経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

久々に爽快な記事

2010-06-29 | 新聞・雑誌記事を読む
 今週の日経ビジネスに掲載されている‘日本一楽しい職場’の特集、久々に爽快感の残るいい記事を読みました。知財とは全く関係はないのですが、「こういう風に働けるのはいいなぁ」と、ちょっとばかり感動系です。

 知財の仕事って、紙と向き合う無機的な作業が多かったり、権利がぶつかり合うと争わざるをえない場面があったり、その他にも諸々あって、そういうことが好きでもない限りは、なかなか「楽しく」は働きにくい性質のものであると思います。そうした中で最近よく考えるのが、そういう知財の仕事というのが、経済社会にとってどういう意味をもっているのだろうか、ということです。これは、企業にとって知財活動に取り組む意味ということではなく、一人の職業人として経済社会にどういう影響を与えているのかという意味でです。その部分で、自分の仕事が経済社会の発展や調和にプラスにはたらいている、という定義付けができていないと、どうしても荒んでしまうし、心底「楽しい」とは感じられないと思うからです。
 そんなこともあって、先日のエントリでは、知財の仕事の本質を「知的財産に込められた企業の思いを顧客に確実に届けること、企業理念を顧客に届けるルートを整えること」って定義してみたのですが、どういう動機付けで取り組んでいるかということは周囲の空気を作り出していくし、知財の仕事を担う組織や個人のミッションを再確認することも、結構重要だったりするのではないでしょうか。

静的な知財権の効果ではなく、動的な知財活動の効果

2010-06-25 | 7つの知財力
 前回のエントリで‘中小企業の実態’としてなすび様にいただいたコメントですが、まさに私自身もここ数年来意識的に考えてきているのはこの部分(=各々の企業にとっての知財活動の目的・位置づけを詰めて考えているか)です。
 この部分にフォーカスする理由の一つは、コメントでご指摘いただいたような「特許は重要!経営の武器になる!」という根拠の不明確な一般論がいまだに幅をきかせている事実がある、ということです。
 もう一つは、私自身が従来より「特許は参入障壁として用いる道具であり、その道具を効果的に使って価格決定力を強化するのが『経営に資する知財戦略』だ」といった原則論を主張してきたのですが、こうした原則論が適用できるケースはかなり限定されており、この原則論だけでは事実上説得力をもたない、ということです。

 こうした問題意識に対して、今の時点での個人的な整理は以下のとおりです。
 まず、知財活動の目的・位置づけについては、知的財産権が独占権であるといった法律論ではなく、実際に知財活動が経営に有効に機能している企業の事例、事実から積上げていく必要があります(でないと、リアルな経済社会で戦っている経営者には何の説得力ももちません)。
 そして、その積上げた事実から、知財活動の役割を整理することが必要です。その際には、知財権という成果物だけを静的に捉えるのではなく、知財活動という動的な活動の果たす役割から、もう一度知財活動のもつ意味を整理してみるべきと考えます。

 知財活動を動的に捉えなおしてみると、大きく2つの工程に分けることができます。
 一つは、特許を出願するにせよ、営業秘密を管理するにせよ、曖昧な状態にある知的財産を文章化等することによって明確に切り出すという第1の工程です(図の①)。
 もう一つは、切り出した知的財産に認められる法律的な効力を活かして、外部に何らかのはたらきかけを行うという第2の工程です(図の②)。

 知財活動がどのように役に立つかというと、特許権等の知的財産権の排他的効力を活かして、参入障壁としてはたらかせることで他者を市場から排除して自社のポジションを有利にする、と説明されることが多くなっています。もちろん、こうした典型的なパターンもあり得るのですが、これは第2の工程の活かし方の一部に過ぎません。
 では、知財活動には、他にどのような経営上の成果が期待できるのでしょうか。

