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函館市とどほっけ村

法華宗の日持上人にまつわる伝説のムラ・椴法華。
目の前の太平洋からのメッセージです。

白い手袋の男

2012年09月09日 11時43分51秒 | えいこう語る
※津軽海峡を渡る貨物船。向こうは下北半島。


世の中は東京オリンピックの開催で、敗戦のトラウマから一気に抜け出そうとしていた時代の話だ。
女は田舎町から港街に仕事を求めて出てきた。
北洋漁業の基地であったその街で、製網工場に職を得た。
地方から出てきた女工さんたちがたくさんいて、生活は苦しかったが、なんとなく先の希望が見えて来た感じの時代で、みんな助け合い励ましあって生きていた。
工場には大型トラックが、日に何度も出入りしていた。
汗みどろで働く運転手たちを、からかいながらの笑い声が工場の中に響き渡る。
ちょっぴり卑猥な内容だったが、そんなたわいのない会話が、若い女工たちの明日への活力のようでもあった。
運転手の中にいつも洗濯をした、白い手袋をはいた運転手がいた。
その白さが妙に印象的だったとその女は語る。
たくさんの女工たちが働く中で、その運転手とは話す機会などもなかったが、なぜか白い手袋が脳裏を離れなかったという。
トラックが工場に着くたび、白い手袋の男を探す自分がいた。
ある日を境に、トラックから白い手袋の男は降りてこなかった。
そのうち女は、白い手袋がトラックを降りてくる場面を、夢にも見るようになったという。
人の噂で男が入院していると聞いた。
女は白い手袋に恋心を抱いたのに気付いたのだ。
「それが今の亭主なの」と、女はビールを片手に笑顔を見せた。
「その白い手袋が待っているから家に帰ろう」とつぶやき、席を立った。
小さな漁村の或る夜の、酒の肴としてはなかなか味のある話。
昭和39年、二人は結婚したという。