草桔梗 お菓子のような 花を咲き
馬糞 Bafun
小さな花は誰のために咲いているのだろうか。
近づいてみると、砂糖菓子のようにきれいでおいしそ
うな紫の花が咲いている。
もう、何万年も昔から、小さな虫のために咲いている
のかもしれない。
そのような目線で、小さな野草を鑑賞すると、風流な
発見があるものである。
クマゼミの 群れ鳴く所に 住んでおり
馬糞 Bafun
博多に仮住いして20年近くにもなる。
かつて、博多駅周辺にも田んぼが広がっていたものだ
が。
今は、雑草のようにビルが立っている。
仮住まいの周囲にも青々とした田んぼがあった。
春ともなると、蛙がにぎやかだった。
季節の声は風流には欠かせない。
花と同じように、小さな生き物の声にも幸せを感じる
ことができる。
ありがたい。
そういう日本人であることもまた、ありがたいことで
ある。
ところが、蛙銀河のような田んぼがなくなった。
木立もなくなった。
夏だといっても稀にしか蝉の声を聞かなくなった。
クマゼミがワシワシ鳴いている一角を通るたびに、
蝉が鳴くところに住みたいものだと願ったものである。
その願いがかなって、
今は表も裏も、クマゼミが群れ鳴く所に住んでいる。
盛大な夏である。
蛙、蝉、猫、鈴虫、木枯らし・・・。
願いはかなうものである。
惜しむらくは、蛙がいなくなったことである。
かつて、手作りの蛙の巣に、アマガエルが寝泊りして
越冬までしていたことがあった。
ポン吉と呼んで、楽しんでいたものだ。
ああ、田んぼが欲しいものだ。
ポン吉の仲間や、どじょうやめだかが住む田んぼであ
る。
【闇市の面影政党】
六十年前の夏も、こんな風に蝉は鳴いていたのだろう
か。
焼夷弾に焼かれ、やがて、原爆にも焼かれた。
百万人以上の人々が焼き殺された。
誰にか。
米軍である。
しかし、彼らはチャイナ人とは違って、気のいい奴ら
だった。
チョコレートなんか持ってきて、一緒にスイングしよ
う、なんて感じだったんだろうか。
日本人とアメリカ人は意外と相性がよさそうなのだ。
そんなアメリカ人も、ずいぶんとひどい戦争犯罪を犯
してきたものだ。
一般市民を無差別に焼き殺し、遂には、原爆で動物実
験のように何十万の日本人を殺戮したのかだら。
ところが、いつの間にか、悪いのは日本軍だ、「戦犯」
だなんてふうに、悪の主役がすりかえられた。
戦争にしたのはアメリカ主導だった。
パールハーバーは、戦争プロパガンダである。
戦争に負けた責任は国民にもあるじゃないか。
一蓮托生で戦ったんだから。
国家の生死をかけてやらざるを得ない道を選んだのだ。
もう、誰にも止められなかった。
日本の神々も、8割がたの賛成多数で戦争を決定した
のである。
夏場になると、いかにも被害者然として恨み言を言い
に出てくる『被爆者』というのがいる。
何とも恨めしい。
それを演出するのは、「進歩的日本人」と自称する善
人面をした「平和主義者」である。
朝日だけではない。
NHKもまた、そうした輩の巣窟である。
NHKの民営化を急ごうではないか。
選挙の争点とはしにくいだろうが、総裁選の争点にし
てはいかがだろうか。
「公式参拝はしません、河野衆議院議長の考えには共
感します」なんてぬかしている総裁候補がいるが、獅子
身中の虫をよく見ておくことだ。
卑屈外交の「戦犯」というべき輩である。
自民党というのは、結局、かくれ左翼や、官僚社会主
義者が混在している闇市的な政党である。
政治の世界は、旧態依然として、終戦直後の闇市の色
を残しているということである。
どうも、戦後は六十年では終わりそうもない。
Bafun
闇市⇒ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%97%87%E5%B8%82
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/daijuusandai