「格差本」の紹介、4冊目です。
これは著者の力量が高く、企画も良い、優秀な本です。
大変よく売れていますが、それも当然ですね。
門倉貴史『ワーキングプア - いくら働いても報われない時代が来る』の紹介
前回御紹介した中野雅至『格差社会の結末』は処方箋の優秀さが特徴でしたが、
こちらは冷静な分析と労作のレポートが素晴らしいです。
本書の内容はどれも素晴らしいのですが、
中でもニートの数と若年層の失業率に明確な相関関係があると
具体的数値とともに明言したのは著者が最初ではないでしょうか。
この事実は、最近の報道によっても裏付けられており、
何も調べずに憶測で、ニートが性格的欠陥か倫理的劣等であるかのように
吹聴した無責任な論者は、みな恥じて軽口を慎むべきです。
労働力としての質というものは、同時代でも個々人で違うのが当然であり、
総論で「怠け者になった」などと語るのは単なる知的怠惰に過ぎません。
また、著者は女性の就業率を上げようと暢気に広報している政府と違い、
「 夫がワーキングプアに陥ってしまった家庭では、主婦のパートタイム
労働が大幅に増加するため、これが中長期的なパートタイム労働者の
賃金下落圧力になる可能性が高い 」
と危惧を表明しており、慧眼と言うべきだと思います。
これは景気の動向次第で変わりますが、通説の盲点でしょう。
他にも有名な「中高年男性の自殺数の増加」や
「非正規雇用の増加によってもたらされた影響」も
データとともにに取り上げております。
◇ ◇ ◇ ◇
ただ、今後の方策については、気になる箇所もあります。
筆者は厚生労働省の新しい労働規則(派遣・パート社員を一定期間後に正規
雇用させるもの)の素案を支持していますが、人件費を負担したくない企業
側は対抗策として正社員採用する必要がないように契約期間を調整してくる
に決まっています。
日本の仕事に対する価値観が、完全にオランダと違っている点から、
ワークシェアリングも相当困難と思われますが、どうでしょう。
ただ、最低賃金に関しては明らかに国際水準に較べて劣っており、
ぜひとも引き上げを実現したいところです。
(この点に関しては橘木俊詔 教授の『格差社会』に詳しい)
ワーキングプアを取材した9つのレポートも素晴らしいです。
「努力しない」「怠けている」との根拠のない批判が多いのですが、
その表現で語るのは明らかに間違っている実例が多いのです。
例えば福祉の現場で働いている若者は、
「元々持って生まれたハンディキャップが大き過ぎる」と語っており、
彼によれば、現在の日本は「生まれつき何かができない人たちが
隅に追いやられてしまっている世界」なのだそうです。
◇ ◇ ◇ ◇
著者の鋭い見解を以下にいくつか引用致します。
“ 「構造改革」を一言で言えば、日本経済の非効率的な部分
を取り除いて、効率的な経済に転換しようというものだ。
〔中略〕小泉政権が行った改革によって、不良債権の問題
は解決し、危機的な政府の財政についても、巨額の赤字・
債務残高は残ったままだが、更に財政赤字が拡大していく
ような危機的状況は回避できた。低迷していた景気も回復
軌道に乗って、経済成長率も高まりつつある。マクロ経済
のパフォーマンスを見る限り、小泉政権の改革は一応の成
果を収めたようにも見える。
しかし、この「構造改革シナリオ」には、完全に見落とさ
れてしまった視点がある。それは社会の「公平性」の確保
と言う視点である。
経済学の世界では良く知られていることであるが、「効率
性」と「公平性」は、トレードオフの関係にあって、どち
らかを優先しようとすればどちらかが犠牲を払わなくては
ならない。”
” 若者がニート化する原因はさまざまであるが、大きな要因
のひとつとして雇用環境の悪化が挙げられる。厳しい雇用
情勢が続くなか、就職できなかった若者が就業意欲を失い、
