福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

大方廣佛華嚴經卷第一世間淨眼品第一之一

2021-08-03 | 諸経

大方廣佛華嚴經卷第一世間淨眼品第一之一

如是我聞。一時佛、摩竭提國寂滅道場に在し、始て正覺を成じたまひし時、其の地は金剛にして嚴淨を具足せり。衆寶雜華を以て莊飾と為し、上妙寶輪は圓滿にして清淨、無量の妙色は種種に莊嚴し猶し大海の如し。寶幢幡蓋は光明照耀、妙香華鬘は周匝圍遶し、七寶の羅網は其上を彌覆し、無盡の寶を雨ふらし顯現自在に、諸の雜寶樹は華葉光茂し、佛神力

の故に、此の道場をして廣博嚴淨ならしめ、光明普照、一切奇特の妙寶積聚し、無量の善根は道場を莊嚴せり。其の菩提樹は高顯殊特にして清淨の琉璃を以て其幹と為し、妙寶枝條は莊嚴清淨にして、寶葉垂布せるは猶重雲の如し。雜色寶華はその間に間錯し、如意摩尼を以て其果と為す。樹光は普く十方世界を照らし、種種に現化し仏事を施作し盡極すべからず。普く大乘菩薩道の教を現じ、佛神力の故に常に一切衆妙之音を出して如來の無量の功徳を讃揚す。不可思議の師子之座は猶ほ大海の如し。衆妙の寶華は嚴飾と為り、流光は雲の如く周遍して普く無數菩薩大海之藏を照らす。大音は遠く震ひ、不可思議如來光明は摩尼を逾へて尊く其上を彌覆し、種種に變化して仏事を施作す。一切は悉く覩て罣礙する所なし。

一念の頃において一切は現化し法界に充滿す。如來の妙藏は遍く至らざるところ莫く、無量の衆寶は寶臺を莊嚴せり。如來は此の寶師子座に處して一切法に於いて最正覺を成じ、三世法平等を了し、智身は普く一切世間之身に入り、妙音は遍く一切世界に至り窮盡すべからざること猶し虚空の如し。平等法相・智慧行處も猶ほ虚空の如し。等心に一切衆生に隨順す。其身は遍く一切道場に坐し悉く一切衆生の所行を知り、智慧日の光は衆冥を照除し、悉く能く諸佛國土を顯現し、普く三世智海光明を放ちて淨境界を照らし、無量の光明は十方に充満し、不壞の法雲は遍く一切を覆ふ。力無畏を以て無量の自在力光を顯現し、方便門を開きて衆生を教化し、悉く能く普く一切衆會を現ずも猶ほ虚空の如くして來去なし。一切は自性あることなしと了達して、諸法平等之相に隨順し、一切の光明は普く三世諸佛所行を現じ、諸佛世界は猶ほ大

海の如く不可思議音聲語言は悉く能く隨順す。

 

十佛世界微塵數に等しき大菩薩と倶なりき。其名を曰普賢菩薩・普徳智光菩薩・普明師子菩薩・普勝寶光菩薩・普徳海幢菩薩・普慧光照菩薩・普寶華幢菩薩・普勝軟音菩薩・普淨徳焔菩薩・普相光明菩薩・大光海月菩薩・雲音海藏菩薩・徳寶勝月菩薩・淨慧光焔自在王菩薩・超趣華光菩薩・無量智雲日光菩薩・大力精進金剛菩薩・香焔光幢菩薩・月徳妙音菩薩・光明尊徳菩薩と曰ふ。如是等の諸菩薩と倶なりき。皆是の盧舍那佛の宿世の善友にして、一切は功徳大海を成就せり。諸波羅蜜は周滿普照し、慧眼清淨にして三世を等觀し、諸の三昧に於いて明淨を具足し、辯才の大海は深廣にして無盡、普く諸佛の功徳光耀を現じ、善く一切衆生の心行を知り、如應に調伏し、金剛智を以て境界を普照するに同一法性なり。覺慧廣大にして甚深の智境は明達せざることなし。一地に住して一切諸地功徳を普攝す。無上の智願は皆已に成滿し、如來の深廣密教を具足し、悉く一切佛所共の法を得、皆な如來の行地徳力に同じ、一切三昧海門に入りて皆自在を得、衆生海に於いて応の如く示現し、その所行に随って善能く建立し、善く一切諸法之海に入りて、迴轉總持し、如來の一切功徳法海は其の身に充滿す。遍く一切佛世界海に遊び、一切の淨土願海を出生し、悉く諸佛の未來際に達する方便智慧を得、一切如來の道場に坐したまふ者は普く能く往詣して禮事供養し悉く一切普賢願海を得、諸衆生に於いて智身滿足せり。

