「・・・自分の感受性くらい/自分で守れ/ばかものよ」
という詩で有名な詩人、茨木のり子さんの訃報(19日)には、驚いたと同時に、ひとつの時代が、また終わったような気がして、寂しく思いました。
ぼくは『倚りかからず』という彼女の詩集を持っています。
以下は、その題名となった詩の一部です。
*******************************
もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
・・・・・
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
・・・・・
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことがある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ
*******************************
読むたびに、背筋がぴんと伸ばされます。
同時に、とても人間的なあたたかさを感じます。
それは、辛らつな言葉を投げかけながらも、彼女も疲れたときは椅子の背もたれによりかかるときがあるのだと思えるからです。
性格や人当たりはとても穏やかであられたとのこと。
また彼女の詩集を手にとって、開いてみたいと思いました。
写真は、25日に撮った教会の梅。少し夕日に照らされています。
という詩で有名な詩人、茨木のり子さんの訃報(19日)には、驚いたと同時に、ひとつの時代が、また終わったような気がして、寂しく思いました。
ぼくは『倚りかからず』という彼女の詩集を持っています。
以下は、その題名となった詩の一部です。
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もはや
できあいの思想には倚りかかりたくない
・・・・・
もはや
いかなる権威にも倚りかかりたくない
・・・・・
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことがある
倚りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ
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読むたびに、背筋がぴんと伸ばされます。
同時に、とても人間的なあたたかさを感じます。
それは、辛らつな言葉を投げかけながらも、彼女も疲れたときは椅子の背もたれによりかかるときがあるのだと思えるからです。
性格や人当たりはとても穏やかであられたとのこと。
また彼女の詩集を手にとって、開いてみたいと思いました。
写真は、25日に撮った教会の梅。少し夕日に照らされています。