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羽田から広島へ

帰省していた次男くんは、年越しを前に横浜に戻る。

広島への転勤の為。


到底1人で処理できる作業量ではないので母親も応援に。



1月1日付けの転勤。なんだそりゃって感じだけど、まぁ本当に色々と大変な事情があっての結果。

しょうがない。



広島…行ったことがない。

結構あっちこっち行ってるつもりでいたけど、広島、行ったことがない。

北広島市、なら目の前なんだけど。



通勤の都合上、自動車を持たねばならない次男くん。

その準備も着々と。




車を持ったなら、

尾道巡り、

しまなみ海道、

呉、

厳島神社、

行ける所はたくさんある。


カープにサンフレッチェ、ファイターズにコンサドーレ、

どう?



大変なことはたくさんあるだろうけど、

楽しみもたくさん、ある。


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大変なことが増えていく

この数週間、なんだか毎日病院通いをしている感覚。

実際にはおそらく3日に1回くらいなんだろうけど、それでもそのくらいの頻度。

自分と母親と、息子くんと。



その時間のすき間に仕事をしているような…

還暦を過ぎ61になり、普通に仕事を、今までのペースで仕事を、

仮に自分が可能でも、周りの要素がそれを簡単にさせてくれなくなってきた。


難しくなってきた。



大変なことが多くなるのに、自分の肉体的衰えが増大していき…


なんか…大変だぁ。
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母の退院

一昨日、母が無事退院した。


結局、病名は「リウマチ性多発筋痛症」

ステロイド剤の投与で炎症は治まった。


今後は、外来でステロイド剤の減量を目指していくことになる。



このステロイド剤にしろ、鎮痛剤にしろ、服用しないで済むならそれに限る。

肝臓、腎臓に与える影響は大きい。


自分の場合、子供でもOKのカロナールでさえ、望みの量を処方してもらえない。

最多でも30日分のみ。

なので調子のいい時は服用しないようにしている。

カロナールでさえ。



それもこれも、やっぱり、メリットとデメリット。

痛みを抑えるメリットと他臓器にダメージを与えるデメリット。



これ、いつも妻と話しているんだけど、今、だから、であって、もっと歳を取ったり、

寿命の先が見えたり、そうなったら迷わず「痛みを緩和する」方を選ぶ。


もちろん無駄な延命治療は望まないし、最期はやはり、少しでも痛くない生活を送りたい、

と妻には伝えている。


だからと言って、そんな自分の考えを親に押し付けるつもりも毛頭なく、その辺はよく話して決めるつもりだ。




ステロイド剤を減量していく過程で、もし痛みが増して来たら、その時が考えもの。

でも、子としての望みはやっぱり、痛くない生活、だなぁ~。


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病院難民

以前、父が簡単スマホを初めて持った時、せめて簡単な文字を打つことができるように、って言ったことがある。

それはいずれ来る入院等、病院生活の為。


その頃はまだコロナ禍っていうわけではない時で、それでも、病室から、なんなら寝たままで連絡手段を

持つことが、いかに自分の為になるかっていうことを実感していたから。



それが今、このコロナ禍、面会は軒並み禁止で、入退院時の付き添いさえ許されていない所もある。

