「うろたえないでねと妻が言う明日は休刊日」
俵万智のサラダ記念日をもじったものだが、どうゆうわけか新聞の休みの日には「新聞はどこに持っていったのかとか、配達人が自分の所を忘れたのではないか」と、妻にうるさくいうらしい。
テレビのニュースやワイドショーの解説だけでは、真意が伝わらないというか、活字を見てそこから自分なりの判断をしなければ、落ち着かないといった傾向があるからだ。
民主党と自民党の党首選、なぜこうも国民不在の争いが続くのか嘆かわしい。
大阪維新の会の動きも、そんな国難に乗じての動きがはっきり私たちに伝わってこないので、もどかしいのだ。
今朝新聞が届いたなら、昨日の維新の会の公開討論会の様子など、解説してくれるに違いないと思うので、休刊日はなんとなく落ち着かないのだ。
そこで昨日、妻から釘を刺されたのだ。
「休刊日とわかっていても新聞受けを覗く田舎者の私がいる」
やはり情報が少ない、田舎暮らしの“性”なのだろうか。
※縄文ランチです。

昨日の日曜日、店が終ってから久しぶりの縄文露天風呂。
雨が降っていたせいか、私の村の漁師さんが数人風呂に来ていた。
奥さんたちも一緒のようだ。昆布漁の疲れを癒そうと訪れたのだろう。
今年の昆布漁は回数が多かったので疲れたという話や、豊漁で値段が低かったなどの話、さらには私たちのチームが最後にたくさん昆布を見つけた場所は、育ちが悪い場所だという、ベテラン漁師ならではの情報も仕入れることが出来た。
漁師を手伝っていない時だったら、軽い会釈だけで済ましていたところだが、港や沖で会う機会が多くなると、仲間意識や親近感がわくのだろう。
乳白色の硫黄温泉に浸かり、身も心も癒されたそんな気分だ。
昨夜から今朝にかけ、大雨が降り続いている。
農作物を潤し、森からは滋養に満ち溢れた水が、海に注がれるのだろう。
「縄文の里にいて来年の昆布の豊漁を祈る恵みの雨」
俵マチをまねる、俵ムラというところか。
※縄文と日本一の真昆布の里。沖に見える浮き玉は養殖昆布の施設だ。立派な森があり日本一の昆布が生息する。

俵万智のサラダ記念日をもじったものだが、どうゆうわけか新聞の休みの日には「新聞はどこに持っていったのかとか、配達人が自分の所を忘れたのではないか」と、妻にうるさくいうらしい。
テレビのニュースやワイドショーの解説だけでは、真意が伝わらないというか、活字を見てそこから自分なりの判断をしなければ、落ち着かないといった傾向があるからだ。
民主党と自民党の党首選、なぜこうも国民不在の争いが続くのか嘆かわしい。
大阪維新の会の動きも、そんな国難に乗じての動きがはっきり私たちに伝わってこないので、もどかしいのだ。
今朝新聞が届いたなら、昨日の維新の会の公開討論会の様子など、解説してくれるに違いないと思うので、休刊日はなんとなく落ち着かないのだ。
そこで昨日、妻から釘を刺されたのだ。
「休刊日とわかっていても新聞受けを覗く田舎者の私がいる」
やはり情報が少ない、田舎暮らしの“性”なのだろうか。
※縄文ランチです。

昨日の日曜日、店が終ってから久しぶりの縄文露天風呂。
雨が降っていたせいか、私の村の漁師さんが数人風呂に来ていた。
奥さんたちも一緒のようだ。昆布漁の疲れを癒そうと訪れたのだろう。
今年の昆布漁は回数が多かったので疲れたという話や、豊漁で値段が低かったなどの話、さらには私たちのチームが最後にたくさん昆布を見つけた場所は、育ちが悪い場所だという、ベテラン漁師ならではの情報も仕入れることが出来た。
漁師を手伝っていない時だったら、軽い会釈だけで済ましていたところだが、港や沖で会う機会が多くなると、仲間意識や親近感がわくのだろう。
乳白色の硫黄温泉に浸かり、身も心も癒されたそんな気分だ。
昨夜から今朝にかけ、大雨が降り続いている。
農作物を潤し、森からは滋養に満ち溢れた水が、海に注がれるのだろう。
「縄文の里にいて来年の昆布の豊漁を祈る恵みの雨」
俵マチをまねる、俵ムラというところか。
※縄文と日本一の真昆布の里。沖に見える浮き玉は養殖昆布の施設だ。立派な森があり日本一の昆布が生息する。
