予期せぬ劇症肝炎、そして生体肝移植からの壮絶脱出劇!
がんばれ!肝臓くん。。
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自己紹介 | |
2005年8月劇症肝炎発症、10月移植手術、2006年8月再手術、6回の入退院、延べ1年間の入院生活を送り、現在無事回復、わたし「かんぞう」の今も続く、激動の闘病体験記です。 |
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移植時の食事~①発症から移植手術まで
カテゴリーの中で唯一記事の無かった「移植後の食事」。
一年間の入退院生活では絶食期間が長く、やはり制約も多かった。
・・・・・・・・・
発症時(2005年8月)、既に食欲は無い。
実はその1ヶ月程前から、健康の為、ダイエット(低炭水化物ダイエット)を
敢行、72kgまで増えた体重をベストの65kgにするべく、極力お米類を
避けていたが、結果、68kgほどまで減少していた。
そんな事があり、食べない、のか、食べられない、状態なのか自分ではよくわ
からないような感じだった。
ただ、おにぎり一つ食べることが、この時点では「出来なかった」。
そんなこんなで、徐々に吐き気をもよおし、ついには吐いてしまって休日当番
病院にかかることから闘病が始まる。
S内科で新札幌のSH病院を紹介され入院した時は、食欲は全く無し。
吐き気は増大。
しかも、点滴のルートを首(鎖骨の辺り)に取るのに、針をゴリゴリと数時間
掛けて入れられた時点でノックアウト。
食欲は完全に消え失せる。
肉体的に、というより、精神的に打ちのめされた形。
そしてすぐK病院に転院して、長い長い絶食生活は始まった。
(この時点でダイエットをしていたことを少し後悔、美味しいものを、たく
さん食べておけば良かった、と。)
K病院では一ヶ月、食べた記憶は無い。
長時間に及ぶ透析で体力が無くなり、動かないので腹が減らない。
栄養分は点滴で補っているので問題も無く、でも吐き気は定期的に起こる。
後にH大でお世話になるF先生が時々様子をみにきてくれたが、
「今の対処方法は間違いないですから、頑張って。」
と言われた中で、ただ食事に関してだけは、
「もし食べられるなら、少しでも食べた方がいいんだけど。」
と話していたのが印象に残っている。
後の事(多分、移植手術を想定していた?)を考えた時、少しでも体力を
維持する為には、口から食事を摂るのが一番よい、ということだった。
一年間の入退院生活では絶食期間が長く、やはり制約も多かった。
・・・・・・・・・
発症時(2005年8月)、既に食欲は無い。
実はその1ヶ月程前から、健康の為、ダイエット(低炭水化物ダイエット)を
敢行、72kgまで増えた体重をベストの65kgにするべく、極力お米類を
避けていたが、結果、68kgほどまで減少していた。
そんな事があり、食べない、のか、食べられない、状態なのか自分ではよくわ
からないような感じだった。
ただ、おにぎり一つ食べることが、この時点では「出来なかった」。
そんなこんなで、徐々に吐き気をもよおし、ついには吐いてしまって休日当番
病院にかかることから闘病が始まる。
S内科で新札幌のSH病院を紹介され入院した時は、食欲は全く無し。
吐き気は増大。
しかも、点滴のルートを首(鎖骨の辺り)に取るのに、針をゴリゴリと数時間
掛けて入れられた時点でノックアウト。
食欲は完全に消え失せる。
肉体的に、というより、精神的に打ちのめされた形。
そしてすぐK病院に転院して、長い長い絶食生活は始まった。
(この時点でダイエットをしていたことを少し後悔、美味しいものを、たく
さん食べておけば良かった、と。)
K病院では一ヶ月、食べた記憶は無い。
長時間に及ぶ透析で体力が無くなり、動かないので腹が減らない。
栄養分は点滴で補っているので問題も無く、でも吐き気は定期的に起こる。
後にH大でお世話になるF先生が時々様子をみにきてくれたが、
「今の対処方法は間違いないですから、頑張って。」
と言われた中で、ただ食事に関してだけは、
「もし食べられるなら、少しでも食べた方がいいんだけど。」
と話していたのが印象に残っている。
後の事(多分、移植手術を想定していた?)を考えた時、少しでも体力を
維持する為には、口から食事を摂るのが一番よい、ということだった。
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