連絡手段が無いと、その時の状況がわからない、欲しい物がわからない、何もわからない、

患者側からすると、希望を伝えられない、外で何が起こっているかわからない、

なんと言っても、寂しい。



で、今の母。この状態。

情報弱者になると、おちおち入院なんかしてられない。

今の病院、電話(普通の)を与えられてる。

でも使えない。耳が遠いから。意味ない。

洗濯等の交換は全て看護師さんを仲介して。NSまでは行ける。




面会禁止の、

いい所、悪い所、それは、患者、見舞い、それぞれあるにせよ、

ことと場合によっては、入院すると病院難民になりかねない。


これから、歳取ることに甘んじて、時代についていけなくなることにならないよう、

これも頑張らなきゃと思う。
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母の入院

母が自らの誕生日に入院した。

90歳の誕生日。

リウマチ系から来る全身の痛みが酷くなったから。



治療は鎮痛剤と免疫抑制剤の投与が中心になるという。

思えば、前回、同じような症状で入院した(当時は外科、今回は内科)のは、

自分の前立腺がん手術の日。



なので色んなことが後手後手になり結構大変だった 。

これまで、

父も健在なので、通院等、極力両親二人に任せていたんだけれど、とにかく二人とも耳が遠くて、

まともな会話にならない。

看護師さんとも、もちろん医師とも。

どうやら、お医者さんの説明もよく聞こえてなくて理解していなかったみたい。


ここにきて、父もさすがに限界を感じたのか、病院関係は全てこちらに頼るようになった。

良いと思って任せてきたけれど、これからはさすがに...




もし、自分が元気で、ろくに病院にかかったことが無かったとしたら、上手く対応できるか、色々なことに、

って思うけど、なんと言っても、


自分が「患者のプロ」で、妻が「看病のプロ」のわが家。


なんか、これからの、老親二人の、一連の流れが、手に取るようにわかってしまう気がして、

それがいいんだかどうなんだか。




平成5年に二世帯住宅を建て、平成6年に両親、祖母と同居を始め、今年で28年目の共同生活。

当時妻は29歳。

同居歴だけなら、妻は「二世帯住宅のプロ」でもある。


その共同生活も、段々先が見えてきた。

そもそも、自分たちが自分たちの老後を真剣に考えなければならない時期。

でも正直、現状ではそれができない。


介護もそうだし金銭面も、家の処分さえも今は考えられない。

終活はどんどん進めてはいるけど、今後10年間の見通しが立たない。



今、自分にできること、と言うか絶対やらなければならないこと、

両親との生存競争に勝つこと、これに尽きる。



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病病介護

ヤングケアラーや老老介護。

CMでもそうだし、最近よく聞くようになった。

なんで最近そんなに?って思って妻に聞くと、


「だって、寿命が延びてきたからでしょ。」って。

確かにそうだ。

長生きする人が増えてきて、介護を要するようになってくると必然そうなる。



「老老介護」の定義を調べてみると、「介護する側」の年齢は主に65歳以上なんだとか。

わが家はまだ、ギリ当てはまらない。



その代わり、

「病病介護」

病気の自分が病気の親を介護。

運よく、まだ本当の意味での介護には至っていないが、ただ、両親共に90歳超え。


病院の送り迎え一つとっても、自分自身の通院と被らないように、っていうところから始まる。


これが、いつ本格的な介護になり、逆に、いつ自分が動けなくなるか...



