元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「サン・ジャックへの道」

2007-07-01 08:01:08 | 映画の感想(さ行)

 (原題:Saint-Jacques... La Mecque)コリーヌ・セロー監督の最良作ではないだろうか。確かに「赤ちゃんに乾杯!」や「女はみんな生きている」は快作だったが、ややフェミニズムに傾斜した描写が少しイデオロギー臭く、諸手を挙げての絶賛はためらわれたものだ。しかし、この映画にはそんなテイストは皆無に近い。テーマが普遍的なら語り口も平易かつ的確、上手く緩急を付けたドラマ運びは、幅広い支持を集めるに足る仕事ぶりである。

 亡き母の遺産を相続するために、3人の子供たちに課された条件は、3人そろってフランス南西部の町ル・ピュイからスペイン西端のサンティアゴまでの巡礼路を踏破すること。3人はすでに中年だが、仕事中毒で私生活も健康面もほとんど恵まれていない長男と、潤いのない日々を漫然と送るだけのリベラル派教師の長女、そして一度も仕事をしたことがないアル中の次男という、厭世的である以前に自分自身に嫌気がさしている冴えない連中だ。当然、自身を好きではない彼らは他人も嫌いで、3人の仲は悪い。

 しぶしぶ参加した巡礼ツアーはしかし、そんな3人の小児的メンタリティを叩き直すほどハードなものだった。距離だけでも約1,500キロ。しかも舗装道を通ることはめったにない。ほぼ全行程がオフロードだ。そしてこの巡礼に参加するのは彼らだけではない。案内役を含めた計9人のツアーで、それぞれが内面に屈託を抱えている。

 こういう特殊な環境に長時間さらされると、当事者の間に連帯意識が出てくるのが常で、3人はこれで人生や自分自身を見つめ直すことになるのだろうと思っていたら、事実、映画はその通りに進む。しかしそれがまったく不自然にならない。笑いあり涙ありの予定調和であっても、底抜けにポジティヴな作者の求心力は観客の心を動かす。

 9人のプロフィールはヴァラエティに富んでいるが、それはそのままフランス社会のミニチュアになっていて、努力すればコミュニケーションが可能であるという(良い意味での)楽天性、そんな前向きな姿勢に観ているこちらも表情が緩んでくる。この巡礼路は世界遺産に指定されており、道中の風景は素晴らしいの一言だ。

 しかし、目的地に到着する際の描写およびラストのオチに至る展開は実にあっさりしている。考えてみれば当然で、この物語の主題は目標に達することではなく、そのプロセスにあるのだから。俗世間にまみれた人間でも、敬虔な巡礼者と同様に自らに向かい合い状況を変えようと努力すること、そしてそのチャンスはいくらでも転がっていることを何のてらいもなく提示してくれるところに、この映画の平明な感動ポイントがある。誰にでも奨められるフランス映画の秀作だ。

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