今日は国宝・後宇多法皇宸筆当流紹隆教誡(第二通目)が出された日
後宇多法皇は三宝院流の「正流」(嫡流)の相承が許可されたならば、真言密教における二大法流、小野流と広沢流の一揆を実現でき、「令法久住」の基になると強く信じていました。これに対して憲淳からは、「密教行者として相応しい立場を守らなければならない」などの条件が提示されました。延慶二年四月三日後宇多法皇は二通目の手紙でそれらの僧としての条件を遵守し、さらに醍醐寺報恩院に「住寺」することを約束しました。
国宝・後宇多法皇宸筆当流紹隆教誡(第二通目) 一通
「委細申せられる之趣、以て然るべし、併ら令法久住之至要也、條々祖師用心相叶はざること無し、就中終に寛平の舊儀に任せ専ら戒行を護り、紹隆致可之由、深く心に憶誓する所、既に決定令畢、敢へて依違有るべからざる者也、女房雑住之分、當時大略別郭の如し、沙汰致と雖も猶次第に僧家之法を専らにすべき由、案ひ廻らす所也、兼ねて又両流不可混雑之事、殊に存知さるべき、此の事先達所為猶不審思給事也、其子細、道順に仰談候、向後と雖も當流之事、一印一明と雖も本流不専之輩に於いて見知の事あるべからず、況や傳授の儀一切不可令許容者也、當流紹隆之事、深く中心に挿之子細、同じく道順に仰聞了、且一紙書置れる可状之事、一見の後、道順に預け置令可、時機純醇住寺紹隆の時分を以て次第に相承之法則致べき者也、此等の趣、高祖弘法大師以下代々祖々の先師等冥鑒を以て證と為し奉る所也、若し此れ等の趣、依違令者は相承の器と為すべからず之間、彼一紙状、不可随身義、住寺間、道順に預け置被可者也、條々存知と為す、委しくは令染筆而已。 四月三日 阿闍梨金剛性」
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