デンマーク・ロイヤル・バレエ『ロミオとジュリエット』(2)

  次はダンサーたちのパフォーマンスについて。

  前の記事は作品について書いたわけですが、自分で読み直してみて、我ながら実につまらない感想だな、と思いました。この振付はこういうことを示している、象徴している、この演出はこういうことを暗示している、表現しているといったことばかりで、感想自体が「頭でっかち」になってしまっています。

  ただ、『椿姫』もそうでしたけど、ノイマイヤーの全幕作品というのは、作品世界に浸る以前に、どうもノイマイヤーの狙いとか目的とか計算とか、そういう面が先に目立ってしまうために、すんなりと作品自体を楽しめないところがあるように思います。だから私の場合、感想もいきおい振付や演出の「分析」や「解釈」に走ってしまうようです。

  『ロミオとジュリエット』の振付や演出は実に緻密で、登場人物の一人一人に対して、ノイマイヤーが非常に具体的で細かい指示をしているのではないかと感じます。

  ですから、デンマーク・ロイヤル・バレエのダンサーたちは、みな演技が上手で、主役から脇役・端役に至るまで全員が各々の役割を持っており、その役割に沿って演技しているわけですが、それはダンサーたちが各自工夫して演技しているというよりは、ノイマイヤーによって、たとえばこう動いてこういう表情をするようにとか以外にも、甚だしくは顔の向きや歩く回数、歩幅の広さに至るまで、徹底して厳守するよう指示されているような印象を受けるのです。

  よって、デンマーク・ロイヤル・バレエのダンサーたちのパフォーマンスは、ダンサーたち各自の能力によるものなのか、それともノイマイヤーの指示を忠実に守っているだけなのか、今ひとつ判然としませんでした。

  ノイマイヤーの指示を厳格に守った結果があのパフォーマンスだとすると、デンマーク・ロイヤル・バレエのダンサーたちの優れた演技力はある意味、ノイマイヤーの指導に拠るところが大きく、デンマーク・ロイヤル・バレエ本来の能力とはいえないのではないか、と思いました。

  そうすると、ノイマイヤーによって定められた踊りや演技に、プラスアルファで自分独自の表現を加える、また進化させることのできているダンサーが優れているといえます。

  その点で私が魅力を感じたのは、第一には(ダントツで)キャピュレット夫人役のギッテ・リンストロム、第二にはマキューシオ役のモーテン・エガト、第三にはロミオ役のセバスティアン・クロボー、第四にはヴェローナ大公役のエルリング・エリアソンでした。

  以下、主要な役のダンサーについて、印象と感想とを書いていきます。

  このノイマイヤー版では、ジュリエットの母親、キャピュレット夫人がかなり踊ります。キャピュレット夫人役はギッテ・リンストロムで、リンストロムは踊りはもちろん演技も抜群に優れていました。

  リンストロム扮するキャピュレット夫人は、ジュリエットや夫であるキャピュレット公の前では、厳しい面持ちで両手を胸の前で組み、顎をこころもち上げて背中をピンと反らせています。夫のキャピュレット公にとっては従順で無感情な妻であり、娘のジュリエットにとっては冷たく厳格な母親であるわけです。

  ところが、甥のティボルトが現れると、キャピュレット夫人の表情や態度、仕草ががらりと変わります。キャピュレット夫人はティボルトに向かってあからさまな「女」の表情を浮かべ、艶っぽい意味ありげな目つきでじっと見つめます。夫と一緒にいるときでさえ、夫の目を盗んではティボルトに目をやり、ティボルトの頬を手で愛撫します。

  第一幕の舞踏会の最中、キャピュレット夫人はティボルトに誘われて階上に姿を消します。おそらく二人で「そういうこと」をしてたんでしょうね。舞踏会が終わって客たちが帰っていくときも、夫のキャピュレット公が一人で客たちを見送るのにかまわず、キャピュレット夫人はティボルトと嬉しそうに腕を組んで去ってしまいます。

  他のいくつかの版の『ロミオとジュリエット』では、ティボルトが死んだと知ったキャピュレット夫人は、一様に異常なまでに嘆き悲しみます。キャピュレット夫人とティボルトの仲は怪しい、と常々思っていましたが、ノイマイヤー版は彼らが道ならぬ関係にあることをはっきりさせています。

  キャピュレット夫人役のギッテ・リンストロムは、貞淑で従順な妻、厳格で完璧な母親としてのキャピュレット夫人の表情と、若い男に夢中になっている女としてのキャピュレット夫人の表情がまったく違いました。

  夫に対して無表情に接していたかと思うと、次の瞬間には艶っぽい表情を浮かべ、ねっとりした熱い目つきでティボルトを見つめる、その変わり身の速さとギャップの大きさがあまりに魅力的で、「このキャピュレット夫人とは、いったいどういう女性なのだろう?」という大きな興味が湧きました。ギッテ・リンストロムが登場すると、彼女から目が離せませんでした。

  舞踏会でのリンストロムの踊りもすばらしかったです。前の記事に書いた、片脚を高く上げて根元から一回転させる動きは非常になめらかで鋭く、それから床に爪先を突き立てるポーズでも、まるで脚が剣のようで、後ろに片脚を上げるのも高かったです。

  死んだティボルトに駆け寄ったキャピュレット夫人の踊りには凄まじい迫力がありました。リンストロムは垂らした長い髪を振り乱し、片脚を激しい勢いで天を衝くように高く上げ、両腕を鋭く振り回します。止めに入った夫のキャピュレット公を突き飛ばして、なおもティボルトの死骸にとりすがる様には息を呑みました。

  今まで夫に逆らったことがなかったであろうキャピュレット夫人は、おそらくティボルトが死んではじめて、激しい怒りと悲しみに駆られるままに、夫に対する本心(愛していないということ)を露わにしたのでしょう。リンストロムの踊りと演技はそれほど凄まじかったです。

  また、ティボルトの死によって狂ったように暴れるキャピュレット夫人の姿に、ジュリエットはやはりキャピュレット夫人の娘だな、と妙に納得しました。いったん激しい感情に駆られるとそのまま一直線、というところがそっくりです。

  とにかく、キャピュレット夫人にこれほど興味をかきたてられたのははじめてのことで、ギッテ・リンストロムの踊りと演技は最高にすばらしかったです。個人的には、この公演のベスト・パフォーマンス賞を進呈したいと思います。
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