地蔵菩薩三国霊験記 10/14巻の2/10
二、虚夢想の事(沙石集巻二の六にあり)
近比(ちかごろ)勘解由の小路に、利生あらたなる地蔵おはします。京中の男女市をなして詣る中に若き女房の、みめかたちならびなきが、常に通夜しけり。また、若き法師、常に参籠しけるが、この女房に心をかけて、いかにしてか近づかむずると思ひけるあまりに、同じくは本尊の示現の由にて近づかむと思ひ巡らすに、この女房、宵のほどつとめし疲れてうち休みける耳に、下向の時、初めて逢ひたらむ人を頼め、と言ひて、立ちのきて見れば、やがておきあがり、めのわらはをおこしき、急ぎ下向しけり。しおほせつ、と思ひて、出ちがひてゆきあはんとするほどに、履物を置失ひて、尋ぬれども見えず。をそかりぬべければ、履物かたがた履きて、さきざき下向する方を見おきて、勘解由小路を東へ行かむずらん、とて走り出でて見るになし。此の女房然るべきことにや、烏丸を下りにぞ行きける。暁月夜に見れば、入道の馬に乗りて、伴の者四、五人ばかり具して行きあひにけり。立ち止まりてものいはむとする気色を見て、入道馬より降りて、仰せらるべきことの候ふにや、と言へば、左右うち出でず。やや久しくありてめの童を以て言はせけるは、申すにつけて憚りおぼへはべれども、勘解由小路の地蔵に、此の日来まうで、申事の侍りつるが、此の暁下向のとき、初めて逢ひたらむ人を頼めと、示現を蒙りてはべるを、申すにつけて憚りあれども、申さでも又いかがと思ひて、といひて物恥づかしげなる氣色なり。入道は妻におくれて、三年になりけるが、此の地蔵に参りて佛の御はからひに任せて、契りを結ばむとて、妻もせざりけり。地蔵堂へ参る道にてかかることのありければ、子細にも及ばず、やがて馬にうち乗せて帰りぬ。田舎に所領なんども持ちて貧しからぬ武士入道なりけり。
さてこの法師は、縦さまに走り、横さまに走り、履物かたがた履きて、汗を流し、息をきりて走りめぐれどもなじかは行きあふべき。夜も明けぬれば、あまねく人に問ふに、さる人は、しかしかの所へこそおはしつれ、と言ひければ、心のあられぬままに、その家の門に行きて、地蔵の示現にはあらず。法師が示現ををこがましく、とののしりけれども、こは何事ぞ。物狂ひか、と言ふ人こそあれ、用ゐる人はなし。
心濁れるは益なし、信心深くして佛の御詞と仰ぎければ、此の女房は思ひのごとく、所望叶ひてけり。大聖の方便めでたくこそ覚へ侍れ。鞍馬の老僧も、そら示現の故にたがひに房もみなふみやぶられ候ひける事思い合さる(「雑談集・信智之徳事」)。常の物がたりなればこれらはかかず。
引証。十輪経に云、或は男女の為、或は方便の為乃至意願滿足せん等。
(大乘大集地藏十輪1經序品第一「或爲男女或爲方便或爲修福或爲温暖或爲清
涼或爲憶念或爲種種世出世間諸利樂事。於追求時爲諸憂苦之所逼切。有能至
心稱名念誦歸敬供養地藏菩薩摩訶薩者。此善男子。功徳妙定威神力故。令彼一切
皆離憂苦意願滿足」)。