 

復た佛世界微塵數の金剛力士あり。其の名を堅固光耀力士・日光耀力士・須彌華力士・淨雲音力士・阿修羅主力士・勝光明力士・樹音聲力士・師子王力士・淳厚光藏力士・珠髻華光力士と曰ふ。如是等の諸力士と倶なり。已に阿僧祇劫において大誓願を発して諸佛を侍衞す。佛の願行處は皆な已に具足し、無量の功徳は皆已に清淨にして悉く深廣なる三昧の境界を行じ、無量の神力を以て佛の所遊の處に遍至せざるなし。皆な悉く能く不可思議解脱境界を行じ、一切衆に處し、其身殊特にして能く映蔽すること無し。諸衆生の所應度者に随って能く其身を現じて如應に之を化す。

復た佛世界微塵數の諸道場神あり、其の名を淨莊嚴神・寶積光明神・吼音聲神・雨衆華神・莊嚴寶光神・善超香神・金色雲神・樂華樹神・莊嚴光神と曰ふ。如是等の道場神と倶なりき。皆先佛において願行を造立せり。

復た佛世界微塵數の諸龍神と倶なりき。其の名を摩尼光龍・雜莊嚴龍・喜寶光龍・淨身光龍・香莊嚴龍・寶目光龍と曰ふ。如是の一切は皆な過去不可思議阿僧祇劫において、常に如來の為に法堂を莊嚴せり。

復た佛世界微塵數の諸地神と倶なりき。其名を淨華光神・善思光明神・雜華莊嚴神・散寶焔神・隨時樂觀神・金眼勝神・毛孔散香神・應時和音神と曰ふ。如是の一切は皆な徳本(徳の元)を同じうし、過去佛の所に於いて普く願行を修す。

復た不可思議諸樹神と倶なりき。其名を雜華雲神・雜種光神・淨勝光神・垂莊嚴神・莊嚴光神・樂和音神・普勝等神・華果味神と曰ふ。如是の一切は皆な悉く大喜普照を成就す。

復た無邊藥草神と倶なりき。其名を光焔神・栴檀香神・淨光神・普稱神・普力神・普淨神・普光神・愛香神・勝現神と曰ふ。如是の一切は皆な悉く大悲普照を成就す。

復た無量諸穀神と倶なりき。其の名を勝味神・華淨神・善力神・勢味神・根果神・淨華神・樂淨神・淨光神と曰ふ。如是の一切は大喜を成就す。

復た無量諸河神と倶なりき。其の名を普流神・勝洄澓神・洪流聲神・養水性神・淨海光神・普愛神・妙幢神・勝水神・海具光神と曰ふ。如是の一切は常に能く精勤して衆生を利益す。

復た不可思議諸海神と倶なりき。其の名を寶勝光明神金剛慧神・普涌浪神・雜華龍勝神・寶華光明神・須彌莊嚴神・海音聲神と曰ふ。如是の一切は佛無量功徳之海を以て自ら充滿す。

復た無量阿僧祇諸火神と倶なりき。其の名を熾然光藏神・熾然光輪神・廣明耀神・無盡神・雜寶勝神・照除諸冥神・焔雲光明神と曰ふ。如是の一切は悉く衆生の為に闇冥を照除す。

復た無量諸風神と倶なりき。其の名を無礙照明虚空神・遍超勝神・散須彌神・焔淨味神・淨除味神・發行大音神・樹峯華林神・持世界神と曰ふ。如是の一切は皆な能く衆生を和合して分散せざらしむ。

