恵方巻き

  昨日、あるコンビニの前を通りかかったら、店の前に机を出して「恵方巻き」を売っていた。寒い中、店員の兄ちゃんが「恵方巻き、いかがっスかー!?おいしいっスよー!○○○○(←このコンビニの名前)の恵方巻きー!今年の恵方は東北東っスー!」と叫んでいる。

  私が「恵方」と「恵方巻き」を知ったのは、いまから10年ほど前のことである。関西出身の友人たちから詳しく教えてもらったのだ。

  曰く、節分の日に、恵方(縁起の良い方角。年によって変わる)に向かって、「恵方巻き」という太巻き寿司を食べる。恵方巻きは切られていない状態のものに、そのままかぶりつかなくてはならない。そして、ぜんぶ食べ終わるまでは、決して口から離してはならず、食べている間は沈黙を貫き、人と口をきいてはいけない(てか、口、きけないんじゃないのか)。

  近所のコンビニでその「恵方巻き」を売っているのを見て、東京には関西出身の人もたくさん住んでいるからねえ、と思いながら通り過ぎた。

  ところが。今日、いつも行くスーパーに帰りに寄った。そしたら、なんとそのスーパーも、店の前にでっかい商品棚を持ち出し、「恵方巻きセール」をやっていた。しかも、その特設「恵方巻き」コーナーの前には、大勢の買い物客が群がっていて、飛ぶように売れているのであった。

  店の中に入ると、とどめのように更に「恵方巻き特設コーナー」があった。いつもはたこ焼き、お好み焼き、和菓子、パン、ケーキなどを売ってる場所なのだが、今日はオール恵方巻き。太巻き寿司が山のように積まれている。

  この風景を目にするに至って、ひょっとしたら、この現代日本においても、恵方巻きの習慣は北上して伝播を続けており、今年の節分を以って関東に伝来したのではないか、と心の中で結論せざるを得なくなった。

  となると、なんだか俄然として恵方巻きに興味が湧いてくる。店の中で買い物をすませてから、店の外の特設「恵方巻き」販売カウンターに寄ってみた。

  多くの買い物客に揉まれながら見てみると、恵方巻きの種類は豊富で、「五目恵方巻き」というスタンダード(?)なものから、「ツナ恵方巻き」、「えびアボガド恵方巻き」、「トンカツ恵方巻き」と現代風にアレンジしたもの(←神様が怒りはしないか?)まで様々である。

  だが、私がびっくりしたのは、その特設「恵方巻き」販売カウンターにいた販売員の姿であった。なんと、赤いアフロヅラ、赤い全身タイツ、トラの皮模様のパンツ、という赤鬼の扮装をしていたのである。ご丁寧なことに棍棒(←プラスチック製)まで背負っている。高木ブーの「雷さま」にそっくりだ。

  更に私に衝撃を与えたのは、その雷さま、いや、赤鬼が、そのスーパーの店長だったことだ。

  このスーパーは下町に合わせた廉価な商品の販売に力を入れているが、廉価であっても品揃えを豊富にする努力をたゆまず続けている。

  また客に単身者や一人住まいのお年寄りが多いことを考慮して、たとえば鮮魚売り場では「商品はすべて小分けして販売いたします。お近くの店員にお気軽にお申し付け下さい」、「三枚下ろし、切り身、承ります。お近くの店員に(以下同文)」といった親切な張り紙がしてある。

  各売り場には「店員○○のおすすめ商品!」というカード(手書き・店員の写真つき)が添えられた商品が必ずあって、その商品の長所が説明されている

  アフター・サービスも万全で、特にお年寄りや大所帯向けに、買ったものを自宅まで無料で配送してくれるのだ。

  驚いたことに、この近辺では、競合相手となる他のスーパーが1軒もない。競争相手がいないと経営努力を怠りがちだと思うが、このスーパーは天狗になることなく、常により良い店作りに勤めている。

  このスーパーのこうした一連の企業努力は、ひとえに店長の主導による、と私は常々にらんでいた。

  というのは、このスーパーの店長は非常に腰が低く勤勉なのである。客に対しては「いらっしゃいませ~、いつもありがとうございます」の言葉を絶やさない。そして、いつも何かしら仕事をしている。レジ打ちはもちろん、レジ人員が足りているときは自分はヘルプに回り、買い物籠の片づけ、宅配荷物の預かり、レジに小銭が足りなくなったときの両替、商品の整頓や補充、レジ操作やカード払いの処理が分からないバイト店員の指導など、とにかく忙しく働いているのである。

  店長なのに誰よりも忙しく働き、非常に謙虚、また競争相手がいなくてもより良い店作りを目指す姿勢。社会人はかくあるべし、と私はひそかに店長のことを尊敬していた。

  その店長がよー、なんで雷さま、いや、赤鬼なんだよ。大体さー、豆まきには赤鬼で正解だろうが、恵方巻きと鬼ってなんか関係あんの?そもそも、その赤鬼衣装はどこで買ったんだろう。ドン・キホーテかな。それとも、このスーパーはチェーン店だから、本社から「これ着て売りなさい」という指示が来たんだろか。

  でも、赤鬼の扮装なんて誰もやりたがらないに決まってるから、真面目な店長は、「それなら自分が」と店のために我が身を犠牲にしたのであろう。なんと器の大きい人物であることよ、と私はあらためて店長のことを尊敬しなおした。

  それで私も恵方巻きを買ってみることにした。店長の頑張りに応えようと思い、いちばん高いのを買った。「特上海鮮恵方巻き」、1本980円である。「笑門来福」という赤いシールが貼ってある。

  切らずにそのままかぶりつかないといけない、というので、太巻きをつかんで一気に口にほおばろうとした。しかし、太すぎて口に入りきらん。仕方ないから半円ずつかじって食べた。ダイナミックでワイルドでなかなか気持ちがよい。でも、1回でぜんぶ食べきるのは量的に無理だった。半分でギブアップした。

  食べ終わってから、肝心なことを忘れていたことに気がついた。恵方である東北東を向くのをすっかり忘れて食べてしまったのである。まあいっか。明日、残りを食べるから、そのときにやればいーや。

  ちなみに、恵方巻きを買ったとき、店長は赤鬼姿のままで「ありがとございましたあ~」と、相変わらず愛想良く言ってくれました。腰の低い赤鬼です。
コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )


サイトを更新しました

  サイト本体の「雑記」に、シュトゥットガルト・バレエ団日本公演『オネーギン』の感想を書きました( こちら )。

  ブログの記事を元に書きましたが、かなり加筆してあります。やはり、思い入れの強い作品は長くなってしまいます(笑)。

  よかったらご覧下さいね~♪

  まだボリショイ・バレエ『ドン・キホーテ』、『白鳥の湖』、『明るい小川』、新国立劇場バレエ『シンデレラ』、レニングラード国立バレエ『眠れる森の美女』、『奇才コルプの世界』が残ってます。

  来週の東京バレエ団の「ベジャール・ガラ」までに、上記の公演の感想をぜんぶ書き終えるのは・・・鉄板無理。どうしよう・・・。
コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )