経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

「知的財産経営プランニングブック」公開のお知らせ

2011-06-30 | お知らせ
 このブログでも何度か予告していましたが、昨年度の地域中小企業知的財産戦略支援事業でとりまとめた「知的財産経営プランニングブック」が特許庁のホームページで公開されました。知的財産制度や細かなハウツーを解説するのではなく、中小企業の知財活動を支援する際の基本設計というか、大きな流れを中心にまとめたものですが、全体の構成は次のようになっています。
  Ⅰ はじめに
  Ⅱ 知的財産経営を定着させるために
  Ⅲ 支援の進め方1 ~現状を把握する~
  Ⅳ 支援の進め方2 ~知的財産活動の目的・位置づけを設定する~
  Ⅴ 支援の進め方3 ~知的財産活動を実践する仕組みを構築する~
  Ⅵ 支援の進め方4 ~知的財産活動に必要な知識~
  Ⅶ 支援人材の探し方
 各社の経営課題を把握して、知的財産活動の目的、仕組みをどのように設計していくかという流れに沿って、各章の位置づけは23p.の図表12に示しています。私は全体のとりまとめとあわせて、主に第Ⅱ章、第Ⅳ章の執筆を担当しました。まだまだブラッシュアップが必要な箇所は沢山ありますが(今年度初めてトライした「問診セット」など)、この事業で7年間やってきたこと(第Ⅰ章で鮫島委員長に本事業の経緯と思想をまとめていただきました)の現時点での集大成でもありますので、この分野に興味のある方には是非ご一読をいただけると幸いです。
 尚、知財活動を成果に結び付けている中小企業の事例もコラム形式で数多く織り込んでいますが、私がヒアリングに伺った会社についての補足情報は、追って「経営に効く7つの知財力」のFacebookページに書いていこうかと考えています。
 以上、本日は取急ぎのお知らせでした。

職場環境はブランドか?

2011-06-25 | 新聞・雑誌記事を読む
 日経ビジネスから気になった記事を1つ。「敗軍の将、兵を語る」を読んで初めて知ったのですが、「千円札は拾うな。」で知られるワイキューブが3月末に民事再生法の適用を申請していたそうです。他人の失敗を後付けであれこれ批評するのは悪趣味なので好きではありませんが、最近自分がよく考えることとの関係で、どうしても気になる点がありました。
 このコーナーは「敗軍の将」本人が失敗の原因を振り返って書かれた(語られた?)ものなのですが、ワイキューブの失敗の主因は、「借りられるだけお金は借りろ」「無駄金を使え!」というポリシーに基づいた無謀な借入れにあったとのことです。こうやって書くといかにも浮ついた放漫経営という感じですが、ただ意味もなくお金を使っていたわけではなく、優秀な人材の確保→快適な職場環境の提供→優秀な人材が能力を発揮→業績拡大、というシナリオを描いていて、世間から注目を集めるようなオフィスや福利厚生の充実(ビリヤード台のある社員専用バー、社内にパティシエが常駐etc.)に思い切って投資をしたとのことです。
 安田社長はこうした支出について「・・・会社のブランド力向上のためにどんどん投資しました。」と説明されているのですが、ここがどうしても気になる部分です。ここで言う「ブランド力」というのは何なのだろうかと。本来、ブランド力というのは企業の提供する商品やサービス、あるいは企業そのものが顧客を惹きつける力であり、顧客を惹きつけられるからこそ、ブランド力の向上は企業の収益、競争力にプラスになるものなのではないか。あの会社はオフィスがカッコいいし、福利厚生が充実していていいなぁとかいうことは、企業のイメージアップにつながることはあるかもしれないけれども、顧客と企業を結ぶラインには直接関係ない。何となくカッコいいことをひっくるめて「ブランド」と誤解してしまうことは恐ろしい、ブランドというのは顧客と企業との結びつきであるということをよく心しておくべし、なんて思う次第です。
 また、最近「会社の体温を上げる」という表現をよく使っているのですが、このケースに当てはめてみて、オフィスがカッコいいことやバーがあることは会社の体温を上げることにつながるのであろうか。会社の体温を上げる、つまり社員の当事者意識が高まり活動が活発化する動機付けとなるのは、やはり仕事の中味そのものでであって、職場環境は「体温を上げる」という点に関しては副次的なものであるはずです。仕事に誇りがあるからこそオフィス環境の良さもよい仕事を引き出すインフラになるというか、体温を上げる着火剤になるのは仕事の内容や企業の理念であって、環境を整えるということは温度を下げない保温材みたいな位置づけではないかと。そういう意味で、この記事は保温材の話ばかりで着火剤が何であったのかが語られていない。「体温を上げる」という視点からは、そこがとても気になりました。