復た無邊虚空神と倶なりき。其の名を普光淨勝神・無邊深廣神・起風神・離一切障神・廣超神・無對光焔神・無礙力勝神・最上妙音神・示現十方神と曰ふ。如是の一切は心皆な無垢にして堅固淨妙なり。

復た無量主方神と倶なりき。其の名を善住神・充滿神・無量現光神・光莊嚴神・普轉漸行神・不惑轉神・淨遊虚空神・普行世間神・行甚深神と曰ふ。如是の一切は皆な能善く一切衆生を照らす。

復た無量主夜神と倶なりき。其の名を妙光神・淨光神・善觀衆生神・靜時堅固神・方便勝具神・生一切樹果神・無盡眷屬神・主知樂淨遊戲神・和諍神・淨福具神と曰ふ。如是の一切は助道法に於いて深重愛樂せり。

復た無量主晝神と倶なりき。其の名を現宮殿神・善解安立戰場神・樂莊嚴普勝神・喜華香神・普集勝藥神・樂見王神・淨目高顯普勝神・大悲豔光神・光明善照神・普勝垂華神と曰ふ。如是の一切は皆な悉く正法莊嚴を信樂せり。

復た無量阿修羅神と倶なりき。其の名を羅睺羅王・毘摩質多羅王・睒婆利王・明月王・金剛堅錦王・大智慧力王・勝集天女王と曰ふ。如是の一切は悉く能く憍慢放逸を降伏す。

復た無量伽留羅王と倶なりき。其の名を大勇猛力王・無畏寶髻王・勇猛淨眼王・不退莊嚴王・持大海光王・持法堅固王・勝根光明王・充滿普現王・普遊諸方王・普眼等觀王と曰ふ。如是の一切は方便を成就して廣く衆生を潤す。

復た無量緊那羅王と倶なりき。其の名を善慧王・善幢王・雜華行王・離愛慢音王・寶樹光明王・善愛現王・莊嚴光王・善華幢王・勝地王・勝慧王と曰ふ。如是の一切は普く衆生に於いて精勤勸發して能く法を樂はしむ。

復た無量摩睺羅伽王と倶なりき。其の名を善慧王・淨端嚴音王・衆妙慧聚王・燈幢王・猛光王・師子香熏王・雜瓔珞音王・堅固樂明王と曰ふ。如是の一切は普く衆生の為に諸疑網を除く。

復た無量の鳩槃荼王と倶なりき。其の名を毘樓勒王・善修幢王・足平鮮白王・能除恐怖王・淨須彌林王・無量淨眼王・無量目門王と曰ふ。如是の一切は皆な悉く無礙法門を修習す。

復た無量の鬼神王と倶なりき。其の名を毘沙門王・大音聲王・淨地王・大主王焔眼王・堅固眼王・莊嚴勝軍王・大富淨身王・須彌力王と曰ふ。如是の一切は普く能く一切衆生を勤護す。

復た無量の月身天子と倶なりき。其の名を月天子・曜華天子・勝流莊嚴天子・樂諸世樂天子・眼光天子・淨光天子・普遊淨光天子・星宿王天子・淨覺天子・端嚴善光天子と曰ふ。如是の一切は勤て智慧を以て普く衆生の無上寶心を発おこす。復た無量の日天子と倶なりき。其の名を日天子・眼焔光天子・須彌光勝天子・淨寶眼天子・勇猛不退天子・妙華鬘光天子・寶覺天子・明眼天子・勝地童天子・普勝光天子と曰ふ。如是の一切は皆な悉く清淨善根を成就し常に一切衆生を饒益せんと欲せり。

復た無量の三十三天王と倶なりき。其の名を釋提桓因天王・普稱滿天王・髻目天王・寶光稱天王・樂喜天王・樂念天王・勝音天王・淨華天王と曰ふ。如是の一切は皆な悉く清淨善業を具足し能く衆生をして淨妙處に生ぜしむ。

