4月になると、今年も宮島・厳島神社の桃花祭神能の時期が来た、と思う。
私の年度初めは正月元旦と、神能初日4月16日の二回である。
今年は三日目の最後に能『紅葉狩』を奉納する。そこで『紅葉狩』をご紹介する。
本舞台の大小前に、一畳台の上に山を想像させる塚に紅葉枝が挿された作り物が置かれる。
ここは山々の木々が紅葉している信濃国(長野県)戸隠山。ひとときの時雨がより錦秋を深める美しい秋の景色を想像してほしい。
能『紅葉狩』は妖艶な上臈(遊女)達が数人いきなり登場して、秋の美しい景色を謡う場面から始まる。時雨がにわかに降って来たので木陰に休んでいると、そこに鹿狩りに来た平維茂一行が通りかかり上臈の名を尋ねるが「ただ身分の高いお方がお忍びで酒宴をされている」としか返事をせず名は明かさない。維茂は馬から下りて道を変えて通り過ぎようとするが、遊女の一人が維茂の心遣いに感心して引き留め、酒宴に誘い饗応する。維茂はその濃艶で豊麗な女の薦めに応じ酒を交わし、美女の舞に酔いしれ遂に不覚にも眠ってしまう。女達はそれを見ると鬼の本性を現し、「夢を見て寝ていろ」と言い捨て山中に消える。
(中入)
寝ている維茂の前に八幡八幡宮(やわたはちまんぐう)の末社の神が神剣を持って現れ、鬼神退治するように維茂に神勅を伝える。目を覚ました維茂が神剣を持ち身支度していると、稲妻が光り、雷鳴が轟き、先ほどの美女が鬼女となって襲いかかる。維茂は応戦して烈しい格闘の末、見事鬼の首を斬り退治する。
能の番組構成は神・男・女・狂・鬼の五番立。最後の鬼の能は切能と呼ばれ鬼畜物の作品が多い。武将の鬼退治の曲目はこの『紅葉狩』の他に『大江山』『土蜘蛛』『羅生門』など、山伏が祈り伏せるものには『黒塚』『野守』がある。これらのシテは悪者と扱われ退治され追い払われるが、実はもともとそこに住み着いていた原住民であり、あとから来た侵攻者に追い出され殺されるという不条理な内容になっている。
私は理不尽に敗者となる側を演じる立場なので、つい敗者の味方をしたくなる。が、しかし、この『紅葉狩』の鬼女には同情が湧かない。律儀にも敢えて邪魔をしないようにと、通り過ぎようとする維茂に誘いをかけるのは、最初からもくろみがあっての行動。尚かつ酒を呑ませて眠らせておいて・・・、というのは卑怯で悪な行為だ。
これ現代でも続いている。色仕掛けでしこたま飲まされ寝ている間にお財布の中身を抜き取られる、そんな殿方もいらっしゃるはずだ。『紅葉狩』は鬼の懲悪をテーマにしたもので、鬼に情状酌量の余地はなく、完璧な勧善懲悪の珍しい作品だ。
怒った女が口をきかずに男に襲いかかるシーンを芝居や映画で観たことがあるが、これは本当に怖い。『紅葉狩』の後シテの鬼女も同様、シテに謡はなく、なにも言わずに襲いかかるところにこの鬼女の凄まじさ、醜さがあるようだ。美しい女性がなにも言わずに私を睨みつけたことがあった、怖かった。あの怖い経験を活かし、4月18日は自分が怖い鬼女に化けてやる。
厳島神社能舞台での神能の観能は無料。
海に浮く能舞台で舞う粟谷明生もご覧いただきたい。
『紅葉狩』4月18日(木)14時半頃
番組詳細はこちら
写真 能面「般若」撮影 粟谷明生
文責 粟谷明生
私の年度初めは正月元旦と、神能初日4月16日の二回である。
今年は三日目の最後に能『紅葉狩』を奉納する。そこで『紅葉狩』をご紹介する。
本舞台の大小前に、一畳台の上に山を想像させる塚に紅葉枝が挿された作り物が置かれる。
ここは山々の木々が紅葉している信濃国(長野県)戸隠山。ひとときの時雨がより錦秋を深める美しい秋の景色を想像してほしい。
能『紅葉狩』は妖艶な上臈(遊女)達が数人いきなり登場して、秋の美しい景色を謡う場面から始まる。時雨がにわかに降って来たので木陰に休んでいると、そこに鹿狩りに来た平維茂一行が通りかかり上臈の名を尋ねるが「ただ身分の高いお方がお忍びで酒宴をされている」としか返事をせず名は明かさない。維茂は馬から下りて道を変えて通り過ぎようとするが、遊女の一人が維茂の心遣いに感心して引き留め、酒宴に誘い饗応する。維茂はその濃艶で豊麗な女の薦めに応じ酒を交わし、美女の舞に酔いしれ遂に不覚にも眠ってしまう。女達はそれを見ると鬼の本性を現し、「夢を見て寝ていろ」と言い捨て山中に消える。
(中入)
寝ている維茂の前に八幡八幡宮(やわたはちまんぐう)の末社の神が神剣を持って現れ、鬼神退治するように維茂に神勅を伝える。目を覚ました維茂が神剣を持ち身支度していると、稲妻が光り、雷鳴が轟き、先ほどの美女が鬼女となって襲いかかる。維茂は応戦して烈しい格闘の末、見事鬼の首を斬り退治する。
能の番組構成は神・男・女・狂・鬼の五番立。最後の鬼の能は切能と呼ばれ鬼畜物の作品が多い。武将の鬼退治の曲目はこの『紅葉狩』の他に『大江山』『土蜘蛛』『羅生門』など、山伏が祈り伏せるものには『黒塚』『野守』がある。これらのシテは悪者と扱われ退治され追い払われるが、実はもともとそこに住み着いていた原住民であり、あとから来た侵攻者に追い出され殺されるという不条理な内容になっている。
私は理不尽に敗者となる側を演じる立場なので、つい敗者の味方をしたくなる。が、しかし、この『紅葉狩』の鬼女には同情が湧かない。律儀にも敢えて邪魔をしないようにと、通り過ぎようとする維茂に誘いをかけるのは、最初からもくろみがあっての行動。尚かつ酒を呑ませて眠らせておいて・・・、というのは卑怯で悪な行為だ。
これ現代でも続いている。色仕掛けでしこたま飲まされ寝ている間にお財布の中身を抜き取られる、そんな殿方もいらっしゃるはずだ。『紅葉狩』は鬼の懲悪をテーマにしたもので、鬼に情状酌量の余地はなく、完璧な勧善懲悪の珍しい作品だ。
怒った女が口をきかずに男に襲いかかるシーンを芝居や映画で観たことがあるが、これは本当に怖い。『紅葉狩』の後シテの鬼女も同様、シテに謡はなく、なにも言わずに襲いかかるところにこの鬼女の凄まじさ、醜さがあるようだ。美しい女性がなにも言わずに私を睨みつけたことがあった、怖かった。あの怖い経験を活かし、4月18日は自分が怖い鬼女に化けてやる。
厳島神社能舞台での神能の観能は無料。
海に浮く能舞台で舞う粟谷明生もご覧いただきたい。
『紅葉狩』4月18日(木)14時半頃
番組詳細はこちら
写真 能面「般若」撮影 粟谷明生
文責 粟谷明生