本当は「総括」と銘打って、力を込めて描きたかったのですが、第3局で力を使い果たしてしまったので、「感想」としておきます。そもそも、第3局にしても、BS中継のファンファーレにいちゃもんをつけたくて書き始めたのですが……なぜか「その7」まで……。
まず、4局を簡単に振り返ってみます。
第1局は、横歩取り8五飛戦法。羽生名人もよく指すのだが、三浦八段の得意戦法、研究を受けて立った感じ。
将棋は三浦八段の研究が生き、三浦八段優勢で進む。しかし、羽生も独特の勝負手で三浦八段を楽にさせない。それでも、終盤に入るころには、「三浦勝勢」という声も上がっていた。しかし、局面はそれほど単純ではなく、微差だったようだ。
精読の二日間の後の時間切迫の三浦八段が勝ち切るのは容易ではなく、足取りの鈍った三浦八段を、最後の直線で羽生名人が抜き去った。
第2局も先後は違うが、横歩取り8五飛戦法。後手の三浦八段が温めていた構想で挑むが、羽生名人の指し手がそれを上回り、快勝。
羽生名人の快勝であったが、羽生名人だから快勝になったので、並の棋士なら勝ち切るのは容易でないように思う。
終盤の▲5三歩が羽生名人ならでは柔らかい手で、一見ふんわりとして厳しさに欠けるように見えるが、含みが多く形を決めないだけに受けにくく、攻めてくる手に対しては、カウンターになる絶妙手で、羽生名人しか指せない手だと言えよう。
また、封じ手の最強の踏み込み、玉の安全を確保しつつ8八の角も働かせる9八への玉捌きも見事だった。「羽生の名局」と言ってよいだろう。
第3局も横歩取り戦法。8四飛型だが、8五飛戦法から派生した変化。
三浦八段主導の変化で、「三枚換えの駒得対駒の働きの優位さ」の戦いとなった。先手の三浦八段の飛車を捕獲できるか、それを振りほどいて飛車を捌けるか、あるいは、飛車を取らせる間に、後手玉に食らいつけるかの、大局観と細かい読みが必要とされる将棋となった。
羽生名人優勢の将棋と見られたが、中盤から三浦八段が力を発揮し始め、「逆転したのでは」という声がささやかれる。しかし、窮地に陥ったかに思われた局面で、そんな声を打ち消すような名人の△6五桂。相手の剣先を首の皮一枚切らせるかわりに、上段の構え(△6五桂打)から相手を袈裟がけに切り下ろす。まさに、達人の間合い。
ところが、最後の最後に、三浦八段の剣先を受ける手を間違え、三浦八段に勝ちへの道が開ける。
ゴールへの道が三本ほど見える。ここで、必殺モードに入っていた三浦八段は、回り道を選ばず、足場の悪い最短距離を目指してしまった。
最後の最後(投了図の局面)でも、羽生名人はミスを犯したが、三浦八段には足を動かすエネルギーは残っていなかった。
第4局は、後手三浦八段の変則矢倉。
先手に飛先を切らせる代わりに、銀冠から金銀を盛り上がる。圧迫感が大きく、先手がやや指しにくい感じ。じっとしていては、中押し負けの恐れのある羽生名人は、△7五歩から強引に動き、三浦八段もそれを真っ向から受けて立つ。駒の取りがいくつも交錯する複雑な局面を羽生名人が読み勝ち優勢に。
三浦八段も△2三角という渾身の勝負手を放ち、難解な終盤戦に。
終盤、羽生名人が攻めを誤り、三浦八段が手厚い形勢に。
ところが、羽生名人が妖しい勝負手連続して放ち、揺さぶられた三浦八段は受け手を誤り、逆転。三浦八段、無念の投了となった。
終盤、接近戦の中、相手の死角を衝くような羽生名人のフック(▲1七桂、▲3三歩、▲2五桂、▲4四金、▲4四角)が印象に残った。
個人的には、4連勝の防衛だし、将棋の内容も面白かった。
また、誠実な三浦八段も魅力いっぱいで、特に前のめりの対局姿勢は心に迫るモノがあった。
第2局を除いて接戦で、三浦八段が後一歩、いや、半歩足りないだけだった。
しかし、私にはその半歩が、ものすごく大きい半歩、いや、もしかすると、半歩に見えたのが実は二歩も三歩も差があったのかもしれない。(羽生びいきの欲目かも)
その根拠の一つに、羽生名人が三浦八段の土俵で戦ったということが挙げられるが、それよりも強く感じたのは、最終盤の指し脚の差。