復た無量の夜摩天王と倶なりき。其の名を善時天王・無盡智天王・妙善化天王・樂樂焔天王・須彌光天王・不思議慧天王・臍輪天王・不思議天王・月姿顏天王・普莊嚴天王と曰ふ。如是の一切は皆な悉く勤修して歡喜を出生し知足を信樂せり。復た無量の兜率天王と倶なりき。其の名を善喜天王・海樂天王・勝徳天王・百光明天王・善眼天王・寶山月天王・超勇月天王・金剛善曜天王・樂超天王と曰ふ。如是の一切は皆な悉く念佛三昧を成就し。

復た不可思議化樂天王と倶なりき。其の名を善化天王・淨光天王・最上雲音天王・妙色莊嚴天王・樂智慧天王・華光月天王・照方天王と曰ふ。如是の一切は皆な悉く寂靜法門を成就し衆生を調伏せり。

復た無量の他化自在天王と倶なりき。其の名を自在轉天王・善眼天王・雜寶冠天王・精進慧天王・衆華音天王・樂光明天王・寂靜處天王・雜色輪天王・智慧妙光天王・大力光天王と曰ふ。如是の一切は普く皆な自在正法を勤修せり。

復た不可思議大梵天と倶なりき。其の名を尸棄大梵・智光大梵・善光大梵・普音大梵・隨世音大梵・寂靜方便妙光大梵・淨眼光大梵・柔軟音大梵と曰ふ。如是の一切は悉く大慈を具し衆生を度脱し熱惱を照除して清涼柔軟ならしめたり。

復た無量光音天子と倶なりき。其の名を樂光天子・淨光天子・大音天子・樂淨音天子・善思音天子・解脱音天子・深妙音天子・無垢光天子・最高淨光天子と曰ふ。如是の一切は喜光寂靜法門に安住す。

復た阿僧祇遍淨天と倶なりき。其の名を淨智王天・現勝天・寂勝天・須彌時天・念淨眼天・無上愛光天・世慧音天・智慧熾然天・樂法化心天・化高天と曰ふ。如是の一切は常に衆生をして廣樂に安住せしむ。

復た無量果實天子と倶なりき。其の名を法華光天・淨堅固天・慧光天・智慧王天・普門慧眼天・不轉愛天・無垢靜光天・淨曜天と曰ふ。如是の一切は皆な悉く善く寂靜意門に住せり。

復た摩醯首羅天等の無量の淨居天と倶なりき。其の名を善光天・大主天・大稱光天・功徳淨眼天・大智慧光天・不動光音天・善施眼天・樂大乘天・普音聲天・樂稱光天と曰ふ。如是の一切は已に無相平等法界を修して悉く如來大衆海數に在り。一切衆生に於いて悉く平等を行じ、無量の妙色は皆な已に成就し、十力中に於いて能善く安住し、一切衆に處して傾動せず、至る所の方に随ひて能く壞す者なし。如來の所乘は常に現じて前に在り。煩惱障を離れて其心清淨なり。諸結使の山は皆な已に摧滅す。佛姿顏を覩たてまつるに無量の妙色の光明は普照せり。所以者何。如來は往昔、無量劫に於いて菩薩道を行ぜし時、四攝法を以て善く衆生を攝し、諸如來に於いて諸善根を集め、種種の因縁以て方便教化して如來道を立て、深く無量の如來の善根を植へて、皆な一切智道に安立せしめ、無量の功徳勢力を逮得して、皆な悉く如來願海を成就し、菩薩所行具足し清淨なればなり。各の本行に随って皆出要を得て悉く如來光明に由りて照らさるるが故に、解脱力に乗じて如來海に入る。佛の法門に於いて悉く自在を得たり。善海摩醯首羅天は法界虚空寂靜方便光明法門に於いて自在を得、大自在稱光明天は一切法普遊法門に於いて自在を得、功徳淨眼天は一切法不生不滅方便法門に於いて自在を得、大慧

光天は一切法方便智海遊光法門に於いて自在を得、靜光音天は一切禪無量喜樂普起法門に於いて自在を得、施善眼天は轉癡畏遊靜法門に於いて自在を得、不思議天は無量境界入不起法門に於いて自在を得、樂大乘天は一切法不來不去無所依住法門に於いて自在を得、普雜音天は佛境界寂靜法門に於いて自在を得、樂稱光天は無量境界法門に於いて自在を得たり。