<お知らせ>
以下のFacebookページを開設しました。
・ 拙著「経営に効く7つの知財力」のFacebookページです。
・ パートナーとして参加している日本IT特許組合のFacebookページです。

ニッポンの底力

2011-06-13 | 知財一般
 あっという間に2週間も経ってしまいましたが、先月の26~27日にベトナム・ホーチミンシティで開催された日本-ASEAN知財協力事業のワークショップに参加してきました。これまでにも日本の特許庁からは、ASEAN諸国の特許制度等の整備に様々な協力を行っていますが、今回のワークショップは知的財産制度をいかに中小企業振興に役立てるかというところにスポットを当て、ASEAN諸国からは知財庁・中小企業庁・商工会等の中小企業団体から各1名が出席して情報交換をするというものです。日本側からは、知財面における中小企業支援策を説明するとともに、知的財産制度を有効に活用している中小企業の事例を紹介しましたが、事例紹介のセッションをエルムの宮原社長とご一緒に担当させていただきました。
 今回データを見て初めて知ったのですが、ASEAN各国の特許出願の状況をみるとどの国も殆どが外国企業の出願で、ASEAN主要国ですら国内企業の年間の出願件数は数百件~1,000件強しかないそうです。因みに、日本では中小企業だけでも年間3~4万件の特許出願がありますから、その差は歴然です。勿論、特許制度を整備することによって外国資本による投資が促進され、各国経済の成長にプラスになることに大きな意味があるわけですが、こと現地資本の企業の育成という点に関しては、とても特許制度が活かされている状況とは言えそうもありません。知財関係者より中小企業関係者のほうが多かったということもありますが、各国のプレゼンからも中小企業振興という目的意識が強く感じられるました。
 それにしても、こうした数字の違いを改めて見てみると、日本という国がかなり特異であることに気付かされます。JETROの方のお話によると、アジア諸国の政策担当者等が、日本全国に張り巡らされた知財の相談窓口と相談に対応できる人材の数によく驚いているそうですが、考えてみると、その相談窓口を訪れる中小企業が全国に存在し、年間3~4万件もの新しいアイデアが創出されているというのは凄い話です。アジアで強烈な存在感を示している韓国でも、おそらくこういった厚みは存在しないでしょう。昨今、日本経済というと暗い話ばかりですが、このように独自の技術を持って地域で頑張っている企業が数多く存在しているということ、究極の分散系というか、全国アメーバ経営というか、こういったユニークな中小企業の層の厚さこそが日本の特徴であり強みなのではないでしょうか。産学連携・大学発ベンチャーとか、シリコンバレーモデルとか、異文化のよい部分を取り入れることも大切ですが、地域の中小企業の強みを磨くという成長モデルを忘れてはいけません。また、ASEAN諸国等への国際協力についても、知的財産制度の整備の次には、知的財産制度を絡めた中小企業振興というメニューを提供していける可能性があるのではないでしょうか。
 もう一つ感じたことは、ASEAN諸国では「知的財産=ブランド」というイメージが強いということです。どの国でも、商標の出願件数が特許を相当上回っている他、ベトナム地元企業のプレゼンもいかにブランドを認知させるかというテーマを意識したものでした。確かに、現在の各国の状況だと、国内での売上を伸ばしていくためには、技術に裏付けられた機能の差異というより、多くの人に知ってもらうことが成功要因となるような印象です。ASEAN諸国での知財のあり方を考える際には、このあたりの感覚の違いも意識しておいたほうがよさそうです。

