トラッシュボックス

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呉智英の「自殺するぐらいなら復讐せよ」発言について

2006-12-21 00:23:56 | 珍妙な人々
 先に呉智英の本について書いた際、ウィキペディアで「呉智英」を検索してみたら、

《2006年11月26日付の産経新聞で、いじめ問題について「被害者が自ら死を選ぶなんてバカなことがあるか。死ぬべきは加害者の方だ。いじめられている諸君、自殺するぐらいなら復讐せよ。死刑にはならないぞ。少年法が君たちを守ってくれるから。」と発言し、物議を醸している。この発言は「死刑を廃止して仇討ちの復活を!!」という、呉のデビュー以来一貫した主張に基づくものといえる。》

との記述があった。
 調べてみると、この発言は、同紙文化面の名物コラム「断」のもの(全文はこちら)で、たしかに物議を醸しているようだ。

 ウィキペディアにあるように、呉智英はこの種の主張を一貫して続けてきた。例えば彼の著書『ホントの話 誰も語らなかった現代社会学〈全十八講〉』(小学館、2001)には、

《この数年私が腹立たしかったのは、(中略)いじめによる自殺が相次いだことです。正確に言えば、この事態を正しく認識する思考力・文化力が日本のジャーナリズムに皆無だったこと。
 だってね、いじめによる自殺が続出するなんて異常な事態ですよ。たぶん、誤解していると思うので、整理していいましょう。いじめが続出することを言ってるんじゃない、いじめによる自殺が続出することを言ってるんです。
 いじめも、もちろん、悪いことです。しかし、どんな社会にも、さまざまな程度や形のいじめはあるでしょう。しかし、直接いじめ殺されたのならともかく、被害者が自分で死ぬんですよ。日本は異常な国になっていると思います。(中略)
 いじめられた子供が、復讐という選択肢を絶対に採らないようにマインド・コントロールされた社会、それが現代の日本なんです。
 (中略)
 いじめられた子が、家の物置にあった日本刀を持ち出し、いじめっ子を次々に叩き斬ったら、その子はどうなりますかね。こんなたくましい子供は、チェチェンなら、英雄でしょう、きっと。しかし、人権先進国日本では少年院送りで、生涯台無しです。つまり、人権先進国は国家権力万能国ということなんです。近代国家は〝人権いい子〟を作り出すことを国家使命としているんですね。》(p.39~41)

とある。
 だから、以前からの読者にはさして目新しい発言ではないが、やはり一般紙に載せるには刺激が強すぎたのだろう。

 私は「大学で法制史を学」んでいないので、本来個人が持っていた復讐権を近代国家が奪ったというのは本当かどうかわからないが、おそらく正しいのだろう。だからといって、現代の世に復讐を認めて、それでいじめが解決するのか。それほど単純な問題か。
 やられっぱなしではいけない、抵抗せよという話はわかる。殴られたら殴り返せと。呉智英が挙げているジャンプの例のようなケースもあるのだろう。
 しかし、殴り返して、かえってさらに大勢に殴られる場合もあるだろう。いじめる側が圧倒的に多数だったら、いかに体を鍛えてもどうしようもない。
 ましてや、殴られた仕返しにナイフを持ち出して刺し殺したりしたら、もうまともな学校生活は営めない。

《死刑にはならないぞ。少年法が君たちを守ってくれるから。》

 死刑にはならないが、貴重な青少年期を棒に振ることになる。くだらない奴らのために。
 呉智英自身、『ホントの話』では「少年院送りで、生涯台無し」と述べているのに、「断」では復讐をけしかけるというのはおかしいのではないか。

 また、子供は復讐できないようにマインド・コントロールされているというのは本当だろうか。呉智英は、子供を、そして大人の読者をも、そのようなマインド・コントロールから解放するために、敢えて衝撃的な表現をとったつもりかもしれない。しかし、子供を含め、読者はそれほど愚かだろうか。皆、復讐という手段があることぐらい気付いているのではないだろうか。そしていじめられた子供は子供なりに、そうした手段についても考えるのではないだろうか。現に復讐(仕返し)の事例も時々報道されているように思う。しかし、最初はいじめた側が悪くても、いじめられた側が仕返しをやりすぎてしまったら、今度はそちらが非難され、かえってバカをみることになってしまう。呉智英は、子供に誤ったメッセージを送っているのではないか。

 私も昔はこうした呉智英の放言にシビレていたものだが、最近は、こうしたものにどれほどの意味があるのだろうかと思うようになってきた。
 鬼面人を驚かすのたぐいで、実効性のなさという点では、きれいごとだけで済ませるような識者のコメントと何も変わらないのではないか。

 あと、チェチェンでもたぶん、いじめられっ子が刀を持ち出していじめっ子を叩き斬ったら、非難され、罪に問われると思う(チェチェンの実情など知らないけど、人間社会ならおそらくどこでも)。ハムラビ法典でも「目には目を、歯には歯を」という応報刑であって、目をつぶした者は死刑、ではないのだから。