爾時、善光海大自在天は如來神力を以ての故に一切自在天衆を観察して、偈頌を以て曰く、

    無盡平等妙法界は 悉く皆な如來身に充滿し

    無取無起にして永く寂滅なり。 一切の歸と為んが故に出世したまへり。

    諸佛法王、世間に出でて 能く無上正教法を立つ。

    如來の境界は無邊際にして世間自在なれば無上と称す。

    佛は難思議にして倫匹たぐひ無く 相好光明は十方を照らす

    大聖世尊の正教道は 猶し淨眼の明珠を観ずるが如し。

    一切世間の衆生類は 佛功徳を思義すること能はず

    一切愚癡闇を消滅して 無上智慧臺に超昇す。

    如來の功徳は難思議にして 衆生見者は煩惱滅し、

    不動自在尊を見ることを得て 能く無量悦樂心を生ず。

    衆生の大海は癡、心を蔽ふ 寂靜微妙法を現ぜんが為に

    能く無上智慧燈を然ともす。是れ則ち方便眞淨眼なり。

    如來の清淨妙色身は 悉く能く顯現して遍十方、

    此身は有に非ず無所依なり。 如是に佛を見るは眞實に觀るなり。

    如來の音聲は無罣礙なり。 應に化を受くべき者は聞かざるなし。

    湛然不動無往返なり、 是を善慧樂法門と名く。

    一切十方無邊佛と 寂靜法門と天人主とは

    如來の光明は照さざる靡なし 是れ莊嚴幢妙法門なり。

    佛は無邊諸劫海に於いて 常に正覺を求めて衆生を悟らしめ、

    無量の方便もて一切を化す。 清淨なる廣稱は如是に見る。

復た樂業光明天王あり。一切衆生の諸根を観ずる法雲法門に於いて自在を得る。淨堅固天は一切佛の妙色方便に於いて念觀法門にて自在を得る。樂業天王は一毛孔見不思議諸佛國土境界法門に於いて自在を得る。普門慧眼天は入普門觀察法界法門に於いて自在を得る。不轉愛天は轉一切衆生處處受生法門に於いて自在を得る。善慧光天は入一切世間境界不可思議法門に於いて自在を得る。無垢淨光天は一切衆生一切法中出要法門に於いて自在を得る。無垢光天は受化者能使入佛境界法門に於いて自在を得る。

