ボリショイ&マリインスキー合同ガラ(3)

  このガラ公演の演奏は東京ニューシティ管弦楽団でしたが、指揮者は2人いて、マリインスキー・バレエの指揮者であるアレクサンドル・ボリャニチコと、ボリショイ・バレエの指揮者であるパーヴェル・ソローキンが、それぞれのバレエ団の音楽を指揮しました。

  第2部はボリショイ・バレエによるパフォーマンスです。

  「ばらの精」、ダンサーはニーナ・カプツォーワ、イワン・ワシリーエフです。ワシリーエフはAプロでボリショイ・バレエ側のトリを務め(「パリの炎」)、文字どおり超人的で驚異的な超絶技巧をやってのけたダンサーです。「ばらの精」はAプロでマリインスキー・バレエがイリーナ・ゴールプ、イーゴリ・コールプのペアで上演しました。脳内で比べると、やっぱりマリインスキー・バレエの「ばらの精」のほうがよかったかなー、と。

  ボリショイ・バレエの「ばらの精」は、明るく元気で健康的で体育会系な感じがしました。ワシリーエフは技術はすばらしいし、腕の動きもまあそれなりにしなやかだったのです。ただ、本人にはどうしようもないことを責めるのは酷というものですが、あの衣装がまず似合いません。また、妖精っぽい神秘的な雰囲気が足りない印象です。妖精というよりふつーの男の人(というよりそのへんのおっさん)にしか見えないのです(しかもピンク色のヘンな全身タイツ衣装を着ている・・・)。

  「ライモンダ」より第二幕のアダージョ、ダンサーはネッリ・コバヒーゼ、アルテム・シュピレフスキー。ふたりとも純白の衣装で、シュピレフスキーは長いマントをはおったまま(←この衣装がかなりカッコいい)コバヒーゼをリフトして踊りました。踊っている最中、マントをうまく翻して、もてあましていなかったのが見事でした。コバヒーゼは手足の形が美しかったです。おまけに本当に美人です。シュピレフスキーはパートナリングが非常に安定していて上手でした。アダージョだけで終わってしまったのが物足りなかったです。シュピレフスキーはロットバルト(グリゴローヴィチ版の)やエスパーダを踊るダンサーですから、ひとりで踊っても非常にカッコいいのですが。

  「白鳥の湖」(グリゴローヴィチ版)より黒鳥のパ・ド・ドゥ、ダンサーはエカテリーナ・クリサノワ、ドミートリー・グダーノフ。クリサノワはまだオディール(/オデット)を踊りこなしていないのではないでしょうか?特に出だしのアティチュードはかなり危なっかしい感じでした。アダージョでのオディールの演技(王子がオデットを思い出して戸惑うところ)も、かなり大仰な表情で王子のほうをちらちらと盗み見していて、なんというか、オディールの邪悪だけど高貴で神秘的な雰囲気に欠けていました。

  クリサノワもグダーノフも、ヴァリエーションとコーダのハデハデ技連発で盛り返していました。終わり良ければすべて良しかもしれませんが、どーもあのイントラーダとアダージョのぎこちなさが引っかかりました。と、終演後、一緒に観た母親に言ったら、「最初から完璧に踊れる人はいない。場数を踏んで段々と(以下略)」とまた説教されました。

  「スパルタクス」より第三幕のパ・ド・ドゥ、ダンサーはスヴェトラーナ・ルンキナ、ルスラン・スクヴォルツォフ。お楽しみのスパルタクスとフリーギアのパ・ド・ドゥです。最初にフリーギアのソロの振付を見て気づいたのは、先日の「ルグリと輝ける仲間たち」のパリ・オペラ座バレエ団のダンサーによる踊りと、今回の公演での踊りは違っているところがある、ということです。パリ・オペラ座バレエ団のダンサーが踊っていたのは、昔のボリショイ・バレエ「スパルタクス」映像版と同じでしたが、今のボリショイ・バレエの「スパルタクス」には改訂が施されているようです。

  見た目で判断してしまって申し訳ないのですが、ルンキナとスクヴォルツォフはともに長身で、体型ですでにフリーギアとスパルタクスでした。スパルタクスがフリーギアを複雑な形で振り回すリフトも、パリ・オペラ座バレエ団のダンサーに比べれば、音楽によく乗っていました。

  例の「逆立ちリフト」ももちろん問題なく成功しました。でもやはりあっさりと成功してしまって、贅沢な不満ですが、もっともったいぶってドラマティックにしてもいいと思います。ただ、ルンキナは観客に見ごたえを感じさせるツボを心得ているようで、逆立ちした後に片脚を更に曲げるタイミングを巧妙に捉えて、観客を沸かせていました。ウチの母親もその場で「すごーい!」と声に出して言っていました。

  「ミドル・デュエット」、振付はアレクセイ・ラトマンスキー、音楽はユーリー・ハーニン。この作品は、現ボリショイ・バレエ芸術監督であるラトマンスキーが、芸術監督になる前の1999年、マリインスキー・バレエのために作った作品だそうです。その作品を今回はボリショイ・バレエのダンサー、ナターリヤ・オシポワとアンドレイ・メルクーリエフが踊るわけです。

