いい天気になった。雪囲いを取って、家の回りには少し雪が残っているが、もう春が来たのだった。先日にはフキノトウの天ぷらもいただいて、やはり春の匂いがするのである。今朝も早くに目が覚めたが、そのままフトンの中で本を読んでいて次第に朝日が障子越しに入って、部屋がほんのり紅色に色づくのである。先日に紹介した『 原節子の真実 』を、そして読み終わるのだった。他にも引用したいところがあるのだが、本書を広げたところを抜き書きしてみる。
これは『 麦秋 』公開後の発言である。
戦後になって女優という職業に目覚めていった、と彼女 (節子) は繰り返し語っている。経済的に追い詰められ、いやおうなく仕事に向き合ったということのほかに、彼女の意識を変えた大きな出来事があったからだ。
それは洋画との出会いである。戦争中は長く上映が禁止されてきたアメリカ映画を観て、節子は目を見張り心から感動した。作品としての完成度がそれぞれに高く、しっかりとしたテーマが伝わってくる。洋画が観られるようになったことは、戦後の「 大きなよろこびであり、また刺戟 」と節子は『 映画グラフ 』の昭和二十三年八月号で語っている。(中略) 戦後間もなく観て感動したのは『 カサブランカ 』だった。ふたりの男性に愛される魅力的なヒロインをイングリッド・バーグマンが演じている。複雑な政治状況下で展開する三角関係の恋愛ドラマに、節子の心は鷲づかみにされた。戦争中、恋愛映画は時局にあわないとされてきたが、これからはこんな映画に自分も出てみたいと思った。
バーグマンは決して人形のように美しいだけではない。陰影のある豊かな表情は、内面からにじみ出るものだと節子は思った。節子はバーグマンの主演映画を観て、演技を盗み学ぼうとした。はじめて演技者の手本を得たのだ。こんなエッセイを書き残している。
〈 バーグマンさま。
あなたの演技の持つ幅の広さ、その深さは、同じおしごとにたずさわるほどの者なら、誰しも深く羨望するものであると存じますけれど、わたくしの最もうたれます点は、あなたの表現なさる人間性のなまなましさ、強烈さなのでございます。わたくしは最近に出演いたしました数本のわたくしの映画で、どうにかしてその女主人公の持っている女らしさ、人間らしさを、生のままで、そして強く、またあなたのそれのように洗練されたかたちで表現したいと努力いたしております。そして、いつもあなたの身のまわりにただよっている一種の温かい雰囲気とかぐわしい匂いのようなもの、そんなものをも、わたくしは身につけたいと、欲深く願っているのでございます。〉(『 映画グラフ 』昭和二十三年八月号 )
表面性の美ではない、もっと人間性のある、それは人間としての一種の「 美徳 」を身につけた一人の人間としての演技の希求だった、と思う。原節子 (1920-2015) がイングリッド・バーグマン (1915-1982) という「 希望 」を発見したのは、思春期の頃からの、読書家の彼女の知性と感性の「 目覚め 」だった、と思うのである。