そのままニートになってしまうケースが多い。実際、15
~34歳の完全失業率を横軸に、ニート比率を縦軸にとっ
て47都道府県のデータをプロットすると、失業率とニート
比率の間に明確な正の相関関係を見い出すことができる。
ニートの問題が最も深刻なのは沖縄県で、2000年時点
では、15~34歳人口の失業率が14.1%(全国平均
は5.2%)、ニート比率が3.24%(同2.18%)
にも達している。
何が原因で若者がニートになるのかを確かめるために、47
都道府県のデータを使って、ニートの原因を雇用環境要因、
学校教育要因、経済要因の3つに分けてみた。その結果、
若者がニートになる一番大きな要因は、雇用環境要因であ
ることが分かった。ニートの原因の39.9%は雇用環境要
因で占められる。つまり就業機会が少ない状況下、就職試
験などに失敗・挫折したことがきっかけで、ニートとなる
若者が多いということだ。以下、経済的要因(27.1%)、
学校教育要因(19.0%)、その他の要因(14.0%)と
続く。”
” 派遣社員は使用する企業にとっては非常に便利な存在であ
るが、労働者の側に立ってみると、派遣社員は非常に過酷
な労務環境に置かれている。〔中略〕
派遣労働に対する考え方(複数回答可)を見ると、「長期
の雇用保障がないため不安である」と回答する割合が最も
高く、全体の50.0%を占めている。また「現在就業して
いる業務の雇用契約が更新されるかどうか不安である」と
の回答も32.2%と多い。その一方で、「自分に合った
契約期間や仕事が選べるので良い」という前向きの回答も
42.8%を占めた。
派遣元に対して、何らかの要望を持つ派遣労働者の数は、
66.4%に上った。要望の中で、最も多かった回答は、
「賃金制度を改定して欲しい」というもので、何らかの要
望を持つ派遣労働者の61.6%に上った。”
“ 将来必要となってくるのは、日本人が嫌う3K(きつい、
汚い、危険)の仕事を進んで請け負ってくれる単純労働の
外国人の方だ。今後は、単純労働者についても徐々に門戸
を解放し、職種に関わりなく合法的な移民を増やしてゆく
方向性に向かうと見られる。
労働力の確保という観点から見れば、移民の受け入れは望
ましいと言えるかも知れない。しかし日本が移民を受け入
れて、外国人労働者を活用するようになると、日本国内の
「ワーキングプア」の問題は更に深刻化する恐れがある。
外国人労働者が、日本の労働市場に参入するということは、
国内企業にとっていつでも使い捨てができる安価な労働力
を大量に確保できることを意味する。〔中略〕
外国人労働者の大量参入によって、日本の非正社員の所得
水準はいつまでも低い状態に抑えられることになり、正社
員と非正社員の間で所得格差が一段と拡大してくる恐れが
ある。”
この「格差」が、広い範囲に渡る重要問題であることが理解できます。
各章の間に挿入されているドキュメントにも
注目すべき視点がたくさんありますよ。
「 雇う側の気持ちも分かるんだ。だけどね、今は使う側がスタッフを人間だ
と思っていないように感じるよ。でも、自分たちの世代はまだいい。年金
ももらえるだろうしね。心配なのはせがれや娘の世代。〔中略〕
このまま企業が雑巾を絞るようにして、利益を上げていくんだとしたら、
それは異常なことだと言いたい。」
かつて卸売業を営んでいた経営者(現在、倒産して時給労働の身)の言葉です。
引用した箇所以外にも読みどころが数多くあります。
ぜひ実際に手にとってお読みになることをお薦め致します。
◇ ◇ ◇ ◇
以下は以前御紹介した本です。
橘木俊詔『格差社会 - 何が問題なのか』の紹介
文春新書『論争 格差社会』の紹介
中野雅至『格差社会の結末 - 富裕層の傲慢と貧困層の怠慢』の紹介
次回ももしかしたら「格差本」レビューが続きます。