「病病介護」

いつその時が来てもおかしくない。


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母の薬

普段からかなりの量の薬を服用している母。

内科と外科と、リウマチと。


特に痛み止めは異種の薬をダブルで。

なので、強い方の薬は、医者もあまり出したくないみたいで。



前回も、次の検診までの半分の量しか処方箋してもらえなかった。

でもその薬を服用しないと痛みは増すみたいで、もう、

90歳にもなったら、その時々の痛みを和らげる方が大事だと思う。



自分なんかは、そもそも肝臓が悪いし、カロナールでさえ

ろくに出してくれない。

そりゃ、我慢できない痛みなら別だけど、痛みを取りますか、

肝臓を取りますか、って言われりゃ、多少の痛みは我慢する。



だって、痛みは、我慢できればそれ自体で死ぬことはない。

肝臓はそうもいかないから。


今日、母の、追加の痛み止めを処方してもらう為に連絡するんだけど、

どうなのかなぁ。

医者は出したくないんだけど、でも、今、なんだよなぁ。



90も過ぎると。


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母の病院

先週末、母が発熱。

もう2年半になるけど、コロナ禍の今、発熱すると本当に大変。

元々関節痛だったりで定期通院している母で、他のかぜ症状も全くなく、コロナ感染する理由も

そう見当たらないので、おそらく痛みの元、炎症から来るものであると、

思ってはみても、病院はそういう判断はしてくれない。



土曜日だったので診察はなし。

ダメ元で電話してみたが、やはり熱があるとダメ。

更なる熱の上昇か痛みが我慢できない場合を除いて、月曜日、PCR検査で陰性を確認できてからの診察となった。



週明け、予想通り検査の結果は陰性。

なので指定の時間に通院するも、元々の予約ではないので待つこと待つこと。


結局、半日がかりの病院。

まぁでも、自分の検診だと、早朝家を出て、帰宅するのは夕方。

泊まり掛けで検診にきている人もたくさんいるので、そんなことを考えるとまだいい方だけど、


でもなんと言っても、母も89歳。

通院で寿命が縮む、とまでは言わないけれど、今、熱を出すと大変。



ちなみに、もし陽性だった場合は、保健所扱いとなるので、そこで一旦病院は離れ、

各自治体の陽性後の対応書式に則ることになる。




自分の場合、最初は保健所指示となるので連絡は保健所、でも最終的にH大病院での入院治療になる、

とH大の医師には言われている。



対応できる家族がいる場合はいいけど、これらの手続きを自分でしなければならないとなると、

熱があったりして調子が悪いとかなりキツい作業になると思う。





今回のことで改めて思ったのは、もし発熱等、コロナ初期症状が出た時、

自分はコロナではない、と思える、日ごろの対処ができているかどうか、

これはかなり大事なことだということ。


これがあるか無いかで、気持ちの点で大きく違う。

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ひとりごと

今年は年末年始、休み無く仕事、かなぁ。

大晦日、元旦くらいは休める、かなぁ。

でもこうやって忙しく働かせてもらえるって、幸せなんだろうなぁ。


だけど、還暦迎えてこの体制って、どうなんだろうなぁ。

15年前、「家に帰って仕事させろっ。」って、お医者さんに食ってっかってたの、懐かしいなぁ。

家に帰っても、全然仕事にならなくて、一生働けないんじゃ、って、真剣に思ってたもんなぁ。


あの時、まだ小学生と中学生だった子供たち、すっかりオヤジの仲間入り。

今じゃ、親よりずっとたくさんの収入、しかも将来の心配なし、だものなぁ。

コロナ、どこ吹く風、だし。何の影響も受けない職種。


まあでも、それが一番。

子どもが安定しているのが1番。


あとは…

子どもたちの結婚、見られるか。自分の頑張り所。

孫の顔??

