元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「ある男」

2022-12-10 06:13:39 | 映画の感想(あ行)
 詰めが甘い。終盤の処理はそれまでほぼ順調に進んでいた作劇をひっくり返し、何やら下世話な次元に移行させたという感じだ。また、そのため大して気にならなかった筋書きの粗さが目立ってくる。シナリオを仕上げる際は最後まで手を抜かず、主題の何たるかをしっかり把握した上で逸脱したモチーフを安易に挿入するべきではないという、当たり前のことを認識した。

 宮崎県の山間の町に住むシングルマザーの里枝は、林業従事者としてこの地に流れついた谷口大祐と親しくなり、やがて結婚する。大祐との間に長女も生まれて幸せな日々を送っていたが、彼は不慮の事故で帰らぬ人になってしまう。ところが長年疎遠になっていた大祐の兄が、遺影に写っているのは本人ではないと主張。別の誰かが大祐に成りすましていたらしい。里枝は真相を突き止めるべく、かつて自身の離婚訴訟で世話になった弁護士の城戸章良に調査を依頼する。平野啓一郎の同名小説の映画化だ。



 城戸のはたらきによって徐々に祐の身元が明らかになっていく過程は、キャストの頑張りもあり見応えがある。城戸の言う通り、世の中には身分を隠して生きていくしかない者たちが確実に存在しているのだ。その現実に思い当たらない一般ピープル、たとえ分かっていても無視を決め込む世間の風潮を厳しく批判している。その姿勢は申し分ない。

 しかし、ラストの扱いは感心できない。これではメロドラマであり、今までの濃密な空気感が雲散霧消してしまう。映画の全体像が斯様なものになった以上、メロドラマとしての筋立ての欠点が一気に表面化する。そもそも、映画の序盤は里枝と大祐および子供たちの話であったはずが、いつの間にか主人公が城戸に移行したのは失当だ。

 しかも、一見“人権派”である城戸だが実は妻の香織の両親は裕福ながら身も蓋も無いレイシスト発言を平気で口にするような人間で、どうして彼が香織と結婚したのか分からない(下手すれば“逆玉”に過ぎないと思われる)。しかも城戸は“在日”であるという。ならば香織の両親がなぜ結婚を許したのかも謎だ。

 城戸が手掛かりを掴むために刑務所で面会した小見浦は、彼を“一目で在日だと分かる”などと述べているが、あいにく城戸に扮している妻夫木聡は全然そう見えない。大祐の人生は苦難の連続だったらしいが、どうして彼が実家を飛び出したのか、納得できる説明は無い。なお、香織を演じているのは真木よう子なのだが、観終わってみれば“ああ、やっぱり真木よう子だから、こんな筋書きなのか”といった感想しか持てないのは辛い(苦笑)。

 石川慶の演出は、清涼な画面造形のタッチと堅実なテンポの維持は評価出来るものの、シナリオの不全に足を引っ張られている。安藤サクラに窪田正孝、清野菜名、小籔千豊、山口美也子、仲野太賀、そして柄本明など、キャストはいずれも熱演だがそれが十分に報われているとは言い難い。

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