これは著者の力量が高く、企画も良い、優秀な本です。
大変よく売れていますが、それも当然ですね。
門倉貴史『ワーキングプア - いくら働いても報われない時代が来る』の紹介
前回御紹介した中野雅至『格差社会の結末』は処方箋の優秀さが特徴でしたが、
こちらは冷静な分析と労作のレポートが素晴らしいです。
本書の内容はどれも素晴らしいのですが、
中でもニートの数と若年層の失業率に明確な相関関係があると
具体的数値とともに明言したのは著者が最初ではないでしょうか。
この事実は、最近の報道によっても裏付けられており、
何も調べずに憶測で、ニートが性格的欠陥か倫理的劣等であるかのように
吹聴した無責任な論者は、みな恥じて軽口を慎むべきです。
労働力としての質というものは、同時代でも個々人で違うのが当然であり、
総論で「怠け者になった」などと語るのは単なる知的怠惰に過ぎません。
また、著者は女性の就業率を上げようと暢気に広報している政府と違い、
「 夫がワーキングプアに陥ってしまった家庭では、主婦のパートタイム
労働が大幅に増加するため、これが中長期的なパートタイム労働者の
賃金下落圧力になる可能性が高い 」
と危惧を表明しており、慧眼と言うべきだと思います。
これは景気の動向次第で変わりますが、通説の盲点でしょう。
他にも有名な「中高年男性の自殺数の増加」や
「非正規雇用の増加によってもたらされた影響」も
データとともにに取り上げております。
◇ ◇ ◇ ◇
ただ、今後の方策については、気になる箇所もあります。
筆者は厚生労働省の新しい労働規則(派遣・パート社員を一定期間後に正規
雇用させるもの)の素案を支持していますが、人件費を負担したくない企業
側は対抗策として正社員採用する必要がないように契約期間を調整してくる
に決まっています。
日本の仕事に対する価値観が、完全にオランダと違っている点から、
ワークシェアリングも相当困難と思われますが、どうでしょう。
ただ、最低賃金に関しては明らかに国際水準に較べて劣っており、
ぜひとも引き上げを実現したいところです。
(この点に関しては橘木俊詔 教授の『格差社会』に詳しい)
ワーキングプアを取材した9つのレポートも素晴らしいです。
「努力しない」「怠けている」との根拠のない批判が多いのですが、
その表現で語るのは明らかに間違っている実例が多いのです。
例えば福祉の現場で働いている若者は、
「元々持って生まれたハンディキャップが大き過ぎる」と語っており、
彼によれば、現在の日本は「生まれつき何かができない人たちが
隅に追いやられてしまっている世界」なのだそうです。
◇ ◇ ◇ ◇
著者の鋭い見解を以下にいくつか引用致します。
“ 「構造改革」を一言で言えば、日本経済の非効率的な部分
を取り除いて、効率的な経済に転換しようというものだ。
〔中略〕小泉政権が行った改革によって、不良債権の問題
は解決し、危機的な政府の財政についても、巨額の赤字・
債務残高は残ったままだが、更に財政赤字が拡大していく
ような危機的状況は回避できた。低迷していた景気も回復
軌道に乗って、経済成長率も高まりつつある。マクロ経済
のパフォーマンスを見る限り、小泉政権の改革は一応の成
果を収めたようにも見える。
しかし、この「構造改革シナリオ」には、完全に見落とさ
れてしまった視点がある。それは社会の「公平性」の確保
と言う視点である。
経済学の世界では良く知られていることであるが、「効率
性」と「公平性」は、トレードオフの関係にあって、どち
らかを優先しようとすればどちらかが犠牲を払わなくては
ならない。”
” 若者がニート化する原因はさまざまであるが、大きな要因
のひとつとして雇用環境の悪化が挙げられる。厳しい雇用
情勢が続くなか、就職できなかった若者が就業意欲を失い、
