元・副会長のCinema Days

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「ヒルビリー・エレジー 郷愁の哀歌」

2021-05-24 06:20:05 | 映画の感想(は行)
 (原題:HILLBILLY ELEGY )2020年11月よりNetflixより配信。これは「ビューティフル・マインド」(2001年)と並ぶロン・ハワード監督の代表作になりそうである。精緻でウェルメイドに仕上げる腕は確かだが感銘度に欠けるこの監督の特質を、題材の“熱さ”と各キャストの熱演が巧みにカバーし、実に見応えのある映画に仕上がった。

 オハイオ州ミドルタウン出身のジェームズ・デイヴィッド・ヴァンス(通称JD)は、貧しい家庭で育ちながらも精進し、兵役を経てオハイオ州立大学からイェール大学の大学院法科に進み、就職を見据えてインターンシップの面接に臨もうとしていた。ところが地元に住む姉から電話が掛かり、母親のペヴが麻薬の過剰摂取で病院に担ぎ込まれたという連絡を受ける。一度は故郷に帰り、面接までに母親の受け入れ先を探さねばならない。彼の胸に、十代の頃の母および祖母と暮らした日々のことが去来する。作家であるヴァンスの回顧録の映画化だ。



 ペヴは恐ろしく身持ちが悪く、結婚と離婚を何度も繰り返し、今でも周囲を困惑させている。彼女はかつては看護師だったが、問題行動を繰り返したため免許を剥奪されている。祖母のマモーウも若い時分は奔放だったが、何とか立ち直って娘を真っ当に育てるつもりが失敗し、そのことを後悔していた。

 この状況からJDがマトモな人生を歩んだことはまさに“奇跡”のようだが、映画はその過程を平易に描く。マモーウは何とか孫たちにペヴの轍を踏まないように配慮するが、ペヴの持つマイナスオーラは凄まじく、一筋縄ではいかない。母と祖母との火花を散らすバトルと、そこに巻き込まれないように踏ん張るJDの苦悩が画面に大いなる緊張感をもたらす。

 冒頭、ローティーンだったJDが傷ついた亀を助ける場面があるが、彼が根は思いやりのある人間であることを示す適切な“前振り”だと思う。そして、母と祖母、および姉や恋人から(それぞれ形はかなり違うが)愛されていたことを知るのだ。エンドクレジットのバックに登場人物たちの“その後”が紹介されるが、映画で描かれたことが合理性を持っていたことが分かり感心する。

 演技面では、何といってもペヴ役のエイミー・アダムスが凄い。言動はインモラルながら、その実愛情に飢えている女の生き様をヴィヴィッドに表現する。マモーウに扮したグレン・クローズも素晴らしく、何とかアカデミー賞を取らせたかった。ガブリエル・バッソやヘイリー・ベネット、フリーダ・ピントー、ボー・ホプキンスなどの面子も好調。

 マリス・アルベルチのカメラによる深みのある映像と、ハンス・ジマー&デイヴィッド・フレミングの音楽も申し分ない。余談だが、本国では何とラジー賞の候補にあがっている(笑)。原作ではかなり言及されていたアメリカ中西部の実状や社会格差を描いていないというのが理由らしいが、本作の上質さに接する限り、そんなことはどうでも良いと思えてくる。

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