爾時樂業光明天王は佛神力を承けて一切果實天衆を觀察し、偈を以て頌して曰く、

    一切佛境界 は甚深にして難思議なり。

    諸餘衆生類は 能く測量する者莫し。

    如來は善く無量の諸群生を開導し

    能く悉く願樂して無上道を志求せしむ。

    佛は神通力を以て 世に住して普く一切衆生類を開化し

 各の其の所聞に随ふ。

    癡惑障は永除され 慧命淨くして無穢なれば

    能く諸如來の衆妙淨法海を覩る。

    諸法眞實相は 寂滅無所依なり。

    如來は方便力にて 能く衆生の為に現ず

    如來は諸法に於いて 無性無所依にして

    而も能く衆像を現じ、相を顯はすこと猶ほ明燈の如し。

    諸縁と譬諭を以て 方便して所樂(ねがうところ)に随ひ

    諸如來の為に 智慧神通力を現ず。

    悟に因りて各の異門にして 無量にして難思議なり、

    爲に正法の幢を建て 功徳海に入らしむ。

    如來は神通力をもて 能く一毛孔に於いて

    各の衆の為に無上寂滅法を演説す。

    一一の諸如來は 各の其眷屬の為に

    法無量門と功徳之大海とを顯はし、

    皆な悉く師子吼して諸佛法を演説す

    是れ則ち大智尊の 無上方便力なり。

    十方諸佛土の 一切群生類は

    悉く能く彼の為に如來之正法を現ず。

    如來は未だ曾って去來之異相非ずして

    皆な彼をして歡喜せしむ。 不退慧の境界なり。

    如來は衆生の為に 普く業報相を現ず。

    猶ほし日光照せば 衆像現ぜざる靡なく

    又た彼の衆生の為に 寂滅法を演説して

    彼をして眞實甚深智慧處を見せしむ。

    如來自ら甚深微妙義を観察して

    彼の衆生の根に随ひ 普く甘露法を雨ふらし

    為に諸法門を開き 無量難思議にして

    悉く寂滅平等眞實觀に帰入せしむ。

    無數無量劫に 廣く大悲を修習し

    等正覺を逮成し 群生類を度脱す。

    普く甘露法を雨ふらし 器に随ひて皆充滿せしむること

    龍の慶雲をおこして 等しく一切に雨降らすが如し。

復た淨智天王あり。觀察衆生善根法門に於いて自在を得、顯妙天王は一切有覺照法門に於いて自在を得、勝妙天王は總持辯才法門において自在を得、音燈天王は樂佛出世解脱法門において自在を得、智焔天王は一切衆生甚深法中にて能く歡喜を生ずる法門において自在を得、樂化天王は化菩薩功徳周備入無盡法門において自在を得、踊化天

王は普觀無量苦惱衆生慈悲智滿法門に於いて自在を得る。

爾時、淨智天王は佛神力を承け、遍淨天の衆を普觀し、偈を以て頌じて曰く、

    諸佛の正法は無障礙なり、十方無量界に周滿し、

    佛の境界を現ずること思議し難く、 離垢の法門は無量海なり。

    如來は世に處して無所依なり。 法身は清淨にして無起滅なり。

    而も能く無量土に照現し 一切悉く天中天を見る。

    無量劫海に方便を修して 光明普く十方界を照らし

    清淨法界は如如にして住し、 寂滅微妙にして最も無上なり。

    衆生は愚癡にして心目瞽めしひ、生死中を無限に輪迴す。

    如來は導くに清淨道を以てし、無上最勝門を開示す。

    如來所乘の無上道は 一切衆生は能く思ふ莫し。

    佛は一切妙色門を現じ 善念樂觀し淨眼もて見る。

    佛は微妙總持門を説く。 一切刹微塵に等しき如き一切衆生を調伏せんが故なり。

  清淨慧眼は能く照見す。

    如來の出世は甚だ値ひ難し、 無量億劫時に一遇なり。

    諸難處を離れて衆會に適(ゆ)き、 唯だ佛世尊のみ能く時に應じたまふ。

    一切の衆生は思議し難し。 佛は能く悉く淨妙法を現じ、

    如來の無量の徳を覩見すること 猶し明かに衆像を照見するが如し。

    三世諸佛所得の法は、衆生を教化して難思議なり。

    悉く此功徳を觀念し已りて 法を樂しみ踊躍大歡喜す。

    衆生は煩惱海に沒在し 愚癡邪濁大ひに恐怖す。

    佛は慈悲を以て究竟して度す。 淨境界を見るに天幢の如し。

    佛は無量大光明を放ちて 一一の光明に無量の佛あり。

    無數の方便もて皆な悉く現じ一切衆生類を化度す。

復た愛樂天子あり、寂靜愛樂滅衆生苦法門に於いて自在を得、妙雜光天は諸衆生心淨離垢廣修徳海法門に於いて自在を得、自在音天は一切衆生の一劫に修する所の功徳を一念中に出生する法門に於いて自を得、勝念智天は世間生住滅種種清淨

功徳法門に於いて自在を得、淨樂音天は一切菩薩在兜率宮廣説供養法門に於いて自在を得、善思音天は一劫中説諸地義以一念頃悉能受説法門に於いて自在を得、解脱光音天は莊嚴道場法門に於いて自在を得、甚深音天は無盡神足諸功徳海法門に於いて自在を得、離垢稱天は一切佛諸功徳海境界法門に於いて自在を得、出淨光天は過去諸佛願力所持歡喜功徳力藏法

