ベジタリアン・マーフィーの菜食日記・日々是精進

平和を愛するベジタリアン。生命倫理、菜食、環境問題など、みんなで考えよう!

切磋琢磨

2011-02-28 21:39:19 | 心の修養
「切磋琢磨」この言葉は日本人にも馴染み深いですね。
これまた「詩経」の一節です。
現代文的に訳してみます。


池のほとりを眺めてみると、緑色の美しい竹が茂っている。
その美しき竹を見て、美しき君子を連想した。

君子は、切するが如く、磋するが如く、琢するが如く、磨するが如し。

切磋は学問を極めることを言い、琢磨は自らを修めることを言う。

この美しき君子は修養の結果、麗しき威儀を備えるに至ったのである。

この君子が盛徳と至善を備えたが為に、国民は後世に至るまでも其の徳容を忘れることは出来ないのだ。


今の時代では、ブータン国王のような方でしょうか~。

ブロッコリーを使う

2011-02-27 19:12:05 | べジ自炊

教育テレビ「きょうの料理」で中華の陳さんがブロッコリーの唐揚げを紹介してたので、早速やってみました。

さらにブロッコリーの茎はきんぴらにしました。


【揚げブロッコリーのチリソースあんかけ】

〈チリソース〉

しょうが…1かけをすりおろす
豆板醤…小さじ1
トマトケチャップ…大さじ3

これを菜種油で炒めブツブツしてきたら火を止める。


昆布だし…1カップ
料理酒…大1
水溶き片栗粉…大2
これを合わせて弱火で混ぜ合わせて、最後に酢…小1を入れてしばらくしてから火を止める。


〈揚げブロッコリー〉
ブロッコリーは塩ゆでして、片栗粉をまぶして揚げる。


【ブロッコリーのきんぴら】

ブロッコリーの茎を使い、人参、ごぼう、薄揚げとできんぴらにしました。

調味料は胡麻油、塩、粗びき胡椒、一味唐辛子、淡口醤油、きび砂糖です。

天保山ベジレストラン:グリーンズ

2011-02-26 22:27:41 | べジ外食

今日はちくばのベジ友ゆかさんと、何年かぶりに大阪の天保山にあるグリーンズさんに行きました。
このお店は障害者自立支援のカフェで、料理は全て植物性です。
今日も天然酵母パン、ポトフ、スープ、豆腐バーグ、レタス、きゅうり、ブロッコリー、人参、わかめ、いんげん豆、コーンなどお腹いっぱいいただきました。
おかわり自由で、800円なり!

その後、ゆかさんの同僚みほさんと天六にあるミントさんでドリンクタイム&おしゃべりタイムを楽しみました。
このお店もベジ・フレンドリーですが、乳製品はあります。ドリンクの豆乳対応も、プラス50円で飲めます。

ゆかさんからは、ブラウニー、デーツ、クッキーを、みほさんからは天然酵母パンのお土産をいただき、なんともありがたい一日となりました。

大豆の汁スープ

2011-02-22 18:15:43 | べジ自炊
【白味噌仕立ての豆乳鍋・カレー風味】

使った調味料:岩塩、昆布だし、粗びき胡椒、ガラムマサラ、白味噌、カレー粉

具:白菜、カボチャ、ブロッコリー、ぶなしめじ、ベジウインナー。


※ベジウインナーではなく、厚揚げを切って入れてもイケるはずです(o~-')b

トランス脂肪酸

2011-02-21 20:23:14 | その他
やっとこさ日本政府もトランス脂肪酸が健康に悪いと認めて、業界団体に表示を義務づける要望を出しましたね!

でも決して使用禁止措置ではなく、食べる人の判断に委ねるわけで、お酒やタバコと同じで、健康に悪いのを分かってて口に入れた“あなた”に責任がありますよ~
と言うニュアンスを感じます。

『止まる所を知る』

2011-02-20 22:07:53 | 心の修養
『止まる所を知る』

古の中国に詩経と言う経典がありますが、その中の文章を簡単に紹介します。


美しい鳴き声の鶯は山の小さな峰の茂みに止(とど)まって居る。

もし人間が止まる所を知らずに、自分勝手な振る舞いをすれば、萬物の霊たる人間にして鳥にも及ばないことになる。

そのような事態に陥ることは宜しくない。


※なぜ鶯が小さな峰の茂みに止まるのが正しいのかは、この場では言えませんのでご了承下さい。


さらに続きます。


文王のような明徳なる君子は“仁”に止まるのが宜しい。
家臣にあっては“敬”に止まり、人の子としては“孝”に止まり、国民と交わるときは“信”に止まるのが宜しい。


人には各々の地位や立場などがあり、各々に止まるべき所があるのですね。

日に新たに

2011-02-18 22:01:45 | 心の修養
湯の盤の銘に曰く、『まことに日に新たに、日日に新たに、又日に新たなり。』

昔の中国の殷(いん)と言う国の聖君、湯王(とうおう)が、毎朝顔を洗う時に、タライにこの句が彫ってあり、自分自身の志を高めるようにされていました。

修養というものは毎日毎日の積み重ねで、昨日よりは今日、今日よりは明日…と進歩していくもので、決して休んでおろそかにしてはいけないのですね。


古の聖君は、決して権力の座に、あぐらをかいてはいなかったのだろーな~、と推測しています。