アントンK「趣味の履歴簿」

趣味としている音楽・鉄道を中心に気ままに綴る独断と偏見のブログです。

朝の一発目で占う、今日の運勢!~DD51

2022-03-21 20:00:00 | 鉄道写真(DL)

仕事で頻繁に群馬へと足を運んでいた時代。ちょうど国鉄時代から民営化され、全国的にも何から撮影しようかと試行錯誤していた頃だった。せっかく車で向かうのだからと、カメラを忍ばせ北へと急いでいた日々。もちろん本業には支障の出ないよう計画的に事を運び、あくまでも自然体で、そして日常の延長のような心持でカメラを構えていたことが懐かしく思い出される。始業までの時間が勝負時間で、とにかく許す限り早朝から動き回った。もっとも回を重ねるごとに要領もわきまえてきて、効率も良くなってきたから不思議なものだった。ただ撮影地の発想が、高崎線と八高線、信越線くらいしか出来なかったことが少し悔しい。

掲載写真は、そんな行路で撮影した八高線の貨物列車。冬季の晴天の日は特に気合が入り、暗いうちから線路端を廻っていた。ここ八高線の北部から、三国連峰をはじめ谷川、榛名、浅間、妙義、赤城まで見渡せた記憶が蘇ってくる。当時、全国的に活躍していたDD51の貨物列車では、今一つ萌えなかったが、冬場の美しい朝日を浴びたDD51は別次元の輝きがあり好きだった。フィルム時代だから、現在のように撮影結果は直後には不明だが、確実な手ごたえの有無は解る。思い通りいけば、その日は大安吉日。運休、あるいは単機、または直前の陰りを食らった場合は、その日一日大人しくしていたはず。そんな単純な日々を送れていたことが、今更ながら微笑ましい。

1997-02-14       5292     DD51 813        JR東日本/八高線:用土付近


入替機 DE10の軌跡

2022-03-14 16:00:00 | 鉄道写真(DL)

前述の続きになってしまうが、今回のダイヤ改正では、知らぬまま数を減らしフェードアウトしていく車両達もあるようだ。普段からあまり気にも留めていないから、気が付いた時には再会には間に合わず、過去を遡ることとなる。そんな中から今回は、石巻線で活躍していたDE10ディーゼル機関車を掲載。

後継機関車であるDD200が早々にデビューし、お仲間からはDE10も毛嫌いしないで機会を見付けて置けば、とアドバイスは散々頂いていたが、やはり若い頃からの印象は捨てられず、今までは自分に正直に行動してきた。気が付けば新鶴見区のデーテンでさえ数台の配置、実際にはそのうちの2台しか稼働してないのだそう。機関区の奥を覗けば確かに、色落ちしたDE10が寂しそうに留置されているのがわかる。しかしアントンKも今さらという心境で、それなら新車のDD200の方が目新しくて撮影意欲が沸いてきてしまうのであった。

DE10の思い出と言えば、やはり陸羽東線経由で迂回していた、ブルトレ「あけぼの」を定期運転していたことが思い出される。期間限定だったこの迂回運転、とにかくDE10重連の走行写真は至難を極めた。もちろん夏至の前後に撮影は限られ、いくら天気予報を当てにしてもまず当たらず、数年にわたるチャレンジは涙を飲んだのだった。また当時は、団体臨時列車が毎月のように運転され、磐西や北上線、大船渡線などのローカル線入線時に出向いた思い出がある。いずれにしても、大した写真にはならず、この頃から臨時のようなイレギュラーより日常の列車へと興味が移っていったことが再確認できるのだ。

掲載写真は、被災地からのガレキ輸送に大活躍した石巻線のDE10 1719。臨時スジではなく、定期列車として運転されていたと記憶している。

2013-06-01   1650 DE10 1719      JR東日本/石巻線:上涌谷付近

 

 

 

 


凸型ディーゼル機関車再考~DD51

2021-12-04 19:00:00 | 鉄道写真(DL)

先日、最新鋭のディーゼル機関車(DD200形)の撮影をしてみたが、同じ凸型ディーゼル機関車とは言っても、今までとは随分と印象が違うものだと思いながらシャッターを切っていた。アントンKにとって一番慣れ親しんだDLは、敢えて上げるのなら一番数が多かったDD51だろうか。とは言っても、凸型は昔から苦手な機関車で、撮りたくて出掛けたことは数えるくらいなはず。八高線に貨物列車があった時代には、よくカメラを向けたくらいで、特に思い入れが無かったためか、思い出は少ない。そんな中でも、北海道内を重連で爆走していた青いDD51には心惹かれるものがあった。やはりヘッドマークを掲げて長い寝台客車を牽く姿は、それまでのイメージを一新したと言ってもいいくらい、素直にカッコいいと呼べる被写体に感じたのだ。

