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日本の人骨発見史5.中尊寺藤原氏四代のミイラ

2013年12月23日 | H4.世界の人類学者[Anthropologist of

 岩手県平泉町に所在する中尊寺に所蔵されている藤原四代のミイラは、昭和25(1950)年に金色堂が補修される際に人類学者で東北帝国大学名誉教授の長谷部言人[1882-1969]を団長として組織された「藤原氏遺体学術調査団」により、昭和25(1950)年3月22日から同年3月31日まで調査されました。この調査団は、人類学・法医学・医学・微生物学・植物館・理化学・保存科学・古代史学等の専門家が結集し、学際的に調査が行われています。この調査結果は、調査が行われた昭和25(1950)年8月30日に資金援助を行った朝日新聞社から『中尊寺と藤原四代』として公表されました。

 藤原氏四代とは、以下の4氏を指します。但し、調査の結果、藤原忠衡と伝えられているものは藤原泰衡の可能性が高いという結論に達しました。

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藤原氏四代のミイラ[朝日新聞社(1973)『日本人類史展』より改変して引用] 

 初代:藤原清衡[1056(天喜4)-1128(大治3)]

 第2代:藤原基衡[1105(長治2)-1157(保元2)]

 第3代:藤原秀衡[1122(保安3)-1187(文治3)]

 第4代:藤原泰衡[1155(久寿2)・1165(長寛3)-1189(文治5)](*伝聞としては、藤原忠衡のものとされていた)

 藤原氏四代のミイラを人類学的に調査したのは、東京大学理学部人類学教室助教授(当時)の鈴木 尚[1912-2004]でした。

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藤原秀衡を計測中の鈴木 尚[朝日新聞社(1950)『中尊寺と藤原四代』より改変して引用]

 藤原四代のミイラを研究した、鈴木 尚と長谷部言人は、これらのミイラは人工的ではなく自然にできたミイラだと推定しました。藤原一族は、従来蝦夷と呼ばれており、初代清衡の高祖父・安部忠頼が「東夷の首長」と呼ばれ、三代・秀衡は自ら「俘囚の上頭」と称していました。しかし、アイヌ的要素(現在で言う在来系あるいは縄文系)は無く、渡来系あるいは弥生系の形質を持つことも明らかにしています。

 中でも注目された成果として、首だけが保存されているミイラでした。このミイラは、中尊寺では藤原忠衡のものと伝聞されていましたが、調査の結果、藤原泰衡のものである可能性が高いと結論づけられています。

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藤原忠衡(藤原泰衡)のミイラを調査する鈴木 尚[朝日新聞社(1950)『中尊寺と藤原四代』より改変して引用]

 この藤原忠衡の首には、16箇所もの切創や刺創が認められました。中でも、眉間の左から後頭部にかけて直径約1cmの孔が認められ、これは、八寸釘(約24cm)を使って釘打ちの刑に処した上でさらし首にしたものと推定されています。

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藤原忠衡(藤原泰衡)の首の切創と刺創(赤い部分が釘の跡)[朝日新聞社(1950)『中尊寺と藤原四代』より改変して引用]

 これらの創から、首を刎ねるために太刀を7回振り下ろし、5回失敗して最後の2回で切断され、釘打ちの刑に処したと推定されました。

 その後、1994年に中尊寺からの依頼で藤原氏四代の遺体を観察した埴原和郎[1927-2004]により、再検証が行われました。この中で、ミイラは自然にできたものであり、鎌倉時代人や近世アイヌよりも、現代京都人に近いことが確認されています。但し、藤原基衡は貴族化が著しいものの、清衡や秀衡はエミシ系の安倍氏出身の母親の影響を受けていることも指摘しました。但し、長谷部言人が指摘した、藤原基衡と藤原秀衡の遺体が入れ替わったかどうかは形態から推定するには限界があり、将来的にDNA鑑定を行う必要も指摘しています。

*藤原四代のミイラについて、以下の文献を参考にしました。

  • 朝日新聞社編(1950)『中尊寺と藤原四代:中尊寺学術報告』、朝日新聞社
  • 長谷部言人(1950)「遺体に関する諸問題」『中尊寺と藤原四代』(朝日新聞社編)、pp.7-22
  • 鈴木 尚(1950)「遺体の人類学的観察」『中尊寺と藤原四代』(朝日新聞社編)、pp.23-44
  • 鈴木 尚(1960)「中尊寺のミイラ」『骨』、学生社、pp.105-119
  • 朝日新聞社編(1973)『日本人類史展:骨からみた移りかわり』、朝日新聞社
  • 埴原和郎(1985)「ミイラからみた藤原四代」『シンポジウム平泉』(高橋富雄編)、小学館、pp.57-92
  • 鈴木 尚(1996)「7.平泉中尊寺の奥州藤原四代ミイラ」『骨(改訂新版)』、学生社、pp.143-158
  • 埴原和郎(1996)「再考・奥州藤原氏四代の遺体」『国際日本文化研究センター紀要・日本研究』、第13集、pp.11-33
  • 埴原和郎(1997)「第9章.奥州藤原氏四代の遺体」『日本人の骨とルーツ』、角川書店、pp.189-215
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