会社の体温を上げる

2011-06-01 | 企業経営と知的財産
 前回に続き、特許庁の中小企業向けの知的財産戦略支援プロジェクトの関係で多くの中小企業を回っていて、共通点として気付いたことをもう一つ。独自の製品やサービスで確かな存在感を示している中小企業を訪問すると、会社の活気というか、社員の方々の‘熱さ’が感じられるということです。例えば、我々が訪問した際に、受付だけでなく多くの社員の皆さんが立上って「いらっしゃいませ」と迎えてくださる。こうしたケースが少なくなかったのですが、得意先でもない訪問者であっても、社長を訪ねてくる人達を「会社への来客」として迎える気持ちが浸透しているのでしょう。会社のことを我がこととして捉える、当事者意識が浸透していることは、まさに会社の強さに結びついているのではないかと思います。

 かなり前の話になりますが、ニュース番組か何かで日本電産の永守社長へのインタビューが放送されていました。日本電産が買収する会社は、どうして短期間で赤字から黒字に転換することができるのか。この問いに対して、次のように答えておられました。
「それは、社員の意識を変えることです。私は、赤字で社員にやる気がなく、工場もオフィスも汚れっぱなしの会社をみるとウキウキします。そうした社員に目標を持たせ、やる気を引き出すことができれば、購買担当の社員は1円でも安く仕入れようとする。営業担当の社員は1円でも多く販売を伸ばそうとする。こうした個々人の努力によるコストの削減、売上の増加を積み重ねていけば、赤字の会社だって黒字にすることができるんです。その意識付けをするのが経営者の仕事。だから、同じ赤字であっても、工場がきれいに掃除されていて、社員のやる気も十分といった会社であれば、私が経営したって黒字にすることはできないんですよ。」(実際は関西弁やったと思いますが…)
 この話からもわかるように、組織の本当の強さというのは、メンバーの当事者意識というか、活力というか、会社の体温の高さみたいなところにあるのだと思います。技術力だ、ブランド力だ、戦略だ、ビジネスモデルだといっても、それらを生み出すのは人間の力だし、会社の置かれている環境は常に変化していくから、技術力・ブランド力云々の強みだって常に変化に適応していかなければいけません。その原動力となるのが社員の熱さであり、会社の体温として表れるのでしょう。

 以前のエントリで、
「知的財産権を保有する企業は、成長性が高く、倒産しにくい」 というデータに対して、それは、
「知的財産権を保有すれば、成長しやすく、倒産しにくくなる」 ということではなく、
「新しいことにチャレンジする活気がある会社は成長性が高く、そういう会社であれば新しいチャレンジから知的財産権を保有する機会も多くなる」
「時代の変化に柔軟に対応できる会社は倒産しにくく、そういう会社であれば変化の過程で知的財産権を保有する機会も多くなる」
ということなのではないか、ということを書きました。だから、
「知的財産権を取得すると収益が向上しますよ」 ではなく、
知的財産権を取得するネタがたくさん出てくるような活気のある企業体質を作っていきましょう」 という、
そういった提案のほうが本当の意味で強い会社を作ることに結びつくのではないか。つまり、
知財活動を通じて会社の体温を上げていきましょう」 ということです。
私が毎年注目している中国電力さんの知的財産報告書からは、まさにこういう方向を志向されていることが感じられます。昨年訪問したある資材メーカーでは、「特許でもライバルに勝つことは我々が最先端であることを証明することでもあり、それは現場の士気にかかわることだ」といったお話がありました。短期的に多少の金銭を得ることができたとしても、会社の体温を下げるような知財活動では‘体質’の強化にはつながりません。ここは、本当の意味で会社の競争力強化に結びつけるという観点から、しっかり頭に置いておきたい部分ではないでしょうか。

<お知らせ>
 拙著「経営に効く7つの知財力」のFacebookページを開設しました。
 企業の競争力と知的財産の関係について、私の考え方をまとめてみましたので、よろしければそちらもご覧ください。
企業の競争力強化と知財マネジメント