 第1の工程で考えられるのは、(私の知っている事例から積上げた限りでは)次の3つの効果です。
(1) 知的財産の見える化
 対象を特定し、他の技術と対比する過程で、自社のもつ技術を客観的に把握できるということです。受注生産型→提案型への転換を進める際に、提案のベースとなる技術を客観的に把握するのに有益な場合があると考えられます。
(2) 知的財産の財産化
 企業内に生まれた知的財産がそのままの状態だ誰のものなのかが明らかではありませんが(∴人材とともに知的財産が流出するおそれがある)、企業の名義で特許を出願したり企業の営業秘密として管理することによって、企業の財産であることが明確になります。
(3) 創意工夫の促進・社内の活性化
 知的財産を明確化する過程で、それが誰の成果であるのかが明らかになり、創意工夫を促進し、ヤル気を引き出す仕組みとして活用することが考えられます。

 第2の工程で考えられるのは、(私の知っている事例から積上げた限りでは)次の4つ(第1の工程とあわせて計7つ)の効果です。
(4) 競合者間における競争力を強化する
 これが先ほど説明した参入障壁を効かせる典型的なケースです。
(5) 取引者間における主導権を確保する
 簡単には説明しにくいのですが、知的財産権の排他的効力を、競合者=横の力関係ではなく、取引者=縦の力関係に活かす、取引のコアになる技術等に関する権利を自社の側で抑えることによって、価格交渉等のイニシアチブを握ろうというケースが該当します。
(6) 自社の強みを外部に伝える
 自社の強みをPRするのに、当社だけの技術というより特許権者というほうが客観的な説得力がある、当社が元祖というのも商標権者であればより客観性がある、といった意味で、オリジナリティを客観的にPRするのに活かすことが可能です。
(7) 協力関係をつなぐ
 ここは中小企業の知的活動を考えるうえで結構ポイントになってくる部分で、書き出すと長くなってしまう(すでにかなり長くなっていますが)ので止めておきますが、そもそも中小企業は経営戦略として他社と連携しながらどういう位置取りをしていくかということが重要な要素となることが多く、‘他者を排除する’という方向はそれとは相反するものです。ライセンス、共同開発などの形で知的財産を協力関係に活かす、ということも忘れてはならない発想のように思います。

 とまぁ、こうやって書いていくと何か可能性が盛り沢山でバラ色のように見えたりするかもしれませんが、(1)~(7)のどれも当てはまらない、あるいは効果に比して費用がかかりすぎる、というケースも多々あろうかと思いますので、多くのケースをあげて「知財活動は必ず中小企業の役に立つ」と主張するものではありません。
「知財活動を実践すれば→経営の役に立つ」
ではなく、
(その企業にとって)経営の役に立つならば → 知財活動を実践すればよい
という順序で考える際に、知財活動のもつ可能性を潰してしまうことがないように、というのが、このまとめの狙っているところです。

※ 宣伝ですが、本日の話を中心にした書籍を8月頃に出版する予定で現在準備を進めています。(1)~(7)の意味を事例も交えながら説明しているので、詳しくはそちらで、ということで。

定着モデル~その2

2010-06-21 | 企業経営と知的財産
 →→→→→→(前エントリの続き)

 知的財産活動が中小企業の経営に必要な活動として‘定着’するために、これまで説明した4つの要素が必要であると考えると、‘定着しない’理由として、次の3つのパターンが考えられることになります。

(1) 知識だけでは絵に描いた餅(知識のみのケース)
 知財戦略支援において、中小企業に汎用的な知識やスキルを提供するだけで、その企業に合わせた適用がなされていなければ、有効な知的財産活動は行われず、当然ながら定着することもありません。当たりまえですが、中小企業の支援者には、知識やスキルの提供に止まらない、各々の企業にあった適用を支援することが求められるものです。

(2) 目的・位置づけだけではかけ声倒れ(目的・位置づけの明確化のみのケース)
 汎用的な知識をベースにして、知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけを明確にするための支援(経営者とのディスカッション等)が行われたとしても、その目的に沿って知的財産活動を実践するための仕組みが整っていなければ、「かけ声倒れ」になってしまい定着しません。経営者が「我が社の知財戦略はこうあるべきである」というコンセプトを提示したとしても、実践を伴わなければ成果を出すことはできません。中小企業の支援者には、戦略立案だけでなく、実践可能な仕組みの構築も求められるところです。

