経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

「知的財産」ではなく「顧客」を囲い込む

2011-05-24 | 企業経営と知的財産
 ここ数年、特許庁の中小企業向けの知的財産戦略支援プロジェクトの関係で多くの中小企業を回り、経営者に知財に対する考え方をヒアリングしてきました。その中で気付いたことですが、知的財産活動を企業としての実績に結びつけている企業の経営者には、共通する考え方があるようです。

 知的財産活動に力を入れるというと、排他権である知的財産権を積極的に保有する、知的財産権によって競合の参入を抑止して、市場を独占するというイメージを持たれることが多いでしょう。ところが、知的財産活動を企業としての実績に結びつけている企業の経営者にお話を伺ってみると、「市場の独占」「他社の排除」ということ以上に、「市場の成長」「業界の発展」ということを強く意識されていることが多いと感じます。たとえ市場を独占する、市場シェアを上げることができたとしても、業界自体が下降線を辿っては自社の成長は覚束ない。前提として大事なのは、市場が拡大し、その中で自社が確かな地位を占めることにある。そのためには、同業他社を敵として見るだけでなく、業界の発展のためのパートナーとして、ときには自社の知的財産を共同利用することも考える、ということです。
 もちろん、業界は発展したが他社に市場シェアを奪われて自社の業績は下降線、となってしまっては元も子もありません。業界の発展に加えて「業界の発展を自社がリードする」という気概、これもこうした企業の経営者から感じられる共通項です。自社が業界をリードするためのツールとして知的財産権をどう活かすか。これが発想のポイントであり、この考え方こそが知的財産活動を成果に結びつけるためのキーポイントといえそうです。

 知的財産活動に取り組む目的についても、こうした観点から考え直してみることが必要です。特許権などの知的財産権は知的財産を保護する権利であるため、「知的財産を囲い込む」ことを知的財産活動の目的と考えてしまいがちです。しかしながら、「知的財産の囲い込み」が必ずしも企業の競争力強化につながるとは限りません。自社だけで全てを行おうとした結果、製品やサービスそのものの供給が不足する、付属品や付帯サービスが充実しない、保守・サービス体制が整わないなど、顧客に不便を強いてしまうことになる。その結果、「顧客を囲い込む」ことに失敗すると、むしろ競争力を失うことにもなりかねない。企業としての最終的な目的は「知的財産の囲い込み」ではなく「顧客の囲い込み」にある、この大原則を見失わないことが大切なのだと思います(「経営に効く7つの知財力」の第7章に書いた「競争力の本質とは何か」も同旨です)。

仕事の定義

2011-05-10 | 書籍を読む
 引続き、最近読んだ新書シリーズです。
 中小企業に特化している2人の工業デザイナーの書かれた「中小企業のデザイン戦略」です。企業と顧客を結ぶ知財を扱ううえで成果を上げていきたいと思うなら、もっと顧客に近い出口の部分も理解しないと、なんて最近よく思うので手に取ってみたのですが、期待以上の内容でした。いわゆる知財屋としての仕事のあり方に当てはめてみても考えさせられるところ大なので、特に中小企業をターゲットに「特許事務所の仕事はどうあるべきか」とか悩んでいる人は、たぶん読んでおいたほうがいいと思います(勿論、同じ知財だから「新規業務としてデザインを始めよう」なんて意味ではありませんが)。

<その1> 前工程にしっかり時間をかける。
 デザインというと図面を引く仕事が中心というイメージがあったのですが、それはほんの一部であって、その前段階のコンセプト作りにかける時間が凄い。経営者をはじめ関係者と議論を重ね、商品を通して顧客に伝えたいことやその会社のコアコンピタンスを引き出していくそうですが、そういう前工程にたっぷり時間をかけるので、1つのプロジェクトに3~6ヶ月、長いものであれば1年くらいかけるとのことです。先願主義とかが絡んでくる我々の仕事と同一視することはできませんが、これまでの仕事のやり方はあまりに前工程が不足しているのではないか。工業デザイナーのプロフェッショナルとしてのスキルは、図面を引くこと以上に前工程の経験の蓄積にあるようで、そこは知財屋も中小企業の仕事をするならば、もっと考えていかなければならない部分だと思います。