羽生名人もここ数年、たまに終盤の足取りに乱れを見せるようになった。今期の名人戦も、その傾向が少々見られた。
ただ、今期に関して考察すると、三浦八段の土俵で戦ったうえで、三浦八段の研究を上回ろうという姿勢だった。読みの方向性(大局観)は普段通りだったかもしれないが、読みの射程距離をいつもより伸ばしたのではないだろうか。多少のぐらつきは許容範囲だろう。
三浦八段の研究や読みの量は、凄いと想像できる。
ただ、研究はともかく、その自分の読みを信用しきれていないのではないだろうか。だから、普通の棋士が考えないであろう変化まで読んでしまう。相手の手番でも、あれやこれや読みを巡らす。さらに、研究手順との照合も綿密に行う。
名人戦のヒノキ舞台、初めての二日制と、マイナス要素もあった。
2日目夜戦に入ると、スタミナが切れてしまっていたように思える。
練習までした封じ手を結局一度もしなかった。用意周到な三浦八段らしい準備とも思えるが、私には封じ手するのを恐れていたように思える。封じ手をした場合、その手に対しいろいろ心配や後悔をしてしまう。そういう状態になってしまうのを恐れていたと。
封じ手の練習をしたのは、封じ手をするためではなく、万が一封じ手を余儀なくされた場合に、戸惑わないようにしたかっただけではないのか。始めから封じ手はしないつもりだように感じる。
第4局の封じ手前の指し手の早さに、その意が強くなった。
三浦八段は余裕がなかった。1局の将棋に関すれば、封じ手をしない方が三浦八段にとってはプラスだったかもしれないが、ともかく、1度は封じ手を経験するべきだった。そのぐらいの余裕がないと、名人にはなれない。
羽生名人が、勝敗だけにこだわるのなら、研究を外したり(最近は相手の研究を外して勝てるほど甘くないが)、封じ手番を巡る駆け引きをしたり、終盤戦で勝ちを急がず息長く指したり(相手の息切れを待つ)と、勝負にこだわる指し方もできた。(自分の将棋を崩してしまう可能性もある)
勝負の正道を歩く羽生名人だが、今回は特にそんな気がした。
今回、残念ながら三浦八段はストレートで敗退したが、この経験はきっと生きてくるはず。活かすはず。
今後、三浦八段の将棋が変貌する可能性は大きい。
まず、4局を簡単に振り返ってみます。
第1局は、横歩取り8五飛戦法。羽生名人もよく指すのだが、三浦八段の得意戦法、研究を受けて立った感じ。
将棋は三浦八段の研究が生き、三浦八段優勢で進む。しかし、羽生も独特の勝負手で三浦八段を楽にさせない。それでも、終盤に入るころには、「三浦勝勢」という声も上がっていた。しかし、局面はそれほど単純ではなく、微差だったようだ。
精読の二日間の後の時間切迫の三浦八段が勝ち切るのは容易ではなく、足取りの鈍った三浦八段を、最後の直線で羽生名人が抜き去った。
第2局も先後は違うが、横歩取り8五飛戦法。後手の三浦八段が温めていた構想で挑むが、羽生名人の指し手がそれを上回り、快勝。
羽生名人の快勝であったが、羽生名人だから快勝になったので、並の棋士なら勝ち切るのは容易でないように思う。
終盤の▲5三歩が羽生名人ならでは柔らかい手で、一見ふんわりとして厳しさに欠けるように見えるが、含みが多く形を決めないだけに受けにくく、攻めてくる手に対しては、カウンターになる絶妙手で、羽生名人しか指せない手だと言えよう。
また、封じ手の最強の踏み込み、玉の安全を確保しつつ8八の角も働かせる9八への玉捌きも見事だった。「羽生の名局」と言ってよいだろう。
第3局も横歩取り戦法。8四飛型だが、8五飛戦法から派生した変化。
三浦八段主導の変化で、「三枚換えの駒得対駒の働きの優位さ」の戦いとなった。先手の三浦八段の飛車を捕獲できるか、それを振りほどいて飛車を捌けるか、あるいは、飛車を取らせる間に、後手玉に食らいつけるかの、大局観と細かい読みが必要とされる将棋となった。
羽生名人優勢の将棋と見られたが、中盤から三浦八段が力を発揮し始め、「逆転したのでは」という声がささやかれる。しかし、窮地に陥ったかに思われた局面で、そんな声を打ち消すような名人の△6五桂。相手の剣先を首の皮一枚切らせるかわりに、上段の構え(△6五桂打)から相手を袈裟がけに切り下ろす。まさに、達人の間合い。