(3) 実践する仕組みだけでは空回り(実践する仕組みのみのケース)
 知的財産活動を実践する仕組みだけを整えたとしても、そもそも自社にとっての知的財産活動の目的・位置づけが明確になっていない場合、または目的や位置づけとの整合性がとれていない場合は、日々の業務の中で何のための知的財産活動かという疑問を拭い去ることができません。また、目的が明確でないままに仕組みだけ作っても、その仕組みの維持が目的化してしまうことも起こり得ます。中小企業の支援者にとって、規程類や提案制度などの仕組みの導入は支援のわかりやすい成果となるため、この部分が先行してしまうこともあるかと思いますが、常に支援先の中小企業にとっての知的財産活動の目的・位置づけに立ち返る姿勢も重要です。

 以上、「そんなことわかっているよ」という基礎的な事項ばかりですが、実際の取組みを始めてみると「木を見て森を見ず」となってしまうことが少なくありません。大事な原則を頭に叩き込み、随時リマインドすることができるように、シンプルに可視化したものとして作成したのがこの‘定着モデル’です。

定着モデル~その1

2010-06-20 | 企業経営と知的財産
 一昨日と昨日は知財学会の学術研究発表会で、昨年度の地域中小企業知財経営基盤定着支援事業でとりまとめた‘定着モデル’をご紹介させていただきました(「学術研究」というような内容ではありませんが・・・)。
 本日はその‘定着モデル’のご紹介を。

 2009年度の「地域中小企業知財経営基盤定着支援事業」では、知的財産を活かした経営を中小企業にいかにして定着させていくか、そのためにはどのような知財戦略支援を行うべきかというテーマで調査研究を行いました。専門家の支援を受けて中小企業が知的財産活動への取り組みをはじめてみたものの、専門家が去ってしまうとそこまでとなってしまうことがある。どのようにすれば知的財産活動が中小企業の経営に意味のある活動・必要な活動として定着するのか、そこを考えるのがこの事業での狙いです。
 当初は、体制やはどうあるべきか、規程類や業務フローをどのように定めるか、といった形式的な部分に目がいっていたのですが、形ばかり整えてもかえってそれが負担になって定着を妨げてしまうこともあります。要は、経営・事業にとって、必要なときに必要な対応がとれる状態が‘定着’した状態であって、それは形式だけでは測れないだろうということです。
 そこで、必要な要素を整理してみたのが、図に示した‘定着モデル’です。

 ‘定着’に必要な要素は、図に示した4つと考えられます。
 まず、知的財産活動の前提として、汎用的な知識やスキルが必要です。
 知財関連の知識やスキルというと、知的財産関連の法制度や出願、契約などの実務に関する基礎的な知識やスキルがまず想定されますが、これだけでは不十分です。知的財産を経営に活かすという視点からは、知的財産に関する活動が経営に対してどのような実効性を有するものであるか、現実の経営において知的財産にはどのような活かし方があるのかという、知的財産戦略・知財経営に関する知識もまた必要になるものです。
 前者に関する知識は、一般的なセミナーや入門書などによって中小企業にも比較的得やすいものですが、後者に関する知識は、知的財産活動が効果を発揮している企業の実例や、経営者の生の声を聞くことが有益と考えられ、体系的に整理するのが難しい性質のものです。公的機関には中小企業がこうした知識を得るための支援制度も望まれるでしょう。