<その2> 「事業計画を作成して、デザイン予算を決定してから声をかけてください。デザイン予算は指値でもかまいません。・・・『まずは事業計画と予算ありき』です。」
 これにはちょっと驚きました。昨年度に制度設計をお手伝いさせていただき、今年度からスタートした‘横浜知財みらい企業支援事業’は、事業に活かす知財活動を支援するために、まず事業計画が存在していることや知財活動の目的が明確に意識されていることを支援の前提にしていますが(その段階に至る前であればその切り口から支援する)、そんなことは工業デザインの世界(少なくとも著者のお2人)では前から意識し、実践されていたことだったんですね。特許出願とかの場合、通常であればデザインよりもステージが早いので、‘事業計画’とまではいかないこともあるかもしれませんが、少なくとも‘事業化のイメージ’くらいはできていないと、出願をしてもその知財は結局活かされない可能性が高い(「知的財産経営の定着に向けて」の株式会社アカネ・砂本社長へのインタビューの135p.下段参照)。そこは我々も中小企業からの依頼を受ける際には、確認しておくべき点かと思います。そして「指値でも構わない」の意味は、値段に合わせた作業内容をこちらから提示する、ということだそうです。

<その3> 自らの仕事の定義がきっちりとできている。
 ここが一番重要なのではないかと思いますが、「メーカーとユーザーの両者の立場を視野に入れ、それぞれの問題点を見つけ出し、商品の持つイメージや使い勝手を通して、両者のスムーズなコミュニケーションを実現する」のが工業デザインの役割である、と定義しています。上記のポイントにしても、結局はこの定義がしっかりしていれば、具体的なやり方も自ずから定まってくるということなのでしょう。やっぱりそこが一番のポイントです。


中小企業のデザイン戦略 (PHPビジネス新書)
クリエーター情報なし
PHP研究所

実験やってみぃ。

2011-05-05 | 書籍を読む
 最近読んだ本から。いろいろ考えるところがあって最近新書を読み漁っています。

 1冊目は母校(高校)の英雄・山中先生と、あのノーベル物理学賞の益川先生との対談録「『大発見』の思考法」。研究がテーマでありながら、お二人の語りにはビジネスの世界にも通じることが多く、大変興味深いものがありました。例えば、こんなくだり。
<益川先生> ・・・仮説を立て、実験し、結果が予想通りだったら「並」、予想しないことが起こったほうが、科学者としては当然、面白い。そこで大事なのは「この予想外の結果は、いったい何なのだろう」と考えることです。・・・
<山中先生> 私はよく、学生に向かって、「ごちゃごちゃ考えんと、実験やってみぃ」と言うんです。・・・困ったら、とりあえず実験をやってみる。そうすると、また何か違う現象が出てきて、それがヒントになることがよくあります。・・・
 排他権である知財権を獲得したら独占的地位が得られるだろうという理屈に対して、その通りになっている事例よりも、そうはなっていない事実を「いったい何なのだろう」と考えてみることのほうが、実は面白い。クライアントの知的財産で「実験」というのはちょっと困りますが、理屈の世界だけでなく、実際に起こっている現象をヒントにして次なる手立てを考えていく、求められるプロセスはビジネスの世界とも共通するようです。
 もう一つ、益川先生のお話からですが、物理学の理論と実験のうち日本は実験物理が圧倒的に強い。本来科学というのは、個人プレー、狩猟民族向きであるが、大人数で力を合わせることが求められる実験物理は日本人向きで、世界のトップにあると。今回の震災への対応(国会を除く)や昨年のサッカーワールドカップでも、日本人の強みは‘団結力’であると思い知らされましたが、研究の世界でも同じことが言えるようです。では、知財の仕事と‘団結力’をどう結び付ければよいのか。これも「いったい何なのだろう」と考えていくことにしましょう(「ごちゃごちゃ考えんと」実験やったほうがいいのでしょうか)。

 2冊目は、財部誠一氏の「アジアビジネスで成功する25の視点」。短編のレポートを編集したものなのでやや深みに欠ける印象はありましたが、こんな話が印象に残りました。
 台湾の製造業がどうして強いのか。その強みは、大規模な投資(中国本土に大規模な製造拠点をどんどん作っている)を可能にする資金調達力にある。その資金調達の場となっているのが新興市場で、投資好きの国民性がその新興市場の活気を支えている。
 知財の仕事をしていると、アジアというと技術力の違いがどうだとか模倣対策がどうだとかいった方向に目が行ってしまい、こういうのはなかなか見えてこない視点です。「日本はベンチャーに資金を供給する仕組みが・・・」といった話が出ることはあってもどこか他人事で、そういう語りをする人は新興市場の株を買ったことがあるのか。余裕資金は全部郵便局に貯金してます、なんてことはないのか。これもまた国民性ということならば、‘団結力’で解決する方法を考えるしかない、ってことなのでしょうか・・・


「大発見」の思考法 (文春新書)
クリエーター情報なし
文藝春秋


アジアビジネスで成功する25の視点 (PHPビジネス新書)
財部 誠一
PHP研究所