元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「戦場のピアニスト」

2019-11-17 06:38:00 | 映画の感想(さ行)
 (原題:The Pianist )2002年作品。ユダヤ系ポーランド人のピアニスト、シュピルマンが戦時中に体験する苦難を描いたドラマだが、ロマン・ポランスキー監督の映画に月並みな“感動”などを求めるのは筋違いだと思う。この作品のクライマックスは“主人公が音楽好きのドイツ将校の前でショパンを弾き、戦争のため長らく忘れていた芸術家としての魂を取り戻す場面”ではない。

 実話に基づいているのでこのエピソードを挿入するのは仕方がないが、作劇的には“取って付けたような”印象しか受けない。作者が描きたかったのはその前段、つまり慣れない逃亡生活を強いられた主人公が過度の緊張により精神的に追い込まれて行くプロセスである。



 一歩も外出できない狭い部屋の窓から見えるのは、ワルシャワ蜂起をはじめとする市街戦により人間が虫けらのように殺されてゆく場面ばかり。ナチスの手入れにより隠れ家を後にした主人公を次々と危機が襲う。もはや彼がピアニストであることは単に“収容所行きを免れた理由のひとつ”でしかなく、ドラマの核心ですらない(演奏場面のヴォルテージが意外に低いのもそのためだ)。

 この追いつめられた人間の神経症的な葛藤を描くことにかけては、まさにポランスキーの独壇場だ。しかし、そのニューロティックな展開が過去のポランスキー作品に比べて格別に優れているかといえば、そうでもない。少なくとも「ローズマリーの赤ちゃん」(68年)や「反撥」(65年)などの過去の作品には負ける。そして初期の「水の中のナイフ」(62年)の足元にも及ばない。まあ「死と処女(おとめ)」(94年)や「フランティック」(88年)よりはマシだろうか。要するにその程度だ。

 もっとも、映像に関してはポランスキーのフィルモグラフィの中では最良の出来を示している。パヴェル・エデルマンのカメラによる深々とした奥行きのある画面には舌を巻くし、特殊効果の使い方も堂に入ったものだ。特に終盤近くの廃墟と化したワルシャワ市街の情景は素晴らしい。主演のエイドリアン・ブロディも好演。昔からポランスキー作品を丹念にチェックしていたファンにとってはちょっと物足りない出来かもしれないが、観る価値はある。
コメント
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