされば、そこで人が育っていけば、それが一番効果として大きいのじゃないかなというふうに思っています。

※ 中小企業の多様性を理解することは重要ですが、だからといってそれぞれの性質やニーズに応じた支援メニューを設けるといっても限界があることは否めません。結局のところ、その隙間は人の力で埋めていくしかないので、支援メニュー以上に人材が鍵になるのではないでしょうか。

知財と融資の相性

2015-06-02 | 知的財産と金融
 特許庁が進めている知財金融促進事業について、次のような記事が掲載されていました。
 【生かせ!知財ビジネス】特許庁・知財金融促進事業(下) 迫られる業務・システムの転換
 この事業は調査会社が作成した中小企業への融資審査等に活用する「知財ビジネス評価書」を金融機関に提供するというものですが、記事ではその課題について次のように述べられています。
「課題になるのは評価書の作成コスト。事業関係者の話では1件20万~30万円前後。調査機関関係者からは『手間がかかる割に安い』との声も出ているが、1,000万円の融資なら金利2、3%にも相当する。」
 知財と融資の相性を考えた場合、一番の問題はこのコストではないかと考えています。

 何度か話題になっては消えということを繰り返してきた知財担保融資について、その課題を「価値評価が難しい」だけで片付けられてしまうことが多いですが、特に中小企業向けの融資に知財担保融資を活用することを考えた場合、より本質的な問題は評価コストにあります。仮に精度の高い価値評価手法が確立されたとしても、その評価コストが融資の利鞘に収まるものでなければ、経済合理性から考えてその活用が進むはずがありません。「知財ビジネス評価書」についても本質は同じで、記事にも述べられているように、現在は公的事業なので無料ですが、民間ベースで自立的に取組むことを想定した場合には、評価書の作成コストが大きな問題になるはずです。
 銀行等の融資業務は、貸出金利と調達金利の差である預貸金利鞘によって成り立っています。この利鞘がどれくらいかというと、全銀協の昨年度中間決算の統計では0.33%となっています。この数字には利鞘をとりにくい大企業向けの融資も含まれているので、中小企業向けに限ればもう少し高くなるとは思いますが、先の記事の「1,000万円の融資なら金利2、3%にも相当」というのは、1,000万円の融資によって銀行が1年間に得られる利益の10倍近くに相当する、という計算になるのです。
 金利2、3%という計算は年利で換算しているので、1件の評価書で2年間融資を継続すれば半分に低下することになりますが、それでもこういった評価書を外部に依頼すれば銀行の利益が全て吹っ飛んでしまうことになるのは明らかです。
 記事にはフォーマットの共有等によってコストを下げる方向性が示されていますが、知財の分析・評価は個別性の高いものであり、その低減効果には限界があるでしょう。しかも、これで融資審査の全てが完結するわけではなく、提供される情報はあくまで融資判断に用いる情報の一部です。

 これはなにも今回の「知財ビジネス評価書」に限ったことではありません。前述のとおり知財担保融資にも共通する課題です。知的資産経営報告書についても、あまり普及が進まないのは同様の理由が大きいのではないでしょうか。
 さらに、中小企業向けの新たな融資手法として知財担保等以上に期待されてきたABLですら、特に在庫担保融資はほとんど広がりを見せていない状況にありますが、これも在庫の把握や評価にかかるコストが融資の利鞘ではとてもカバーできないことが、普及の大きな障害になっているそうです。
 こうした構造的な課題になんらかの道筋をつけておかないと、評価書の質の向上やその意義を解くことに努めるだけでは、技術に走って顧客ニーズと乖離...というどこかで聞いたことがあるような話になってしまいかねません。

 こうした課題をクリアする方向性として考えられるのは、
(1) 融資のロットを増やす
(2) 貸出先(顧客)に負担してもらう
(3) 外部に評価を依頼するのではなく銀行内部で評価を行う
(4) 利鞘以外の付加価値を見出す
といったところですが(市場金利が上昇すれば利鞘も拡大しやすいので金利が上昇するまで待つ、なんてことも考えられなくはないですが...)、中小企業向け融資を前提とする限り、(1)には限界があります。(2)についても、貸出先側で融資を受けた資金でどのくらいの利益を生めるかを考えた場合(1,000万円の融資なら1,000万円に対して20~30万円が高いかどうかではなく、1,000万円の資金を投下して得られる利益に対して20~30万円が高いかどうかを考える必要があります)、日本企業のROA(総資本利益率)の平均値が数%の水準で推移していることを考えると、調達資金の2-3%が極めて重い負担となることは否めません。そうすると、将来の方向性としては(3)か(4)しか考えにくいことになります。
 結局のところ、個別性・専門性が高くて調査や分析にコストがかかる知財と、限られた利鞘で実行しなければならない融資、特にロットが比較的小さく利幅の絶対額が少ない中小企業向けの融資は、本質的にあまり相性が良くありません。一方で、中小企業との幅広いネットワークを持ち、その実情もよく把握している地域金融機関は、中小企業が知財活動で経営基盤の強化に取り組むきっかけを与える役割の担い手として適任でもあり、「融資」に限定するのではなく、「知財と地域金融機関」であれば相性は悪くないはずです。
 つまり、中小企業の知財活動の強化における地域金融機関の役割というテーマでは、どうしても「金融機関=融資」と結びつけてしまいがちですが、「融資」の呪縛から離れて考えてみることも必要なのではないでしょうか。
 外部の専門家が高度な分析をして融資判断に活用するレポートを提供するという将来像ではなく、銀行内部で使える簡易化された知財のチェックモデルを開発して、中小企業との対話の材料や経営支援の切り口の多様化に活かす、といったところに目標を定めるのがより現実的ではないか、というのが地域金融機関の知財への関わり方の将来像に関する私見です。