門に於いて自在を得る。

爾時、光音天子は佛神力をうけ、遍く光音天衆を観じ、偈を以て頌して曰く、

    我、如來の過去行を憶ひ、 我供養を行ぜしことを亦た憶念するに

    本所修の清淨意のごとく 佛光明の故に今悉く見たてまつる。

    如來の無垢莊嚴身は 衆生の清淨心を増長し

    慈悲喜捨中に安住せしむ 是を莊嚴淨法門と名く。

    如來の廣大方便法は 無量劫海に修習せし所、

    彼の生滅の法は如如相にして 法主音聲方便門なり。

    如來の神力は十方に遍く、無量の諸佛刹を普照す。

    十方の諸佛は皆な悉く現じ、 勝念方便もて愚癡を滅す。

    無量の刹海の塵數の佛を 供養恭敬して歡喜を生ず。

    故に能く群生闇を斷除す、是を妙音勝境界と名く。

    無量劫海は甚だ彌曠なり。 方便地を説きて倫匹(たぐひ)無し。

    所演の妙法は窮盡することなく 心方便門に自在を得る。

    如來無量自在力は 念念中に於いて普く示現して

    神を降し成道して權(権方便)無量なり。 是れ則ち名て妙法門と為す。

    佛持は深廣無與等なり。 神足示現も不可量なり。

    能く諸根をして悉く清淨ならしめ 甚深微妙地に住するを得しむ。

    如來智慧は無邊際なり。 行淨きこと無比無罣礙なり。

    普く一切の兩足尊を見るは 無上離垢稱方便なり。

    過去世菩薩たりし時に於いて無量諸佛海を供養し

    大誓願を立てること難思議なり。 是の故に無上智を逮得す。

復た尸棄大梵天あり。諸法を照現して入不思議法門において自在を得、智光明梵は一切禪等觀寂靜善住法門に於いて自在を得、智光心梵は照諸法不可思議入方便法門に於いて自在を得、普音雲梵は一切佛妙音聲海平等度入法門に於いて

自在を得、應時音梵は攝伏衆生最勝法門に於いて自在を得、寂靜光梵は一切刹能起安住分別諸法法門に於いて自在を得、喜光梵は無量方便化衆生法門に於いて自在を得、堅固梵は諸法淨相住寂行法門に於いて自在を得、樂目光梵は一切有無來無去無所依止勇猛法門に於いて自在を得、柔軟音梵は無盡法隨行普照法門に於いて自在を得る。