そこまでは無理だろうなぁ。



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長男くんご帰還で少しだけ年末らしくなってきた我が家

今年の年末年始は、両親と、夫婦二人、年寄りだけの寂しいものになると思っていたら、

今晩、長男くん、帯広より帰還。

ちょっとだけ年末らしくなってきた。



今年もあと5日。

めでたく正月を迎える雰囲気でもないけど、年が変わると少しでも何かがいい方向に向かうと期待を込めたい。



仕事事情でいくと、仕事、かなぁずっと。

でも、今年は限りなく危なかった年なので、今普通に仕事ができることに感謝。



今、色んな大変なことあるけど、生きてるだけで幸せ、っていうのは心の底から実感。

仕事がない、って言ったって、仕事ができない、よりは数倍増し。


したくてもできない、ことがどんなに辛いことか、これ本当に実感です。


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介護認定による手すり取付工事

母の要介護認定により、1割負担で室内手すりと外階段の融雪マットを設置することができた。


玄関、廊下手すり、


便所内、


便所入口、


浴室入口、


寝室と廊下、



外階段の融雪マット、



最大枠は20万円まで。

工事は4時間半ほど。

工事費を1割現金払いで、残りは業者さんが役所に申請することになる。


なんか、役所に助成してもらう、みたいな感じだけど、

そもそも、介護保険料、安くはない金額、納めてますから。



あとはどう上手く手すりを利用するか。

リハビリ兼ねて、上手く。


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福祉介護用品

一か月も前に申請している母の介護認定の結果がまだこない。

お役所仕事もいい加減にしてくれ、って感じ。


本来なら介護認定証がきてから、手すりを付けたりしなければならないけど、母は既に退院して家での生活を始めている。

なのでまずはレンタルお試しで取り外し式の手すりを付けてもらった。


玄関と便所内にはポール式、ベッド脇と居間のソファ―脇に据置き式。




時代は変わって便利なものがあるものだ。


介護認定が決まって、今週以降には、今度はちゃんとした手すり等のリフォーム工事をすることになる。


工事の場合、最大20万円まで1割負担になる。

危険ポイントは結構あるので、せっかくのこの機会にやってしまいたい。




ケアマネージャーさんからいただいた介護用品のカタログを見ていて、いいものを見つけた。



尿取りパッド。


色々なのがある。


一緒に買ってしまいたいけど、そうもいかず、あることは確かめられたので、ドラッグストアを周ってみようと思う。


母の介護、っていうけど、自分も介護用品にお世話になる身分だった。


幸い母は、入院前よりもむしろ元気なんじゃないかって感じで、そこは本当によかった。



尿漏れ進行中、左脚、右肘治療中の自分としては、負けられないと思うんです、母には。




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母の退院

前立腺がん手術の2日後に、腰部圧迫骨折で入院した母が今日退院。

ようやく家が落ち着いた。

やっぱり全員揃ってナンボの世界。


心配していたのと同じくらい予想してもいたけど、母はむしろ元気増しして帰ってきた。

コルセットありき、だけど。


最低、今年一杯はコルセットは外せないみたいで、リハビリ
争いを母と..??!



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手術後二日目、母の入院。

母の入院時、自分は手術後2日目。

着替えを持って病院に来てくれた妻に 聞いた。

「思ったより元気そうだから言うけど」ってことで。



入院時は全然そんな感じではなかったので、母が入院と聞いて思わず、

「どっちの?(自分の方か妻の方か)」

って聞いていたほど。



これで、なんか、手術後の痛みが吹っ飛んだっていうか、これが一番困るヤツ、

父や母が、自分が不在の時に、っていうパターン。



しかも翌日、(母の)主治医からの説明には、父一人で聞きに行かなければならない状況。

耳が遠いことに加えてなんてったって90歳。


話しを聞いてきても的を射ない。

原因は?今の状況は?骨折は?治療法は?今後の予定は?

何一つ詳細がわからない。



妻からの又聞きなのでなお更わからない。

自分は自分であまり余裕が無いので頭に入ってこない。

超絶悪循環。


その間に介護認定の申請とか、自分の入院中は大変だったみたい。



で、リモート面会を申し込んだ時に、主治医との面談も希望していたので、

昨日、行ってきた。

ようやく全貌が見えて、今後の目途も把握できた。

一応自分もまだ、手術後養生の期間なんだけど、なんかやっぱり吹っ飛んだ。




病気になると(周りがなっても)色んなことが見えてくる。

いいことも悪いことも。

敢えて言えば、いい人もそうでない人も。



これから、両親を見送らねばならない。順番から言って。

逆にはなりたくない。


その為には自分の健康。

それが大事。

そしてそれが、

一番難しい。



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リモート面会

入院して2週間の母。

看護師を介しての荷物の受け渡ししか接触機会が無く、しかもこれまでやってきた父の話しだと、

どうもハッキリしないことが多く、でも面会禁止。

で今日、リモート面会に父と二人で行ってきた。


第一印象は思ったより元気そう、言葉もハッキリしていたので一安心。


面会前には担当の看護師さんから直接話しを聞くこともでき、ようやく全体の様子が把握できた。



あとは週明け5日に設定してもらった主治医との面談で詳しいことを聞く。




自分の時は、自分で聞いて質問してハンコ押して、それを家族に伝えて、って話しが早かったけど、

母の場合はそうはいかない。


各病院で面会禁止がいつまで続くかわからないけれど、そんな時代はコミュニケーション ツールとしての

スマホの有難みを強く感じる。

大部屋の病室でも、通話はダメでもメールやLINEならやり放題。

これからは、老人にも必須かも。



当初4週間、と言われていた入院期間も、今日話しを聞く限りとても無理そう。

退院できても、その時の状態で家のリフォームも必要になる。

任せられるものは任せるとしても、まずは自分の体調を少しでも改善させ無ければ、と思う。


病院に行って、帰宅して、ほんの小一時間、パッドだとやっぱりそれが尿漏れの限界。

もっと重装備でないと、持たない...



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