元・副会長のCinema Days

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「ヒンターラント」

2023-10-09 06:07:05 | 映画の感想(は行)
 (原題:HINTERLAND)映像表現の饒舌さを十二分に堪能できる映画だ。全編ブルーバック撮影による人工的な絵作り。それ自体が妖しい美しさを醸し出していることに加え、登場人物たちの不安定な内面をも巧みに反映させている。2021年の第74回ロカルノ国際映画祭で観客賞を受賞したミステリーで、屹立した独自性を感じさせる野心作だ。

 第一次大戦が終わり、ロシアで長い捕虜収容所生活を強いられていたオーストリアの兵士たちはようやく解放され、故国に戻ってきた。ウィーンの自宅に帰った元刑事のペーター・ペルクもその一人だが、そこにはすでに家族の姿は無く、行き場を失ったことを痛感する。そんな中、ペーターの元戦友が惨殺死体で発見されたのを皮切りに、町中では次々と殺人事件が発生。その手口から犯人も同じ帰還兵であると踏んだペーターは、古巣であるウィーン市警のスタッフらと共に事件を追う。



 バックの映像は暗鬱で、しかも歪んでいる。ただしそれは決して不安定で生理的不快感を喚起させるものではなく、計算され尽くした造型が施されている。言うまでもなく、戦争で荒れ果てたオーストリアの姿を強調するための手法ではあるが、同時にささくれ立った住民たちの心理のメタファーでもある。

 手練れの映画ファンならばデイヴィッド・フィンチャー監督の「セブン」(95年)との共通性を見出すかもしれないが、あっちは単なる新奇なエクステリアの採用という次元に留まっていて、本作のように切迫した映画の背景を映像で語らせるレベルには達していない。その点も評価できる。

 サスペンス映画としての段取りも上手くいっており、手口の残虐さとそれを実行する犯人像の創出、もつれる展開とラストのカタルシスなど、ステファン・ルツォビツキーの演出は出世作「ヒトラーの贋札」(2007年)同様抜かりがない。また、主人公をはじめ訳ありの面子をズラリと並べ、それぞれ見せ場を用意しているあたりも納得できる。

 主演のムラタン・ムスルの演技は渋みがあり、決してハリウッド製活劇編のようなマッチョな建て付けはしていない。ペーターを助ける女医に扮するリブ・リサ・フリースは本当にイイ女だし、マックス・フォン・デル・グローベンにマルク・リンパッハ、マルガレーテ・ティーゼルといった顔ぶれは馴染みはないものの皆万全の仕事ぶりを見せる。そして、この時代の彼の地の事情を取り上げたことは珍しく、改めて戦争の悲惨さを感じずにはいられない。
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