  オシポワは肩ストラップの黒い短いワンピース、メルクーリエフも黒い衣装だったと思います。まず音楽として用いられたユーリー・ハーニンによるピアノ曲が良い曲でした。振付も音楽のイメージにぴったりと合わせたものでした。速いテンポの音楽で、短い音が間を置かずに次々と繋がって演奏されていきます。それに合わせて、メルクーリエフに支えられ、客席に背を向けたオシポワが、白い脚を左右に出してせわしく動かしていきます。オシポワは背を向けたままメルクーリエフに持ち上げられ、その瞬間にばっと開脚します。オシポワの脚(と足)の動きがリズミカルですばらしかったです。

  作品名、ダンサーの衣装、また振付から思ったことには、これは故意に(つまり観客に想起させるように)フォーサイスの「イン・ザ・ミドル・サムホワット・エレヴェイテッド」を模して創作されたのではないでしょうか。単なる稚拙な物真似ではないと思います。

  男女が両腕をつないだままやじろべえのようにバランスを取ったり、複雑な形に絡み合って踊ったり、また途中で踊りをやめて唐突に別の動きに移ったりと、振付はフォーサイスの「イン・ザ・ミドル・・・」によく似ています。それに時折クラシック・バレエお決まりの振りが取り入れられている振付でした。

  フォーサイスの後追い作品、と片づけてしまえばそれまでですが、私はそれでもこの作品はなかなかの佳作だと思います。また、踊ったオシポワとメルクーリエフは非常にすばらしかったです。特にオシポワは単なる「跳び女」ではない、優れたダンサーだと感じました。

  「ドン・キホーテ」より第三幕のパ・ド・ドゥ、ダンサーはマリーヤ・アレクサンドロワ、セルゲイ・フィーリン。アレクサンドロワは紅のチュチュ、フィーリンは黒い衣装でした。アレクサンドロワはやっぱり華があります。彼女が出てくるだけで楽しい気分になれます。アダージョ、アレクサンドロワはフィーリンに手を取られて回転した後、そのままアティチュード静止するところは、フィーリンが即座に手を離し、アレクサンドロワは平然とした顔で静止していてカッコよかったです。アレクサンドロワとフィーリンのタイミングはよく合っていて、アレクサンドロワが長い脚を伸ばしてダイナミックに回転し、それからフィーリンに支えられてポーズを取るところも、「シャチホコ落とし」もうまくいきました。
        
  ヴァリエーションでのアレクサンドロワもすごかったです。片脚をかわるがわる上下させて、爪先を複雑に動かすところは、テリョーシキナに引けを取らないほどすばらしかったです。やはり目が吸い寄せられました。フィーリンは技術を誇示せず、気品を保って端正に踊りました。このほうがよほど好感が持てます。

  コーダではフィーリンが舞台をジャンプしながら一周し、アレクサンドロワが華やかでダイナミックなグラン・フェッテをやってのけ、フィーリンが高速で回転し、アレクサンドロワも回転しながら舞台を一周し、最後にフィーリンに支えられて回転した後、フィーリンに手を離されても片脚の爪先立ちのみで静止して、それからふたりがきれいに揃って片膝ついて決めのポーズを取りました。

  観客はすっかり大興奮してしまい、最高の盛り上がりの中でガラ公演は終わりました。

  カーテン・コールは、ダンサーたちが自分たちの踊った作品の振りを再び踊りながら登場しては消えていきます。これはすばらしいアイディアです。一つの同じ音楽(ジャパン・アーツの公式サイトによると、あの曲はグリエール「赤いけし」より「ソヴィエト水夫の踊り」だそうです)に合わせて踊るのですが、どの踊りも音楽に合っていて、それが不思議でもあり、また面白かったです。

  いちばんウケたのは、「スパルタクス」を踊ったスヴェトラーナ・ルンキナとルスラン・スクヴォルツォフが、なんとあの「逆立ちリフト」をした状態で現れ、そのまま舞台を半周して退場していったことです。観客は思わず「おおお~っ」と大きくどよめきました。あれはうまいことやったな、と思います。その後に出てきたペアは少し気の毒でした(笑)。

  最後にダンサーたちが順番に舞台に現れ、舞台の真ん中に集合写真を撮るような感じで集まり、観客に手を振るうちに幕が下りました。もっともこれはカーテン・コールの始まりに過ぎず、それからまた幕が上がり、ダンサーたちは一列に並んで前に出てきてお辞儀をする、というカーテン・コールが何度も繰り返されました。

  公演最終日の2日は、お祝いに虹色のテープのカーテンが2回も下ろされ、紙吹雪がいつまでも振り落ちていました。テープのカーテンと紙吹雪のせいで、ダンサーたちの姿が見えなくなるほどでした。ダンサーたちはカーテンを引きずって前に出てきてお辞儀をしました。ロパートキナはふざけてカーテンをショールのように両腕に絡ませ、アレクサンドロワは紙吹雪を集めてオーケストラ・ピットにぱっと降らせました。男性ダンサーたちは紙吹雪をお互いの頭上にかけ合っていました。

  最後のカーテン・コールが終わると、幕の向こうからダンサーたちの歓声が聞こえました。観客が大笑いし、ふざけてもういちど拍手しました。そしたら再び幕が上がってカーテン・コールになりました。ダンサーたちは手を振り、観客は立ったまま拍手しました。

  日本で初めてのボリショイ・バレエとマリインスキー・バレエとの合同公演は、大成功をおさめたといってもいいのではないでしょうか。一緒に観た母親はすっかり感激して「夢みたい」と言いました。私ももちろん、本当に本当に楽しかったです。
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