爾時、尸棄大梵は佛神力をうけて、遍く一切諸大梵衆を觀じ、偈を以て頌して曰く、

    佛身は清淨にして常に寂然たり 普く十方諸世界を照らす

    寂滅無相無照現なり、 佛身相を見るに浮雲の如し

    一切衆生は能く如來法身禪境界を測る莫く、

    無量の方便は難思議なり。 是れ智慧光照法門なり。

    一佛刹の塵の如き諸法海に一音もて演説して悉く無餘なり。

    此辯は塵劫に演るとも不盡なり。 是を光照心法門と名く。

    如來の妙音は深く滿足して 衆生の類に随って悉く解を得、

    一切は皆な其の語を同ふすると謂へり。 梵音は普く至りて最も無上なり。

    十方三世の佛の所得の 一切菩薩方便行は

    悉く如來身中に於いて現じ、 而も佛身に於いて無分別なり。

    佛身は空の如く不可盡なり。 無相無礙にして普く示現す。

    應現すべき所、幻化の如し。 神變淨音周(あま)ねからざるなし。

    佛身は無邊にして虚空の如し 智光の淨音も亦た如是なり。

    佛は諸法に於いて障礙無く、 猶し月光の一切を照らすが如し。

    法王は妙法堂に安住し 法身の光明は照さざるなし。

    法性は如實にして異相無し、 是を樂音海法門と名く。

復た自在天王あり。無量の衆生藏を教化する法門に於いて自在を得る。

善眼光天は諸衆生をして最上樂法を得しむる法門において自在を得。

雜寶冠天は解衆生無量性欲方便法門に於いて自在を得る。

精進善慧天は衆生分別義法門に於いて自在を得。

勇妙雜音天は諸衆生慈念觀察法門に於いて自在を得。

光明樂幢天は諸衆生超出魔事法門に於いて自在を得。

淨境界天は諸衆生念化法門に於いて自在を得。

雜色輪天は念充滿十方諸佛法門に於いて自在を得。

智華妙光天は佛功徳自在覺悟充滿念隨順法門に於いて自在を得。

大力光天は離世間境界法門に於いて自在を得たり。

爾時、自在天王は佛神力をうけて、遍く一切自在天衆を観じ、偈を以て頌じて曰く、

    如來法身は等法界なり 普く衆生に応じて悉く對現す。

    如來法王は衆生を化するに 諸法に隨順して悉く調伏す。

    世間一切の上妙樂は 聖の寂滅樂を最勝と為す

    無垢の妙法は如來の室なり。 清淨の勝眼は如實に見たてまつる。

    如來は普く諸世間を照らし、 疑地の枯林降に法雨を降らし

    衆生は潤を蒙りて網除を除く 是れ寶冠幢妙法門なり。

    如來所演の一妙音は 廣大法海を説きて無餘なり。

    佛は一音を以て十方に遍す。 是を勝勇善法門と名く。

    一切十方の諸佛土は 佛の一毛に入り猶ほ滿たず。

    佛は大慈如虚空を以てしたまふ。 是を清淨慧法門と名く。

    一切衆生の慢は高山のごときも 佛は十力を以て碎きて餘しことなく

    佛の慈光は明かに十方を照らす 是を光幢妙法門と名く。

    如來を覩たてまつることを得て癡惑を滅し、 淨見智慧悉く充滿し、

    永く惡趣諸恐怖を離る。 是を寂境妙法門と名く。

    如來の毛孔は悉く光を放ち、 其の所應に随ひて聞法するを得、

    普く衆生を導きて善趣に至る 是を善幢妙法門と名く。

    一切十方諸佛事 此の衆は一切悉く見ることを得、

    如來法海は虚空に満つ、 是を淨華勝法門と名く。

    無量の劫海の諸佛國は 皆な是れ最勝の慧境界なり。

    如來は此に於いて高心なし。 是れ大力幢の妙法門なり。

復た善化天王あり。一切法分別化法門において自在を得る。靜光時天は一切有及び我の眞實を観ずる法門において自在を得る。化力光天は諸衆生離癡智慧滿足法門に於いて自在を得る。難勝天は諸佛音聲發起一切歡喜勇猛法門において自在を得る。念光天は一切佛相好功徳具足無盡法門に於いて自在を得る。踊雲音天は淨智慧次第憶念過去無量劫法門に於いて自在を得る。淨光勝天は一切衆生長養種種功徳智慧法門に於いて自在を得る。樂光髻天は一切空界結跏趺坐無礙法門に於いて自在を得る。樂智慧天は一切方便境界無盡力法門において自在を得る。華光髻天は諸衆生業行苦樂等觀法門に於いて自在を得る。

爾時、善化天王は佛神力をうけて、遍く化樂天衆を観して偈を以て頌して曰く、

    法身は世において思議し難し 如來は普現して衆生に応じ

    縁性は無造にして眞實に非ず 行業に莊嚴せられて世間に現ず。

    方便して佛を求るに無所有なり。 之を擥るに十方不可得なり。

    法身は示現するも眞實なし。 出生自在は是の如く見る。

    無量劫海に諸行を修して衆生愚癡冥を斷除し

    如來の智慧は甚だ清淨なり。 是を佛慧除癡力と名く。

    一切世界の妙音聲も 悉く如來の音に及ぶことなく

    一音遠震して十方に遍し。 是を勝音妙法門と名く。

    一切衆生の諸功徳は 如來の一相福にも及ばず

    佛徳は空の如く無邊際なり、 是を生光妙法門と名く。

    三世無量劫中の事と 世界成敗の種種相とは

    一毛孔において悉く能く現ず。 是を清淨無上智と名く。

    空邊際を求むるに猶ほ得べくとも 佛の一毛孔は無涯限なり。

    佛徳は如是に不思議なり。 是を如來淨知見と名く。

    佛は先世無量劫において 一切波羅蜜を具滿し、

    勤修精進して無厭怠なり、 是を樂見淨法門と名く。

    行業の因縁は思議し難きも 佛は衆生の為に説きて餘すことなし。

    普く諸法を現じ淨無穢なり、 是を無上深法門と名く。

  如來一毛孔を觀見するに 一切衆生は悉く中に入り

    衆生も亦た往來の想なし、 是を諸方照法門と名く。(已上)

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