デンマーク・ロイヤル・バレエ『ナポリ』

  今日は上野の東京文化会館でデンマーク・ロイヤル・バレエ日本公演『ナポリ』を観て、それから同じ上野公園内にある東京国立博物館(平成館)で「阿修羅展」を観ました。

  まずは『ナポリ』から。『ラ・シルフィード』を振り付けたオーギュスト・ブルノンヴィルの作品ということでしたが、プログラムをよく読むと、ブルノンヴィルの原振付は第一幕と第三幕の一部のみで、あとはすべて後人の改訂振付や追加振付だそうです。

  ただ、現存しているのはほとんどが後人による振付だといっても、ブルノンヴィル風の振付は保持しているはずで、第二幕の振付が全体からみれば他とかなり趣を異にしている以外は、振付の感じや印象は同じでした。

  それは、やはり細かくて複雑な足さばきです(ヨハン・コボーの原点を見たような気がした)。男性も女性も、とにかく足技でみせてくれました。なんか最初から最後まで、ダンサーたちの足の動きばっかり見ていました。

  この『ナポリ』はジャンプが高いとか、何回転もするとか、股が180度以上も開くとか、そんなことを売り物にしている作品ではありません。ですから見た目はやや地味ですが、派手になり過ぎないように抑制された端正で上品な振付と、ふんだんに盛り込まれたマイムとで充分に楽しむことができました。

  ところが、そのマイムの種類が多すぎて時に意味が分からず、プログラムを事前に読んでいなければ、あらすじなどとても分からなかったろうと思います。『マイム事典』ではおっつかないほど種類と量が豊富でした。

  特に第一幕は踊りが少ししかなく、物語はほとんどマイムで進行します。私は意味のない踊りばかり見せられるよりは、マイムばかりのほうがまだ我慢できるので、第一幕は踊りがなくても面白く感じました。デンマーク・ロイヤル・バレエ団のダンサーたちが、みな演技達者だったせいもあります。

  『ナポリ』の振付は多種多様な足技とエレガントで抑え目な動きを特徴としていたので、今週末のジョン・ノイマイヤー振付『ロミオとジュリエット』を観なければ分かりませんが、でもおそらく、デンマーク・ロイヤル・バレエ団は、シュトゥットガルト・バレエやハンブルク・バレエほどのレベルを持つカンパニーではないと思います。ひょっとしたら、英国ロイヤル・バレエ団よりもちょっとだけ劣るかもしれません。

  デンマーク・ロイヤル・バレエ団のダンサーである以上、ブルノンヴィル風の細かくて複雑な足技は十八番であっていいはずですが、そんなに細緻で流麗だというほどでもなかったし、群舞も踊りが揃ってなかったし、ちょっと高度な体育会系のテクニックになると、途端に動きが不安定になるダンサーも多かったです。

  しかし、ダンサーたちの略歴を読むと、ほとんどがデンマークの出身で、そうでなくとも、デンマーク・ロイヤル・バレエ学校上がりのダンサーが大多数を占めています。自国人からダンサーを供給し、自前の学校でダンサーを育成し、そうしてバレエ団に入れているわけで、ほぼ完全自給自足のバレエ団であることは本当にすばらしいと思います。

  『ナポリ』の舞台装置はみなとても良かったです。特に第二幕「青の洞窟」のセットはとりわけ美しく、洞窟内を巧みに、神秘的に再現していてすばらしかったです。第三幕の古い城壁をモティーフにしたらしいセットも印象的でした。

  衣装のデザインや色彩、模様もきれいでした。ただ、主人公のジェンナロをはじめとする猟師たちの衣装、白いシャツに白い短パンというのは、二丁目あたりではモテファッションだと思いますが、主人公が短パンだと、どーもカッコよさに欠けるというか、かなり微妙でした。

  第二幕で登場する海の王、ゴルフォの衣装も、なんだか海の王様というよりは派手な衣装のプロレスラーかデーモン小暮かという感じで(特に腰の幅広ベルトはチャンピオンを思わせる)、短パン姿のジェンナロとプロレスラーみたいなゴルフォが争っているシーンはちょっと笑えました。

