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ごまめの歯ぎしり・まぐろのおなら

サンナシ小屋&京都から世界の愛する人たちへ

捨てられる野菜と日本

2006-12-16 | 日記風

朝からしとしとと雨が降っている。この時期としては異常な暖かさだ。先週から積もっている雪が融けてきた。そういえば、今年はいつまでも暖かさが残り、冬の訪れが遅かった。

 日本中が遅い冬だったようだ。地球の温暖化はもう目に見えるところまで来ているようだ。ヨーロッパアルプスでは、過去1300年以来の暖かさだという。氷河がどんどん無くなっている。

 今年は気温が高かったために、野菜が豊作で価格が暴落し、せっかく生長した白菜や大根をブルドーザーで踏みつぶす光景がテレビで紹介された。北海道では大量の牛乳が捨てられた。

 食べ物を粗末にするなと言われて育ったわれわれは、このような光景を見て世の矛盾を感じないではいられない。生産者の生活を保障するために政府が補償金を出して野菜を捨てさせるらしいのだが、何かおかしくないか?

 野菜を作るには、森林を切り開いた開墾地で大量の人工肥料を使い、殺虫剤を使い、ビニールハウスや雑草対策のためのビニールシートを使う。これらの環境への悪い影響は計り知れない。それでもそうして作った野菜が無ければ人間が生きていけないと思うから、われわれは農業を認めてきている。大事にしてもいる。それだけの環境への悪影響を忍びながら作った野菜を捨てるというのは、単に食べ物を粗末にしないというモラルの問題だけではない。

 世界には食べ物が無くて日々死んでいく子供たちが何千万人といるという。すぐ隣の国(朝鮮民主主義人民共和国)でも、食べ物が無くて困っている人たちが無数にいると言われている。最近では日本の中にも飢えて死ぬ人まで出てきている。

 せっかくお金と環境への悪影響まで費やして作った野菜や食べ物を政府がお金を出してまで(われわれの税金だ!)捨てさせる。これは是非ともやめて欲しい。農家に補償金を出すのはしかたないかもしれないが、捨てさせることはない。政府が買い取って人道援助に回せばいい。どうしてそう言うことが出来ないのか。米軍のためにグアムまで行って家や基地を日本国民の税金で作ってやるという日本政府が。それこそ「もったいない」。

日本国憲法をよりどころにして

2006-12-16 | 政治
新「教育基本法」が成立したことをこころから怒りたい。大学教授や小中・高校教師たちの作った「教育基本法『改正』情報センター」は、この法律を採決したことに強く講義し、教師たちにこれまでの教育基本法に基づいた教育を行うよう呼びかけた。

「第一に、政府『改正』法案は、日本国憲法ではなく、自民党新憲法草案の精神にもとづき作成されたものであり、日本国憲法に違反する法律となった。

 第二に、国民に『国を愛する態度』や『公共の精神』を強制するもので、内心の自由を侵害するものであり、さらには、法律に基づきさえすれば教育にフリーハンドで干渉する権限を行政に与えるもので、教育の自由を侵害するものである。これらは立憲主義の精神を否定するものである。

 第三に、現行教育基本法は、憲法13条の『個人の尊重』を第1条に規定された教育の第1目的としての『人格の完成』に、憲法14条の『法の下の平等』を第3条『教育の機会均等』と第5条『男女共学』に、というように日本国憲法の条文の中から教育に関係する部分をとりだし、それを教育に即して具体化したという性格を持っている。しかし政府『改正』法案の条文の多くは憲法上の根拠をもたないばかりか、それと反するものであり、『準憲法的性格』を喪失した。」

 教育基本法は、教育は不当な支配に屈することなく、「国民に直接責任をおっておこなわれ」なければならないと規定していた。あきらかに政治が教育に口を出すことを許さなかった。先の東京地裁判決で東京都教育委員会の日の丸君が代通達が憲法違反であるとしたのは、憲法とこの教育基本法の条文にしたがったものである。自民党の作った「新教育基本法」は、「不当な支配に屈することなく」という言葉は残っているが、後半の国民に直接責任を負うという部分が無くなり、そのかわりに法律に従って国と自治体がやるとなっている。つまり、国や自治体が教育に口を出してもかまわないが、住民団体や労働組合が口を出すと「不当な支配」だと言うことになっている。条文は似ているが、考え方はまったく逆なのだ。現行の教育基本法は、国民の立場で書かれているが、自民党の「新教育基本法」は、支配する側の立場から書かれている。

 裁判所は、東京地裁のような判決を書くことが出来なくなった。しかし唯一、憲法がまだ残っている。日本国憲法が。裁判所が憲法をよりどころに判決を書いてくれれば、新教育基本法は憲法の精神に反しており違憲であると判決を出せるだろう。それを強く望む。裁判所が違憲判決を出さなければ、司法もまた死んだのだ。

 われわれは日本国憲法をよりどころにして生きていこう。そして自民党に憲法までも奪われないように、強く抱きしめておこう。日本国憲法よ。君をけっして離さない。