元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「aftersun アフターサン」

2023-06-19 06:08:31 | 映画の感想(英数)

 (原題:AFTERSUN)心に染みる良作で、鑑賞後の味わいは格別だ。しかしながら、一般の観客の皆さんにとってはウケが悪いようで、中途退場者も目立った。まあ、ストーリーらしいストーリーは無い単なるホームビデオだと片付けられるエクステリアであるのは確かだが、実は骨太のドラマが内在しており、それを認識する前に席を立ってしまうのは損だと思う。

 90年代後半、ロンドンに住む11歳のソフィは31歳の父親のカラムと2人でトルコのリゾート地で夏休みを過ごす。カラムはすでに離婚しており、ソフィの親権は母親が獲得しているようだ。だからこの旅行は父子が一緒にいられる数少ない機会である。カラムが入手したビデオカメラは、この日々を記録する。

 予約していたホテルの部屋が事前の話と違っていたり、ソフィが居合わせた男の子たちと仲良くなったりという出来事はあるが、大きなトラブルも無くこの旅行は終わりを告げたように見えた。それから20年後、当時の父親と同じ年齢になったソフィはこのビデオを見直し、カラムとの思い出をたどる。

 ソフィは父親が若い頃に出来た子で、パッと見た感じは兄と妹のようだ(実際、旅行先で周囲からはそう思われたりする)。だが、あまりにも早く家庭を持ったカラムが、どうしてその後に妻と別れたのか、真相が垣間見えるようになるくだりは切ない。何事もなく過ぎていったひと夏のバカンスの裏に、カラムが抱えていた苦悩が見え隠れし、終盤にはソフィに内緒で“ある行動”を取るのだが、それが悲しい人間の性をあらわしていて強い印象を与える。

 成人になったソフィもまた、かつての父親と似たような屈託を持つようになる。ソフィにとってカラムとの一緒の時間はあの夏の日々で止まっていたはずが、長じて人生の壁に直面した時に、また彼女の中で動き出すのだ。だからこそ父の本当の姿を確かめるべくビデオ画面に対峙するのだが、映像が終わってもディスプレイを見つめ続ける彼女の姿は胸を突かれる。

 脚本も担当した監督のシャーロット・ウェルズはこれがデビュー作で、聞けば自伝的な作品とのことだが、それだけに映画の隅々にまで思い入れが漲っているような密度の高さを感じる。カラムに扮するポール・メスカルの演技は素晴らしく、この複雑な人物像を見事に体現化していた。まだ若手といえる年代なので、今後の活躍が期待できる。

 ソフィを演じるフランキー・コリオも達者な子役だ。オリバー・コーツによる音楽は悪くないが、それより劇中でソフィがカラオケで歌うR.E.Mの「ルージング・マイ・レリジョン」がインパクトが大きい。あのナンバーの歌詞が、この映画の登場人物たちの内面と絶妙にシンクロしていた。
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