ところが、最後の最後に、三浦八段の剣先を受ける手を間違え、三浦八段に勝ちへの道が開ける。
ゴールへの道が三本ほど見える。ここで、必殺モードに入っていた三浦八段は、回り道を選ばず、足場の悪い最短距離を目指してしまった。
最後の最後(投了図の局面)でも、羽生名人はミスを犯したが、三浦八段には足を動かすエネルギーは残っていなかった。
第4局は、後手三浦八段の変則矢倉。
先手に飛先を切らせる代わりに、銀冠から金銀を盛り上がる。圧迫感が大きく、先手がやや指しにくい感じ。じっとしていては、中押し負けの恐れのある羽生名人は、△7五歩から強引に動き、三浦八段もそれを真っ向から受けて立つ。駒の取りがいくつも交錯する複雑な局面を羽生名人が読み勝ち優勢に。
三浦八段も△2三角という渾身の勝負手を放ち、難解な終盤戦に。
終盤、羽生名人が攻めを誤り、三浦八段が手厚い形勢に。
ところが、羽生名人が妖しい勝負手連続して放ち、揺さぶられた三浦八段は受け手を誤り、逆転。三浦八段、無念の投了となった。
終盤、接近戦の中、相手の死角を衝くような羽生名人のフック(▲1七桂、▲3三歩、▲2五桂、▲4四金、▲4四角)が印象に残った。
個人的には、4連勝の防衛だし、将棋の内容も面白かった。
また、誠実な三浦八段も魅力いっぱいで、特に前のめりの対局姿勢は心に迫るモノがあった。
第2局を除いて接戦で、三浦八段が後一歩、いや、半歩足りないだけだった。
しかし、私にはその半歩が、ものすごく大きい半歩、いや、もしかすると、半歩に見えたのが実は二歩も三歩も差があったのかもしれない。(羽生びいきの欲目かも)
その根拠の一つに、羽生名人が三浦八段の土俵で戦ったということが挙げられるが、それよりも強く感じたのは、最終盤の指し脚の差。
羽生名人もここ数年、たまに終盤の足取りに乱れを見せるようになった。今期の名人戦も、その傾向が少々見られた。
ただ、今期に関して考察すると、三浦八段の土俵で戦ったうえで、三浦八段の研究を上回ろうという姿勢だった。読みの方向性(大局観)は普段通りだったかもしれないが、読みの射程距離をいつもより伸ばしたのではないだろうか。多少のぐらつきは許容範囲だろう。
三浦八段の研究や読みの量は、凄いと想像できる。
ただ、研究はともかく、その自分の読みを信用しきれていないのではないだろうか。だから、普通の棋士が考えないであろう変化まで読んでしまう。相手の手番でも、あれやこれや読みを巡らす。さらに、研究手順との照合も綿密に行う。
名人戦のヒノキ舞台、初めての二日制と、マイナス要素もあった。
2日目夜戦に入ると、スタミナが切れてしまっていたように思える。
練習までした封じ手を結局一度もしなかった。用意周到な三浦八段らしい準備とも思えるが、私には封じ手するのを恐れていたように思える。封じ手をした場合、その手に対しいろいろ心配や後悔をしてしまう。そういう状態になってしまうのを恐れていたと。
封じ手の練習をしたのは、封じ手をするためではなく、万が一封じ手を余儀なくされた場合に、戸惑わないようにしたかっただけではないのか。始めから封じ手はしないつもりだように感じる。
第4局の封じ手前の指し手の早さに、その意が強くなった。
三浦八段は余裕がなかった。1局の将棋に関すれば、封じ手をしない方が三浦八段にとってはプラスだったかもしれないが、ともかく、1度は封じ手を経験するべきだった。そのぐらいの余裕がないと、名人にはなれない。
羽生名人が、勝敗だけにこだわるのなら、研究を外したり(最近は相手の研究を外して勝てるほど甘くないが)、封じ手番を巡る駆け引きをしたり、終盤戦で勝ちを急がず息長く指したり(相手の息切れを待つ)と、勝負にこだわる指し方もできた。(自分の将棋を崩してしまう可能性もある)
勝負の正道を歩く羽生名人だが、今回は特にそんな気がした。
今回、残念ながら三浦八段はストレートで敗退したが、この経験はきっと生きてくるはず。活かすはず。
今後、三浦八段の将棋が変貌する可能性は大きい。