元・副会長のCinema Days

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「赤い闇 スターリンの冷たい大地で」

2020-09-19 06:59:35 | 映画の感想(あ行)
 (原題:MR.JONES)アグニェシュカ・ホランド監督が“本気”を出した一作。歴史の闇を身じろぎもせず正面から捉え、観る者を慄然とさせる。ハリウッドでの有名俳優相手の仕事や、テレビシリーズの演出などで娯楽作品の担い手として知られた面もあったが、やはり彼女はアンジェイ・ワイダから薫陶を受けていたことを改めて確認出来る。

 1933年、元首相のロイド・ジョージの政策スタッフを務めていた若き英国人記者ガレス・ジョーンズは、世界恐慌の只中でどうしてソ連だけが経済成長を続けているのか疑問に思い、単身モスクワを訪れる。ところが外国人記者は常に当局側に監視され、思うような活動が出来ない。ソ連繁栄の謎を解く鍵がウクライナにあることを察知した彼は、密かに当地への汽車に乗り込むことに成功する。だが、雪深いウクライナの地でガレスが見たものは、想像を絶する惨状だった。



 1932年から翌年にかけてウクライナで起きた大飢饉“ホロドモール”に関しては、トム・ロブ・スミスの小説「チャイルド44」の中で触れられていたので存在は知っていたが、恥ずかしながら内実はこの映画を観て初めて認識した。いたるところ死体の山で、生き残っている者たちも半死半生だ。

 そもそもこの地域は土地が肥えていて何を植えても十分な収穫のある穀倉地帯だったのだが、ソ連当局の“農地改造”によって住民の生活は壊滅した。その有様をモノクロとカラーの中間のような切れ味満点の映像で綴った本作のインパクトは、並大抵のものではない。実を言えばこのパートは映画全体の中でのごく一部に過ぎない。それでもこれだけの衝撃度なのだから、ホランド監督の気合はすさまじいと言える。



 ガレス・ジョーンズは実在の人物だが、ここでは母方がウクライナ人の血筋であるという設定になっている。だから母の故郷が斯様な状態であることを知るに及んだガレスの絶望ぶりが、より強調される。また、ソ連当局に完全に篭絡された外国人記者たちの生態も興味深い。何もできない彼らは、夜ごと怪しげなキャバレーに通って憂さを晴らすのみだ。そして、ソ連やナチスドイツなどの独裁政権にシンパシーを抱く政治家や、共通の敵に対抗するため、スターリンとも手を結ぶ連合国側の節操の無さも痛烈に描かれる。

 主演のジェームズ・ノートンをはじめ、ヴァネッサ・カービー、ピーター・サースガード、ケネス・クランハムなど、キャストは演技派が顔を揃える。終盤のガレスの“その後”に関する言及も驚きで、登場人物たちに関わるジョージ・オーウェルが「動物牧場」を執筆した経緯が描かれ、興味深いモチーフが満載だ。観て損のない力作と言える。
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