経営の視点から考える「知財発想法」

これからのビジネスパーソンに求められる「知財発想法」について考える

会社の悩みに知財でできることはないか?

2012-08-30 | 企業経営と知的財産
 以前に書いた、「説明できるか、できないか」、「売るための、伝えるための、デフレ時代の知財戦略」のエントリの元ネタが公開されました。昨年度、委員として参加させていただいた九州経済産業局「企業経営における知財活用基盤整備事業」の事業報告書で、URLは↓のとおりです。

 http://www.kyushu-chizai.com/info/pdf/h23_report01.pdf

 報告書にあるアンケート結果のうち、中小企業の経営課題について尋ねた9ページを見ると、約半分の企業が「売上が伸びない・減少した」ことを経営課題に挙げています。
 一方、知的財産権の取得目的を尋ねた12ページの回答結果を見ると、約2/3の企業が「参入障壁を築く」「模倣被害を避ける」といった排他権を活かした効果を選択しています。

 一見するとどちらも予想通りの回答ですが、この2つの回答に何か矛盾を感じないでしょうか。売上が伸びなくて悩んでいるときに、「参入障壁を築く」「模倣被害を避ける」ことによって売上が伸びるのでしょうか。
 このデータに対する私なりの見方を「説明できるか、できないか」のエントリに、そして、売上が伸びないという悩みに対して知財でできることを「売るための、伝えるための、デフレ時代の知財戦略」のエントリに書きましたが、中小企業が知財を有効に活かすために重要な鍵は、費用がかかるとか、手続が複雑だとか、そういう形式的なことではなく、知財について考える際のアプローチの問題にあるのではないかと思います。
 つまり、「知財でやるべきことをしよう」ではなく、「会社の悩みに何か知財でできることはないだろうか」というアプローチで考えるということです。
 「知財でやるべきことをしよう」というアプローチで考えると、知財権には排他的な効力があるから、知財権をとって模倣を防止、市場を独占する。あるいはライセンスして稼ぐ。この図式からなかなか逃れられない一方、そういう成功シナリオが実現できるのは非常に限られたケースになってしまうでしょう。
 これが「会社の悩みに何か知財でできることはないか」というアプローチであれば、知財活動を通じて、売り込むべき自社の強みを知る、売りになる自社の強みを伝える、顧客につないでくれるパートナーとの関係を作る、といった様々な可能性について考えることができるわけです。

 おそらくこれは知財に限ったことではなく、会社にせよ個人にせよ、自分にできることや自分がやりたいことを、相手のニーズを考えずに押し付けようとして空回りしてしまうことが結構多いのではないでしょうか。社会や顧客の役に立つためには、自分の持つスキルを活かすしかないのですが、相手のニーズをできるだけ理解した上で、そのニーズに自分の持つスキルで何ができるかを考えていく。そういうアプローチが求められるのではないかと思います。

選択肢を広げる

2012-08-19 | 企業経営と知的財産
 日経ビジネスにヤマトホールディングス・木川社長の「需要創出のサイクルを回す」という連載が掲載されています。興味深い記事ですが、ここで説明されている「需要創出のサイクル」とは、
1. オンリーワンの商品・サービスを生み出す
2. ライバルの参入を促し、市場を広げる
3. 差別化を図り、圧倒的なナンバーワンになる
4. デファクトスタンダードになる
というもので、知財屋的には、「2.ライバルの参入を促し・・・」がちょっとドキッとするところです。あんた、いつも「知財で参入障壁を築くことが大事なんです」なんて言ってるけど、違うじゃないの、って声が聞こえてきそうで。
 勿論、ここでは「3.差別化を図り・・・」とも言っているので、そこで「壁」を作ることの意味も出てくるわけですが、いずれにせよビジネスの世界は「参入障壁」一辺倒ではないということです。需要を創り、市場を広げるのは自分の力だけでは限界があることが多いし、競争という視点で見た場合にも、まったく競合=比較の対象がないよりも、少し後ろにいて引き立ててくれる競合が存在するほうが、優れた部分が際立ってブランドイメージも育みやすい、というわけです。素材や部品の分野で、中小企業が本当にオンリーワンになったりすると、もしもの場合を考慮して一社購買を嫌う大企業は、かえって取引を嫌がるようになるという話もあり、オンリーワンであり続けることがビジネスの成功につながるとは限りません。
 この「2.ライバルの参入を促し・・・」と「3.差別化を図り・・・」は、イマ風にいえば「オープンとクローズの使い分け」ということですが、じゃあ知財権を抑えておくと何がいいんだ、と問われた場合、最も適切な答え方というのは、「選択肢を広げることができる」というものなのではないでしょうか。権利を確保してあるから、オープンにもクローズにもできるわけだし、オープンにした場合にも「本家、元締めはうちですよ」と示すこともできれば、先の一社購買を嫌われる素材や部品のようなケースでは自社でライセンス先をコントロールしながら複数の供給先を確保することもできるはずです。こうだからいい、と最初から1つの形に決めつけることはできないけれども、「選択肢が広がる」ことだけは確実にいえるからです。

 このように考えてみると、結局のところ事業の成否に直結するのは、広がった選択肢を基盤にして、どのようなビジネスモデルを構築し、需要創造と自社のポジショニングをしていくかという事業戦略です。‘知財活用’、‘知財で稼ぐ’、‘知財経営’といった知財自体が事業を規定するかのような表現より、シンプルに「選択肢を広げましょう」と語りかけるほうが、かえって経営者の腑に落ちやすいのではないでしょうか。