元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「波紋」

2023-06-23 06:09:45 | 映画の感想(は行)
 荻上直子の監督作は過去に「かもめ食堂」(2006年)と「彼らが本気で編むときは、」(2017年)を観ただけだが、いずれも大して面白くはなかった。この新作も、映画の出来としてはあまりよろしくない。しかし、キャスティングの妙で最後まで飽きずに観てしまった。いわば一点突破で作品のヴォルテージを上げた結果になったわけで、こういう方法論もアリなのだと思わせる。

 須藤依子は夫の修、息子の拓哉、そして要介護の義父と暮らす専業主婦だ。ところがある日、突然修が失踪してしまう。それから十数年の月日が流れ、義父は世を去り拓哉は家を出て、一人暮らしを続けていた依子は“緑命会”という新興宗教にハマり、祈りと勉強会に励んでいた。そこに修がひょっこり帰ってくる。ガンで余命幾ばくも無いので、最後は一緒に暮らしたいというのだ。さらに拓哉が連れてきた婚約者の珠美は聴覚障害があり、どう接して良いのか分からない。そんなハプニングに遭遇しつつも、依子は信仰の力を借りて何とか乗り切ろうとする。



 映画は震災の原発事故を伝える不穏なニュースに始まり、その禍々しい空気感がヒロインの身近にまで迫ってくる様子を通じて、何とか自立していこうという依子の“成長”みたいなものブラックユーモア仕立てで描こうとしたのかもしれない。だが、それは不発に終わっている。すべてのモチーフが取って付けたようなワザとらしさに溢れているのだ。森田芳光の「家族ゲーム」や深田晃司の「歓待」などの切迫感と底意地の悪さに比べると、本作は随分と軽量級である。

 しかし、この気勢の上がらない作劇に反して、配役の密度は高い。依子を筒井真理子、修を光石研を演じるというだけでお腹いっぱいになるが、脇を固めるのがキムラ緑子に木野花、安藤玉恵、江口のりこ、平岩紙、柄本明という濃度100%の顔ぶれ。これらがアクの強い芝居を嬉々として続けてくれるのだからたまらない。

 さらに「ビリーバーズ」で“あっち方面”に開眼(?)した磯村勇斗は怪演を披露し、珠美に扮した津田絵理奈もトンだ食わせ者だ(なお、彼女は本当の難聴者である)。この、キャスト全員による演技バトルロワイヤルを眺めているだけで、何となく入場料の元は取れたような気分になってくる(笑)。井出博子による音楽も快調で、ラストのフラメンコなどは気が利いている。
コメント
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