そんな写欲をそそる列車たちも引退していき、今や凸型機関車は、どこにどんな列車で活躍しているのか、最近では分からなくなってしまった。新車や廃車の回送、工事列車の先頭に立ち、黙々と地味に余生を送っているのだろうか。これらにカメラを向ける気持ちにならず、今では傍観しているのみに収まってしまっていることに、ちょっと寂しさを感じている。

まだ高崎にいたDD51が元気だった時代の画像を掲載しておく。当時の吾妻線、臨時客車列車の入線となると、電化区間にも関わらずDD51がお供していたようだ。その昔、ここを走る団臨は、EF12やEF15のデッキ付きの茶色と決まっていたものだが、その時代から20年近くの歳月でディーゼル機関車に代わり、以降さらに20年の時間を置いて、今年は唯一残存していたここの工臨ですら消滅という事態に陥っている。さて、今後の高崎にいるDD51たちは、どんな処遇になるのかとても興味深い。

2000-12-19     9526    DD51 888        12系座敷やすらぎ編成  JR東日本/吾妻線:祖母島付近


京葉臨海の新しい風 「RED MARINE」~DD200

2021-11-26 17:00:00 | 鉄道写真(DL)

石油輸送の繁忙期に入り、いよいよ冬本番を迎える季節となった。8000番台の列車番号を持つ貨物列車にも目が離せないのが今の時期だろう。この冬は、何年かぶりに「寒い」との予想があるが、果たしてどうなることだろう。アントンKとしては、スタッドレスタイヤを今から準備して、冬山へ向かうイメージ作りに励んでいるところだ。交通マヒを起こすような豪雪は決して望まないが、日本の冬らしい静かな情景を見てみたいものだ。そして出来ることなら、東京でも数年ぶりの雪景色を拝みたいところだ。

今年になって、臨海鉄道にも新しい機関車が入線を果たし話題になっている。数年前から目に留まるようになったDD200というディーゼル機関車で、国鉄型であるDE10型の置き換え用として誕生した機関車。じわじわその勢力は大きくなり、今年は地方の臨海鉄道にまで登場したのだ。近年仕事絡みでよく通る、この京葉地区でも、時より赤い真新しい機関車を目にするので、今回は少しカメラを向けてきた。画像は、青空にそびえるカッコいい石油コンビナート工場をバックに、いつもより長めのタキを牽いてきたDD200-801号機。トラックが画面に入るのを承知で狙ってみたが、次々と行き交うタンクローリーがもっと来てくれれば、構想通りだったのだが、なかなか思うようには撮らせてはくれなかった。

「RED MARINE」のロゴも凛々しく、静かに通り過ぎていった。時代とともに忘れ去られていく、こういった日頃の鉄道風景こそ、郷愁を誘い懐かしく思い出されるものではないかと、最近考えさせられている。

2021-11     京葉臨海鉄道   DD200-801        浜五井付近にて


深紅に燃ゆる水郡線の秋~DE10

2021-11-15 19:00:00 | 鉄道写真(DL)

紅葉がピークを迎えている南東北界隈を廻ってきた。

半月前に北東北で色づいた景色を堪能したばかりだが、やはり関東地方での色づきも気になり出掛けてきた。今回は、茨城~栃木~福島まで足を延ばし色彩豊かな日本の自然の中で癒された訳だが、とりわけ水郡線矢祭山(福島県)のもみじは燃えるごとく赤く色づき、とても印象的だった。実際には、ここはピークを過ぎていると思われるが、都内で見るより色が濃く美しい。何とも心洗われる気持ちになりしばし、その光景を楽しんだのであった。

掲載写真は、色々悩んだ末で構図を決めて撮影したディーゼル機関車DE10。あれこれ悩みながらカメラを構える一時は、何事にも代えられぬ充実した時間。色どり豊かな背景を生かしつつ、機関車の動感も表現したかったため、結局カメラを少しだけ振ってしまった。被写体より手前と奥にあるもみじに遠近感をも持たせたかったから、あまりブラシたくなかったのが本音。しかし結果オーライとして次の撮影に活かせるものと信じたい。

2021-11      単9333   DE10 1180      JR東日本/ 水郡線:矢祭山付近