そのままニートになってしまうケースが多い。実際、15
~34歳の完全失業率を横軸に、ニート比率を縦軸にとっ
て47都道府県のデータをプロットすると、失業率とニート
比率の間に明確な正の相関関係を見い出すことができる。
ニートの問題が最も深刻なのは沖縄県で、2000年時点
では、15~34歳人口の失業率が14.1%(全国平均
は5.2%)、ニート比率が3.24%(同2.18%)
にも達している。
何が原因で若者がニートになるのかを確かめるために、47
都道府県のデータを使って、ニートの原因を雇用環境要因、
学校教育要因、経済要因の3つに分けてみた。その結果、
若者がニートになる一番大きな要因は、雇用環境要因であ
ることが分かった。ニートの原因の39.9%は雇用環境要
因で占められる。つまり就業機会が少ない状況下、就職試
験などに失敗・挫折したことがきっかけで、ニートとなる
若者が多いということだ。以下、経済的要因(27.1%)、
学校教育要因(19.0%)、その他の要因(14.0%)と
続く。”
” 派遣社員は使用する企業にとっては非常に便利な存在であ
るが、労働者の側に立ってみると、派遣社員は非常に過酷
な労務環境に置かれている。〔中略〕
派遣労働に対する考え方(複数回答可)を見ると、「長期
の雇用保障がないため不安である」と回答する割合が最も
高く、全体の50.0%を占めている。また「現在就業して
いる業務の雇用契約が更新されるかどうか不安である」と
の回答も32.2%と多い。その一方で、「自分に合った
契約期間や仕事が選べるので良い」という前向きの回答も
42.8%を占めた。
派遣元に対して、何らかの要望を持つ派遣労働者の数は、
66.4%に上った。要望の中で、最も多かった回答は、
「賃金制度を改定して欲しい」というもので、何らかの要
望を持つ派遣労働者の61.6%に上った。”
“ 将来必要となってくるのは、日本人が嫌う3K(きつい、
汚い、危険)の仕事を進んで請け負ってくれる単純労働の
外国人の方だ。今後は、単純労働者についても徐々に門戸
を解放し、職種に関わりなく合法的な移民を増やしてゆく
方向性に向かうと見られる。
労働力の確保という観点から見れば、移民の受け入れは望
ましいと言えるかも知れない。しかし日本が移民を受け入
れて、外国人労働者を活用するようになると、日本国内の
「ワーキングプア」の問題は更に深刻化する恐れがある。
外国人労働者が、日本の労働市場に参入するということは、
国内企業にとっていつでも使い捨てができる安価な労働力
を大量に確保できることを意味する。〔中略〕
外国人労働者の大量参入によって、日本の非正社員の所得
水準はいつまでも低い状態に抑えられることになり、正社
員と非正社員の間で所得格差が一段と拡大してくる恐れが
ある。”
この「格差」が、広い範囲に渡る重要問題であることが理解できます。
各章の間に挿入されているドキュメントにも
注目すべき視点がたくさんありますよ。
「 雇う側の気持ちも分かるんだ。だけどね、今は使う側がスタッフを人間だ
と思っていないように感じるよ。でも、自分たちの世代はまだいい。年金
ももらえるだろうしね。心配なのはせがれや娘の世代。〔中略〕
このまま企業が雑巾を絞るようにして、利益を上げていくんだとしたら、
それは異常なことだと言いたい。」
かつて卸売業を営んでいた経営者(現在、倒産して時給労働の身)の言葉です。
引用した箇所以外にも読みどころが数多くあります。
ぜひ実際に手にとってお読みになることをお薦め致します。
◇ ◇ ◇ ◇
以下は以前御紹介した本です。
橘木俊詔『格差社会 - 何が問題なのか』の紹介
文春新書『論争 格差社会』の紹介
中野雅至『格差社会の結末 - 富裕層の傲慢と貧困層の怠慢』の紹介
次回ももしかしたら「格差本」レビューが続きます。