 次に、前述の知識やスキルを個別企業に適用して、その企業に適合した知財戦略を実践することが必要になります。
 そのためには、第一に、自社における知的財産活動の経営戦略上の目的・位置づけを明確にすることが求められます。知的財産活動の目的・位置づけはあくまでも経営上の課題に対して成果を上げることであるから、各々の中小企業のもつ経営資源やおかれている経営環境を考慮して、知的財産活動を行う意味を明確にしていく必要があります。
 第二に、知的財産活動を実践する仕組みを構築することが求められます。実践する仕組みとは、具体的には、知的財産活動に必要な人員や予算を割り当てる、外部の専門家との協力関係を築く、規定・マニュアル類を整備する、研修制度を導入する、といった例が考えられるものの、いくつか留意すべきポイントがあります。まず、こうした仕組みは中小企業が実践可能なものでなければならないので、大企業で一般的な仕組みをそのまま適用すればよいというものではない、ということです。中小企業の社内体制や資金力に合った、実践可能な仕組みが求められるものです。次に、こうした仕組みは先に明確にした知的財産活動の経営戦略上の目的、位置づけに沿ったものでなければならない、ということです。例えば、主力製品に特許で強固な参入障壁を築くことが主たる目的であれば、主力製品に関する出願を集中的に促進する仕組みが必要になり、発明提案の活性化による社員全体のレベルアップが主たる目的であれば、全員参加型の仕組みを導入することが求められることになります。

 こうした4つの要素が揃うことによって、自社における知財活動の経営戦略上の目的・位置付けが明確になり(そのためには、知的財産活動の実効性や知的財産の多様な活かし方など知財戦略・知財経営に関する知識が必要)、知財活動を実践する仕組み(組織や業務フロー)ができあがることによって(そのためには、法制度や実務に関する基礎的な知識やスキルが必要)、知的財産活動がその企業にとって意味のあるものであり、かつ実践可能なものとして‘定着’することになると考えられます。

(次のエントリへ)→→→→→→

点をとらなければ勝てない。

2010-06-07 | その他
 先週はシアトルマリナーズのグリフィーJr.が引退という、ファンにとってはかなりショックなニュースがあったのですが、結果的に最後の一発となった630号のホームランを目撃したことが(すっかり昨年で引退すると思っていたのでわざわざシアトルまで行ってライトスタンドで観戦していたら、目の前にホームランが飛び込んできました)、個人的にはプチ自慢のネタということになりました。ちなみに、あのIPS細胞の山中教授が高校の先輩にあたるということが、もう一つのプチ自慢ですが(笑)。
 そのシアトルマリナーズ、前評判も高く、ついに今年はプレーオフかと期待していたのが、開幕からひどい状況になってしまっています。投手陣を補強するとともに、守備の名手をずらりと揃え、守り勝つ野球でかなり強いと評価されていたのですが、蓋を開けてみるとあまりに打線が弱く、全く点をとれないうちに投手陣が力尽き、強力だったはずの守備も集中力が落ちてしまうのか随分エラーが目立ちます。
 これってまるでサッカーの日本代表のことを言っているみたいな話ですが(そもそも守備だって怪しい-セルジオ越後氏は「闘莉王の後にもDFを置け」なんて言っていましたが・・・)、とにかく最近痛感するのは、何だってそうですが、要するに、
点をとらなければ勝てない。
ということです。どんなに守りが堅くても、点をとれずに緊迫した状態が続くと、やがて守りも綻びをみせることになってしまう。人間のやることなので、攻めて、点をとって、盛り上がっていかないと、やっぱり気持ちがどこかで切れてしまう(or個人成績とかに走ってしまう)、ということなんだと思います。

 いきなり知財の話に移りますが、知財の仕事も、普通であれば‘守り’の仕事がベースになると思いますが、そうしているうちに攻めて、点をとらないと、何のために守っているのかよくわからなくなってしまう。だからといって、ディフェンダーが点を取りにいけ(=知財そのもので稼げ)という話ではなく、守りを固める前提としていかにして点をとって勝つかというシナリオ(=知財活動でどうやって事業の収益を押し上げていくかというシナリオ)をもっていないと、守りを固めて勝つという受動的な戦い方(=知財があれば儲かるだろうという期待先行の取組み)ではなかなかしんどい、ということかと思います。もちろん、点をとらないフォワードが悪いといって守りの側の責任逃れをしようというわけではなく、チームコンセプトをしっかりもつことが大事で、そのチームコンセプトは守りではなく攻めを基本にすべき(=知財戦略先にありきではなく、どうやって収益を得るかという事業計画をベースに知財のあり方を考えていくべき)、というのが、本日のエントリで言いたかったところです。