元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「アリ地獄天国」

2021-02-27 06:19:25 | 映画の感想(あ行)
 とても面白くて考えさせられる、ドキュメンタリー映画の逸品である。扱っている題材はタイムリーかつ重大で、観ていて胸に迫るものがあるが、本作の“登場人物”たちの存在感が屹立しており、劇映画のような興趣をもたらす。限られた場所での上映ではあるが、鑑賞後の満足度は高い。

 主人公は30歳代の会社員。彼は学校を卒業して数年間SEとして働いていたが、あまり労働条件が良くないと感じ、一念発起して某有名運送会社に転職する。現場作業からキャリアを積み、営業系の管理職のポストを得る。長時間労働を強いられてはいたが、本人は“まあ、こんなものだろう”と達観していたところ、ある日勤務中に会社の車を運転していた際に事故を起こしてしまう。



 ところが会社側はすべての損害賠償を当人に押し付けてきた。納得出来ない彼は、会社に抗議すると共に個人加盟の労働組合(ユニオン)に加入する。すると彼はシュレッダー係への配転を命じられ、給料は半減、ついに懲戒解雇にまで追い込まれてしまう。運悪くブラック企業に再就職してしまった主人公の苦闘を描く、土屋トカチ監督作だ。

 何ごともノンシャランに構えていた主人公が過酷な現実に直面し、逆境に身悶えしながらも成長していく姿は、ビルドゥングスロマンの典型である。まず驚くのが、主人公は個人加盟の労組の門を叩くまで、自身が置かれていた環境がいかに理不尽であるかを認識していなかった点だ。人間、無自覚に生きていると周囲から型に嵌められて、いいように扱われるものなのだろう。世にはびこるブラック企業も、従業員のこうした視野の狭さにつけ込んで搾取を繰り返す。

 主人公は労組で仲間を得て、ついには会社のビルの前で抗議演説をするまで行動的になってゆく。対して醜悪なのは、会社の幹部連中だ。彼らの風体と口の利き方は、とてもカタギの人間には見えない。こんな奴らが大会社の経営者として舵取りをおこなっているのかと思うと苦々しい気分にはなるが、反面、映画の悪役としてはこれほど相応しいキャラクターはいないのだ。つまり本作は、最初は弱かった主人公が、仲間と一緒に奮起して悪者をやっつけるという、娯楽映画の王道を歩んでいる。

 また、映画のアクセントとして監督の土屋の体験談も大きな成果を上げている。土屋の親友は、職場のイジメに耐えられず自ら命を絶ってしまう。土屋は結局、彼を助けられなかったのだ。だからこそ、このネタに対して全身全霊で取り組んでいる。その気迫が画面に横溢している。

 それにしても、この会社のオフィスは大して広くはないが、一日に出されるシュレッダー屑の量は凄まじいものがある。どれだけ紙を無駄にした非効率な仕事をしているのだろうか。いずれにしても、個人的には今後この会社に引っ越しなどを依頼することは絶対に無いだろう。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする