元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「フローズン・リバー」

2010-02-16 06:23:57 | 映画の感想(は行)

 (原題:FROZEN RIVER)題名通り、舞台となったニューヨーク州北部の辺境の地はもちろん、登場人物たちの境遇も凍り付くほど厳しい。だが、心まで冷え切ってはいない。どん詰まりの人間にだって最低ラインの矜持はある。辛い環境にあっても、温かい共感で人々を繋ぎ止めることは出来る。そんな作り手のポジティヴな姿勢が嬉しい映画だ。

 ロクでもない亭主に貯金を持ち逃げされ、途方に暮れる中年の白人女レイ。長男が中学生なのでそんなに老け込むトシではないはずだが、見た感じは50歳はとうに超えているようだ。彼女の表情をアップで捉えたファースト・シーンから、辛酸を嘗め尽くしたヒロインのバックグラウンドが窺い知れる。ある日、彼女の車を勝手に拝借したモホーク族の女ライラを問いつめるが、互いの苦しい状況がやがて“不法移民の手引き”というブラック・ビジネスに手を染めさせることになる。

 悪いことであるのは百も承知だが、何もしないでいるのは破滅を待つばかりだ。リアリズムに徹したディテールの積み上げにより、この筋書きが必定であること、またそれを納得させるだけの社会情勢の厳しさを浮かび上がらせていく。プア・ホワイトとネイティヴ・アメリカン、共に恵まれないプロフィールではあるが、もっと下の人間もいることを彼女たちは思い知らされる。

 着の身着のままで国境を越える中国人たち。首尾良くアメリカに入国したところで、後の保証はない。さらにパキスタン人の夫婦を送り届けるくだりはドラマティックだ。彼らが大事そうに持つバッグを“何かヤバイものではないだろうか”と思ったレイとライラは、凍った川の氷の上に捨ててしまう。しかし、鞄の中身は赤ん坊だった。慌てて引き返してバッグを見つける二人だが、結果的に大事に至らなかったこのエピソードにより、彼女たちは初めて身内以外の他人を思い遣るという感情に目覚める。

 本当はとっくの昔にそんな気持ちを自覚して良いような年格好なのだが、貧しい生活が心を曇らせてきたのだ。それに続くラストの二人の決断は、切なくも希望を残すものであり、観る者に感動を与える。アメリカとカナダの国境を流れるセントローレンス川を、社会的階層や生と死のメタファーとして描く仕掛けも悪くない。

 これがデビューとなるコートニー・ハントの演出は実に丁寧で、登場人物の内面がきめ細かく綴られている。レイを演じたメリッサ・レオが素晴らしい。立ち振る舞いの一つ一つがキャラクターを強く印象付ける。ライラに扮するミスティ・アップハムも不貞不貞しさとナイーヴさが同居する妙演だ。2008年のサンダンス映画祭でグランプリに輝き、アカデミー脚本賞の候補にもなったこの映画は、現代アメリカの一断面という見方を超えて、普遍的なヒューマンドラマに昇華された秀作である。

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