  ヒロインのテレシーナの「衣装早替わり」が面白かったです。第二幕、青の洞窟に運び込まれたテレシーナは、海の王ゴルフォによって海の精に変えられてしまいます。エプロンスカートという町娘の衣装を着たテレシーナが岩の上に立つと、一瞬の間にするっと衣装が脱げて、青色のワンピースの海の精の衣装に変わります。

  また、テレシーナを探して青の洞窟にやって来たジェンナロに救い出されたテレシーナが再び岩の上に立つと、海の精の衣装がまた一瞬の間にするっと脱げて、元の町娘のドレスに変わります。ちゃんと客を楽しませることを考えているなあ、と感心しました。

  ジェンナロ役のトマス・ルンドについては、正直「この人がプリンシパル!?」と不思議に思いました。でも演技はとてもよかったです。お調子者でコミカルだけど、でも本当は優しくて誠実、という雰囲気がよく出ていました。

  テレシーナ役のティナ・ホイルンドは、プロフィルの写真よりも実物のほうがはるかに美人でした。演技はもちろん、踊りも優雅で安定していてすばらしかったです。第三幕の踊りでは、ポワントで立って両脚をコンパスのように広げるのが、エカテリーナ・クリサノワ(『エスメラルダ』)か、シルヴィ・ギエム(『白鳥の湖』)レベルでした。片脚を真横に伸ばしたまま静止するポーズも美しかったです。

  でもプログラムを見たら、彼女はソリストでした。「この人がソリスト!?」とやっぱり不思議に思いました。どこのバレエ団も、男子は層が薄く、女子は層が厚いのかもしれません。

  あとは、第三幕でソロを踊った男性ダンサー(白いシャツ、青か水色のタイ、同色の腰ベルト、黒髪でちょっとカイル・マクラクラン似)がよかったです。

  東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の演奏がすばらしかったです。指揮をしたヘンリク・ヴァウン・クリステンセンもよかったのだろうと思います。

  『ナポリ』を観ていると、『ドン・キホーテ』、『ジゼル』、『ラ・シルフィード』、『レ・シルフィード』、『オンディーヌ』、『真夏の世の夢』のシーンが次々と浮かんできます。『ナポリ』は他のクラシック・バレエの古典作品にあるすべての要素を併せ持つ、まさに古典中の古典なのだなあ、と思いました。
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更新しました

  3ヶ月ぶりにサイトのほうを更新しました。ラッセル・マリファントの“Two:Four:Ten”の感想です。このブログに書いたものに加筆・修正を加えたものです。相変わらず「いったんもめん」で長いですが、よかったらご覧になって下さいませ。

  新型インフルエンザは、ついに日本国内でも人から人への二次感染が起こりましたね。いずれは発生すると分かりきっていたことですが、今ひとつ危機感がありませんでした。

  でも、ニュースで騒いでいるのでさすがに心配になりました。今はまだ関西圏にとどまっていますけど、関東圏、特に東京が何事もなく済む確率はゼロに等しいでしょう。せめて電車内とか駅の構内とかではマスクをしようかと思い、近所の薬局にマスクを買いに行きました。

  そしたら、みなも同じように不安に思ったのでしょうね。マスクはすでに品薄状態でした。残っていた医療用マスクと同質だというマスク(ちょっとお高い)を購入しました。店員さんに聞いたら、やはりニュースのせいか、この土曜日になってマスクが一気に売れたそうです。

  新型インフルエンザは毒性は弱いそうで、インフルエンザそのものを怖いとは思いません。が、なによりも怖いのは、新型インフルエンザに罹ったことによる「人的な風評被害」です。つまり、新型インフルエンザに罹った場合、完治したとしても、その後も周囲から差別を受ける可能性が、特にこの日本の場合は高いと思います。

  今日はデンマーク・ロイヤル・バレエの『ナポリ』を観に行く予定です。大勢の人々で混雑する場所に出かけるわけで、ぜんぜん怖くないかと言われれば、やはり一抹の不安はあります。

  でも、会場でマスクしてたらやっぱりヘンですよねえ。観客が全員マスクしてたら、ダンサーたちはかなり異様に思うでしょう。

  というわけで、目下悩んでいるところです。どうしたもんか。
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